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Dark of the moon 〈another episode〉  作者: 五十鈴 りく


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13/15

*忘れ形見の少女㊦*〈Last〉

 そうして俺たちが集落に辿り着いたのは、それから翌日のことだ。

 俺とレヴィシアは、また兄妹ということにしてその場所を訪ねる。

 山肌の、切り立った崖を背にした集落は、随分と小さかった。本当に、四、五家族の集合体程度の規模だ。確かに、山の中に住むには苦労も多いだろうから、無理もない。


 ここまで登るだけでも、レヴィシアは少し疲れた風だった。山道は、ただの坂道とは比べるべくもない。足腰の鍛錬にはなりそうだが。

 俺たちが言葉を発するよりも先に、家畜の世話をしていた青年が俺たちに気付いた。平凡な顔立ちが一瞬、構えたような鋭い空気を放った。けれど、相手の片方が女の子だったせいか、その表情は緩和された。そうして、家畜小屋らしきボロ屋の中に声をかける。


「父さん、ちょっと来てくれ。客みたいだ」


 すると、野太い声が中から響いた。


「客だぁ?」


 姿を現したのは、がっしりとしたガタイの男性だった。顔一面が髭に覆われていて、髪もボサボサだ。粗野な印象としか言えない。比べたくもないが、うちの父と同世代だろうに、随分と違う。

 ……今はそんなことはいい。

 身を隠すことが最優先だ。まず、話をまとめなければ。


「すみません、こちらは猟師の集落だと伺ったのですが、ここでその技を教えて頂くことは可能でしょうか?」

「あぁ?」

「俺たちはつい先日、親を亡くしてしまいました。このままでは、兄妹二人で生活する術がありません。俺が猟師なることができたらと思い、やって来ました。どうか、よろしくお願いします」


 俺の後ろで、レヴィシアが固唾を飲むのがわかった。猟師らしき親子は顔を見合わせ、それから、父親が言った。


「嘘だろ、それ」

「え?」


 あまりにもあっさりと言われたので、とっさにごまかせなかった。眼前の男は、射るような眼差しで俺を見ている。

 それは、獲物を前にした猟師の眼であり、俺は狙われた獲物の気分になる。


「お前はどう見ても、力のない人間じゃない。それから、そこの嬢ちゃんは、お前に対して兄だと思っていない。それくらいのことはわかる。馬鹿にするな」


 初手をくじかれ、俺は半ば諦めかけた。潜伏するにはよい場所だが、こうなっては仕方がない。

 けれど、男は言った。


「何かわけありなんだな。それが話せる事情でもないんだろう?」

「……はい」


 嘘が通じないのなら、素直にうなずくしかなかった。

 すると、男はほんの少し柔らかい表情をみせた。その理由が、俺にはわからなかったけれど。


「わかった。詮索はしない。ただ、そっちの嬢ちゃんのために、しばらくは置いてやる」

「え?」


 俺は耳を疑った。


「どんな事情かは知らないが、女の子を放り出すのは忍びないからな」


 義理も人情も、そんなものは弱くて能力のない人間が振りかざすだけのいいわけだと思っていた。思い上がった馬鹿な自分は、こんなことになって、人々の情に救われている。

 それを知ることができて、俺はほんの少しだけマシになれたのだろうか。


「ありがとう……ございます」


 深々と頭を下げると、涙が滲みそうになる。そんな俺の後ろで、明るいレヴィシアの声がした。


「ありがとう、おじさん!」


 この猟師はセルテス、息子はキースといった。

 そうして、俺たちはこの集落に一時的に受け入れられたのだった。



         ※※※   ※※※   ※※※



 ――ただし、働けと言う。

 当然だ。

 俺は、セルテスたちと猟に出ることになったけれど、どうしてもレヴィシアは俺から離れなかった。危ないと誰が言い聞かせても。

 俺の身を案じているわけではなく、逃げられる心配をしているだけなのだが、そんな事情は誰も知らない。だから、結局レヴィシアをつれて行くしかなかった。



 セルテスは、集落一の弓の名手だった。一本の矢で二羽の鳥を落とす。

 そんな姿に戦慄した。

 兵士でも傭兵でも、あれ程の腕前がいるだろうか。

 弓弦を引けば、ピンと空気さえもが張り詰め、世界から音をなくしてしまったかのように感じられる。


 そうして、今度はキースが兎を仕留めた。彼の腕前は、父親にはまだまだ及ばないものの、十分だとは思う。


「いきなりは無理だろうが、すぐに手伝ってもらうからな」


 キースが獲物を縄で縛りながら笑った。俺は、そんなキースの弓を手に取る。


「お前、弓の経験ないんだろ? そんなすぐに射られないって」


 それでも、俺は矢を番えた。

 その途端に、二人は言葉を止めた。

 神経を研ぎ澄ます。

 脳裏に、セルテスの姿勢を思い浮かべた。角度、腕の張り方、視線――。

 キリキリと、弓のしなる音が伝わる。


 ただ、思い描く。

 この矢が獲物を仕留める瞬間を。


 カサリと草が動いたその瞬間に、俺は矢を放った。

 陰で何かが跳ねた。そのまま倒れる小さな音がする。


「……お前」


 セルテスが、言葉をそのまま飲み込んだ。

 人の動きを見て、それを自分のものにすることくらい、物心ついた頃から続けていた。俺にとっては当たり前のことが、ここでは異質だったのかも知れない。


「いや、大したもんだな」


 それ以上、何も言わずにいてくれた。



         ※※※   ※※※   ※※※



 そうして、俺は弓術を覚えた。精度を上げるために、数をこなし、ひと月のうちにはキースと同等の獲物を持ち帰ることができるようになった。

 キースは複雑そうだったが、よい競争相手ができて上達したとセルテスに言われて納得したようだ。


 ただ、こんな生活も長くは続けられない。

 獲物を売りに山を下りた猟師の一人から、町の状況を聞いた。

 レジスタンス狩りはやはり行われているという。そうして、その猟師はレジスタンス狩りの連中に尋ねられたのだそうだ。

 最近、見慣れない人間がやって来たりはしなかったか、と。


 その話を聞いた瞬間に、俺は心を決めた。

 きっと、俺にその話をした猟師も、薄々何かを感じ取っていて、それで話してくれたのかも知れない。

 あれから、長い間世話になりながらも、セルテスたちには手紙一枚で済ませるしかなかった。

 あまり事情を知らせてしまえば、逆に迷惑になる。知らなかったということで済めばいい。


 俺とレヴィシアは、また住処を失い、放浪を始める。

 けれど、ここで得た弓術は、今後の役に立つはずだ。



         ※※※   ※※※   ※※※



 集落を出た俺たちは、やはり大きな町は避け、小さな村を選んでは転々とした。これからの季節、雪でも降れば、レヴィシアに野宿は厳しいだろう。

 宿でも危機は常に感じていて、小さな物音に対してでもすぐに目が覚める。

 レヴィシアは相変わらず口数も少ない。けれど、俺の命を狙う機会が減ったように思う。

 俺が死ねば、独りになることをわかっているからだろうか。

 彼女なりに色々なことを考えている。それだけは確かだ。



 転々とするばかりの、この逃亡生活は、一年以上に渡り続いた。

 情報収集は怠らず、多少後が苦しくなっても金を使った。金は道中で狩をした獲物と、日雇いの荷物運びなどの仕事でしか稼げない。ゆとりはなかった。

 あの時、シュゼに、もっといい部屋に住みたいなどと言っていた自分は馬鹿だ。寝泊りさえできれば十分だったというのに。


 服装にこだわることもなく、着古した服ばかりだったが、これも仕方がない。

 あれから、髪が随分と伸びた。うっとうしいと感じると同時に、それだけの歳月が過ぎたのだと思い知る。そうして、自分の犯した罪を思い出すきっかけとなる。

 だから、俺は髪が切れなくなり、ただ束ねてごまかすようになった。


 それから、レヴィシアも、薄汚れた格好しかさせてやれなかった。年頃の女の子なのに、申し訳ない。

 それでも、逃げることが最優先だから。

 けれど――。


 どこへ逃げても、どれだけ時間が経っても、レブレム=カーマインの名が色あせることがなかったのは、それだけ人々の中に絶望が色濃くある証拠なのだ。小さな村にさえ、響く名声。

 いなくなったからこそ、美化される部分はある。志半ばで倒れながらも、誰よりも国を憂えた英雄だったと。

 人々のその声が、俺にとっては責め苦であるけれど、レヴィシアに苦しむ顔は見せられない。そんな時、レヴィシアはただ黙って、じっと俺を見つめていたから。



 そうした日々が続いた。

 危機を感知する嗅覚は研ぎ澄まされ、俺は自分でも番犬のようだと思う。危うい人間がいれば、弓で威嚇した。今では、剣を振るうよりも弓を扱うことの方が多い。

 剣は、このまま封印してしまいたい。そんな風にさえ思う。


 俺は、レヴィシアに近付く人間に対しては過敏になっていた。

 それなのに、その日は何故か出会ってしまった。今にして思えば、あれは必然であったのかも知れない。回避することのできない、レヴィシアの運命とこの国の行く末が絡み合う瞬間……。

 それは、いつから始まっていたのだろうか。



 あの日、訪れた場所は寒村のはずだった。なのに、その場所は大変な賑わいを見せていたのだ。


 感謝祭。

 そう、その日は一年に一度の祭の日だった。


 そんなのん気なものとは無縁の生活を続けていた俺たちの頭からは、そうしたものは抜け落ちていた。その賑わいに唖然とする。

 あまり、人が集まる場所へ踏み入りたくない。危険すぎる。

 そうとはわかっていても、行かないわけにいかなかった。食料が底をついてしまったのだ。

 なるべく速やかに買い物を済ませ、ここから立ち去るしかなかった。


 ただ、華やかな笛の音色、手拍子の音、楽しげな笑い声……そうしたものを、レヴィシアが羨ましそうに眺めていた。何も言わない。けれど、心はあちらに向かっていた。

 それでも、ここに長居はしてやれない。かわいそうだけれど。


「……急ごう」


 人ごみに踏み入る時、俺は十分に気を付けた。隣のレヴィシアを見失わないように。

 レヴィシアは、祭で浮かれた人々に軽くぶつかると、俺とはぐれると思ったのか、俺の服の袖をぐっと握り締めた。はぐれると……逃がさないように、と言うべきだろうか。

 けれど、どこか不安そうにも感じられた。これだけの人に揉まれる経験は久し振りだから、少し恐ろしいのも事実なのかも知れない。


 俺はうなずき、先を切り開こうとした。そんな時、ごった返した人ごみの中を逆流して来る誰かがいた。警戒していたはずなのに、その娘のあまりの必死さに、とっさに取るべき行動が取れなかった。

 その白い腕を伸ばし、彼女はレヴィシアの手をつかむ。レヴィシアは、呆然としていた。


「レヴィシア!!」


 彼女は、はっきりとそう言った。

 ショートカットの艶やかな髪をした、優しげな風貌の娘。その瞳には、すでに涙が煌いている。


「プ、プレナ?」


 レヴィシアの口からも、彼女の名前らしきものが飛び出す。

 つまりは、知り合いだと、そういうことだ。


「プレナぁ」


 再び彼女の名を呼ぶと、レヴィシアは顔をくしゃくしゃに歪めて泣いていた。俺の服の裾を放すと、彼女に飛びつくようにして泣きじゃくる。そんなレヴィシアの頭を、彼女――プレナは優しく撫でながら宥める。


「大丈夫。もう、大丈夫だから」


 そんな優しい声に、俺の心までが癒されたような気になる。どこかでほっとしてしまった。

 けれど、泣きじゃくるレヴィシアたちを周囲の人々はチラチラと見遣っていた。そのことに俺が気付いた時、涼しげな声がした。


「これでは目立ちすぎる。場所を移そう」


 それは、眼鏡の青年だった。理知を絵に描いたような面持ち。冷静な判断と口調だった。


「ザルツ……っ」


 レヴィシアが赤くなった目を向けると、ザルツと呼ばれた青年は力強くうなずいた。

 そうして、俺たちは祭の賑わいから逃げ出すようにして離れた。



 祭の喧騒から遠ざかり、俺たちは村はずれの塀の前で立ち止まった。ここまで来れば人気もない。

 ザルツとプレナという二人と改めて向き直った。似てはいない。年齢は近いようだが、兄弟ではない。恋人同士というところだろう。


 どうやら、この二人はレヴィシアの昔なじみのようだ。

 当然、レブレムさんとも面識があるのだろう。とても、事情の説明などできない。

 どう切り出そうか考えていると、口火を切ったのはザルツだった。


「それで……あなたのお名前は? なんとお呼びしすればよろしいですか?」


 育ちのよさそうな、丁寧な口調。けれど、眼鏡の下の瞳には、疑いが色濃くある。レヴィシアを騙して連れ去ろうとしている可能性がないのか、探っているようだ。


「俺は――」


 話せないのは、俺がそれを恐ろしいと思うからだ。避難されることが怖くても、本当は、レブレムさんを知るこの二人にも話さなければならないはずなんだ。

 だから、口を開いた。けれど、それをレヴィシアが遮る。


「この人は、『ユイ』。お父さんが死んでから、あたしのことを守ってくれてたんだよ」


 その言葉に驚く。そして、もっと驚いたのは、そう話すレヴィシアの笑顔だ。

 親しげに、俺に微笑みかける。


「ね?」

「あ、ああ……」


 憎い敵に向かって、笑顔を向ける。それほどまでに、レヴィシアはこの二人に心配をかけたくないのだ。嘘を突き通す覚悟なら、俺もそれに従わなければならないのだろう。


「そうだったのですか。それは、ありがとうございました。どれほど感謝しても足りません……」


 一見、冷徹そうな青年なのに、深々と俺に頭を下げた。そんな様子に、一度治まっていたレヴィシアの目に涙が滲む。


「レブレムさんが討たれて、レヴィシアは行方知れずだもの。どれだけ心配したことか……」


 プレナも、赤くなった目尻に再び手を添える。

 レヴィシアに身内はいない。けれど、こんなにも身を案じてくれていた人々がいる。そのことに、俺はほんの少し安堵した。

 すると、ザルツは静かに言った。


「事情はわかりました。では、今後の話をしましょう」

「今後?」

「はい。レヴィシアは俺たちが連れて行きます。俺にも多少のつてはありますから、身柄を安全な場所に匿うこともできるでしょう。あなたはどうされますか? ……もちろん、これまでのお礼はさせて頂きます」


 唖然としてしまった。

 いや、本当のことを知らないザルツにとって、それは普通の反応ではある。ただ、俺が、レヴィシアのそばを離れるという可能性を考えていなかっただけだ。

 そう、今、レヴィシアは独りではない。守ってくれる人間が他にいる。


 結論は、俺の中でしっかりと固まった。

 ただ、きっと強張った顔をしてしまったのだろう。ザルツはそっと付け足すように言った。


「結論を急かして申し訳ありません。せめて、一晩だけゆっくりと考えて頂けるように、こちらの宿を取りましょう。翌朝には、どうか答えをお聞かせ下さい――」



         ※※※   ※※※   ※※※



 祭で賑わっている寒村の宿に、空いた部屋などない。ザルツが手配した馬車に乗り、俺たちは移動する。そうして、到着した場所は、皮肉すぎることに、俺とレヴィシアが出会った場所だった。


 港町ウステリス。

 王都から程近いその場所に、危険がないのかと危惧するが、ザルツは近いからこそいいのだと言う。この場所にいるとは思わないだろう、と。

 そうして、ザルツが用意してくれた宿の部屋は上等なものだった。ここに来て、長旅の疲れと垢を落とすことができた。こんなにもゆったりとした時間を過ごしたのは、いつ振りだろうか。

 部屋に備え付けてあったバスローブを羽織り、俺はベッドに腰かけて天井を仰いだ。幾何学模様のそれを呆然と眺め、それから瞳を閉じた。


 レヴィシアとの旅が終わった。

 その終わりは、俺の命の終わる時。

 この命を、レヴィシアにやろう。


 もう時期だ。もうすぐ、レヴィシアがここを訪ねて来るだろう。

 覚悟はできている。

 そうして、ついに扉をノックする音がした。鍵はかけていない。


「開いている」


 すると、細く開いた扉の隙間から、レヴィシアが素早く室内に滑り込んだ。扉を閉めると、髪を揺らして俺に向き直る。風呂にはまだ入っていないようで、服装もそのままだ。表情は、なかった。


「……いつでもいい。覚悟はしている」


 俺がそうつぶやくと、レヴィシアはキッと俺をにらみ付けた。その様子に、俺はなんとも言えない違和感を感じた。その正体に、すぐには気付けない。


「覚悟? あたしに殺される覚悟?」


 そうだ、と言えなかった。それを望んでいたはずだと思うけれど、それも口には出せない。

 レヴィシアは、深く嘆息した。そうして、言った。


「今、ここで無抵抗のあなたを殺すことは簡単。でも、それじゃああたしの気が済むだけ」


 意味が、わからなかった。

 レヴィシアは、幼い顔立ちに意志を秘め、しっかりと俺を見据えた。その眼差しは、俺がたじろぐほどに強かった。


「あなたは強い。それだけは事実だもん。だから、あたしはあたし()()の目的のために私情を捨てるの」

「それは一体……?」


 精一杯心を落ち着けようとするのか、レヴィシアは胸もとをさすりながら口を開いた。


「あたしは、お父さんの意志を継いで新しいレジスタンス組織を旗揚げする」

「!」


 まさか。

 このか細い、幼い女の子が。

 けれど、レヴィシアの瞳は真剣そのものだった。


「わかってるよ。どれだけ困難なことか。だからこそ、多くの仲間が必要になる。それも、強くて信頼できる仲間が……」


 俺は、半信半疑ながらもその言葉の先を待った。


「あなたが、もし、この先を一緒に戦ってくれるのなら、あなたも等しくあたしたちの仲間になる」


 色々な覚悟をして、何を聞かされても驚かないつもりだった。なのに、レヴィシアはそんな俺の思考を軽々と飛び越えてしまう。


「あなたは、大事な戦力になる。あたしの私情で消してしまう場合じゃないの」


 その理想を潰した、父親の仇である俺に、それを望む。

 レヴィシアは、俺と逃げ隠れたあのつらい旅を通して、そんな覚悟を決めた。

 悲しみ嘆く人々の声を聞き、自らの苦しみを閉じ込めることを選んだ。

 志半ばで倒れた父親のためにするべきことは、仇を取ることではなく、その遺志を継ぎ、理想を実現することだと……。


 この小さな体のどこに、そんな強さがあったのだろう。

 俺は、常にそばにいながらも、レヴィシアのことを何もわかっていなかった。見くびっていた。

 断るという選択肢は、俺にはない。もし、あったとしてもそんなつもりにはならなかっただろう。

 俺は、ただ、昂る感情のままに震える指先をシーツに押し付けながら、せめて声だけは震えないように答えた。


「わかった。レヴィシアがそれを望むのなら。この命は、どんな形であれレヴィシアに捧げる。命を懸けて、共にレブレムさんの理想を実現させる」


 薄暗い部屋の中で、レヴィシアはその言葉を静かに受け止めた。

 そして、微笑んだ。

 その笑顔は、明るく力強い。本来のレヴィシアが持つものなのだろう。

 内側から輝く生命力のような、あるいは可能性と呼べるものを、俺はこの時のレヴィシアに感じた。



「ありがとう。よろしくね、『ユイ』――」



 穏やかな声で、そう俺を呼んだ。

 その日から、俺は『ユイ』になった。


 ユイトルではなく、レヴィシアのために存在する()()に。

 だからと言って、俺の罪が消えるわけでも、薄れるわけでもない。


 それでも俺は……俺自身も、レブレムさんとレヴィシアが思い描く国の形を見たいと願った。

 そのために、すべてを賭ける。

 それが、俺の存在意義であればいい。

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