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*最悪の出会い*〈C1/6~〉

 レヴィシアに再会する直前のルテア視点です。

 思えば、出会いは最悪だった。


 その女の子は、溌剌としていたけれど、わがままそうに見えた。案の定、油断のならない相手だった。

 まず覚えていることといえば、そいつにいきなり頭にリボンをくくり付けられたこと。そして、そのあまりの情けなさに泣いてしまったこと。

 その後で、泣いている俺に謝って来た、そいつの父親で熊みたいな巨人を見た瞬間、俺は更に恐ろしくなって息が止まりそうになった。


 親父も母さんも、熊みたいな人も、そんな俺に慌てたけれど、その女の子は泣きじゃくる俺に小首をかしげ、


「なんで? にあうのになんで泣くの?」


 などという屈辱的なことを言い放った。


 顔立ちが男に見えないと言われることが、小さい頃から大嫌いだった。だからと言って、言い返せもしない気の弱い内面も情けなくはあったけれど、どうやったら変われるのかなんて考えたこともなかった。

 だから、この時の俺は、気にしていることをえぐる無邪気な女の子が嫌で仕方がなかった。親父の親友の子供だというけれど、早く帰ってほしかった。


 大体、同い年だというのに、俺よりも背が高い。おかっぱの栗色の髪も、青い瞳も、全部嫌いだ。何もかもが気に入らなくて、俺は泣きながら母さんの陰に逃げ込んだ。

 なのに、そいつは遠慮も何もない、驚くほどの図々しさで俺の手を引っ張った。


「ね、あっちであそぼ!」


 あまりのことに、嫌だという一言が口に出せなかった。泣き止んでもいない俺に、そいつはへらへらと笑いかける。何を考えているのかが、まるでわからなかった。


 その時の俺は、自分が大人に囲まれて育ち、同世代の子供たちよりも大人に慣れていたのだと気付いていなかった。大抵の大人は、俺が泣いたらそっとしておくか、困ったように優しく言葉をかけてくれるかのどちらかだった。だから、こんな風に気を遣ってくれない相手は初めてだった。


 俺は泣きながら大人たちを振り返ったけれど、親父も母さんも熊みたいなおじさんも、苦笑して見送るばかりだった。この横暴な子供を止めてくれなかった。


 自分で断れない俺は、そいつのなすがままだった。

 上機嫌で下手な歌を歌い、弾むように走るそいつに、俺は涙が乾いてパリパリになった顔で付き従う。

 そいつの目的は、町の広場の野草だった。夏野の小さな橙色の花を、楽しそうに摘み始める。俺がそんな姿をぼんやり眺めていると、そいつは俺に指図した。


「ルテア、いっしょにあつめてよ」


 初対面のくせに、呼び捨てだ。なんて図々しい。

 俺は不愉快だったけれど、やっぱり言い返すことも逆らうこともできなかった。無言でうなずき、その橙色の丸い花を手折る。花がかわいそうだ。ひどいことをと思った。

 けれど、そいつはやっぱり鼻歌を歌いながら嬉々として花を摘み取る。小さな怪獣だった。


 そして、指の短い不器用そうな手で、その橙色をした花をぐりぐりとつぶしていた。本人につぶしているつもりはないのだろうが、現につぶれている。本当は、繋げたいのだろう。繋げて、花冠や首飾りにしたいのだと気付いた。そのつたなさはため息を誘う。

 俺は思わず手を出してその作業を手伝うはめになった。


「ありがと」


 ニカ、と明るく笑う。小さな歯が見えた。

 半分はそいつが握りつぶした。けれど、半分は無事だった。その出来上がった微妙な花冠を、そいつはあろうことか俺の頭に乗せた。


「うん、かわいい!」


 再び屈辱を味わい、しかもそれに手を貸してしまった自分の愚かしさに俺は心底悲しくなってめそめそと泣いていた。すると、そいつはまたしても不思議そうだった。


「あれ? なんで? 何がいやなの?」


 いい加減にしろと言えたならよかった。それが言えなかった俺は、それでも声を振り絞って言った。


「ぼく、男の子なんだっ」


 早くそのことに気付いてほしかった。けれど、その後に待っていた展開は、更に悲惨なものだった。


「しってる」

「ええっ」

「でも、にあうんだもん」


 ひどいとしか言いようがない。自分のすべてを否定されたような気がして、俺はその場から駆け出した。もう、そいつと一秒だって一緒にいたくなかった。早く、母さんのところへ戻りたかった。

 わあわあと泣き声を上げて走り去ろうとした俺の手を、そいつは素早く追いかけて来てつかんだ。


「ごめん、いやだったの?」


 涙がいっぱいで視界がぼやけ、そいつがどんな表情でそう言ったのか、まるで見えなかった。俺は何も言えない代わりに、思い切りもがいてその手を振り払った。尚もつかもうとするそいつが嫌で、俺は次の瞬間には渾身の力を込めてそいつを突き飛ばしていた。


 子供だった俺はパニックを起こして、そんなことをしたらどうなるのかを考えられていなかった。

 そいつはやっぱり後ろに吹き飛んで、むき出しの地面の上に派手に転んでしまった。すぐに起き上がらなかったそいつの姿に、俺は焦って涙も引っ込んでいた。


 そして、自分のしてしまったことに驚愕した。


 そいつの半袖のブラウスから伸びた腕と、スカートをはいた脚は、右側が恐ろしいことになっていた。広範囲を擦りむき、俺がこの時の五年という歳月で見たこともないような大流血、大惨事だった。その滴る血を見て、俺は再びパニックに陥り、ただ泣いてしまったけれど、むくりと体を起こしたそいつは、痛みに顔を歪めてはいたけれど、泣かなかった。


 血を点々とこぼしながら、そいつは歩く。俺はその背を眺めることしか出来なかった。


 帰りたいのに、帰れなかった。帰ったら、あいつが大人たちに俺のしたことを話しているから、怖くて帰れない。悪かったのは自分だ。でも、あそこまでひどいことになるなんて思わなかった。痛そうだった。なんで泣かずにいられるのか、全然わからなかった。

 俺はその場で呆然としていた。そしたら、親父が迎えに来た。


「ルテア」


 行商人という仕事柄、家を空けることが多かったから、そのことに罪悪感があったんだろう。親父はいつだって俺に甘かった。だから、こんな時でもやっぱり優しかった。

 うずくまっていた俺を抱き上げ、顔を覗き込む。


「どうした? やっぱり、びっくりしたのか?」


 俺はその親父の優しい声音に、余計に心を乱された。


「ぼく、けがなんてさせるつもりじゃなかったのに……っ」


 すると、親父は不思議そうな表情をした後、訳知り顔になって微笑んだ。


「そうか。わざとじゃなかったとしても、ちゃんと謝ろうな。こけたら血が出た――あの子はそれしか言わなかったよ」


 あんなけが、自分だったら大騒ぎした。わめいて泣いて、相手が泣いても許してやらなかったと思う。

 その時点で、俺はあいつには敵わなかったんだと思い知らされた。

 血まみれになって、泣きもせず、俺を責めもしなかったあの子は、俺よりもずっとすごかった。そのことを、ようやく認めた。


 そして、俺は親父に付き添われて、熊みたいなおじさんと一緒にいる、包帯まみれのあの子の前に立った。その子は青い目でじっと俺を見た。その目は、責めているわけではなかったけれど、吸い込まれそうに感じてしまう力があった。

 親父とおじさんは目配せし合い、そっとその場を離れた。


「あ、あの」


 意を決して口を開いた。


「うん」

「あの……」

「うん」

「あの」

「うん」

「あの」

「うん?」


 ちょっと、イラッとされた。


「ごめんなさい」

「うん」


 何事もなかったかのように、その子はにっこりと笑った。


「い、いたかったよね。ほんとにごめん」


 びくびくしながら俺が言うと、その子はあはは、と軽く笑った。


「いたいよ。でも、これでルテアがしゃべってくれるようになったから、まあいいや」


 あっさりと、そんなことを言う。変な子だ。俺は唖然としてしまった。けれど、その子はお構いなしだ。


「ね、はしったりはできないけど、あそぼうよ。お花がいやだったら、何がいい? ルテアのしたいことでいいから」


 本気で怒っていないどころか、平然とそんなことを言ってのける。


「……じゃあ、パズル」


 俺は母さんに木製のパズルを出してもらった。動物の絵柄の付いたやつだ。

 二人でそれをはめる。どう見ても合っていないのに、その子は無理やりはめようとする。違うと指摘しても認めない。絶対にはまると言い張る頑固さに、思わず笑ってしまった。

 

 そして、その子とおじさんは一晩だけ家に泊まって、次の日には帰ると言う。明日には別れると思うと、あんなに嫌だったのに何故か悲しかった。


 包帯を巻いたその子を、おじさんは軽々と担ぎ上げ、親父と母さんに挨拶していた。その子は、高い高いおじさんの肩の上から俺に笑いかけた。


「じゃあね、ルテア。またくるね」


 俺は何度もうなずいた。


「うん。また!」


 この約束は破られることはなく、おじさんは何度かその子を連れて遊びに来た。何年か、そんな風に付き合っていた。でも、その子は少し大きくなったくらいでは変わらなかった。そそっかしくて、おてんばで、けがも絶えなかった。何度か庇ってこっちがけがをしたこともある。それでも、その子がけがをするよりは、俺が痛い目を見た方がいくらかましだった。ぐるぐる巻きの包帯姿は、二度と見たくないから。


 親たちの事情や、世間のごたごた、色々なことがあって、次第に俺がその子と遊べる機会は減って行った。最後に会えたのはいつだったか。


 大きく長い時の隔たり。


 きっと、大人になって再会しても、もうあの頃とは違う。よそよそしい他人だ。そう思えるだけの時間が流れた。

 ただ、もし、再び会うことになるのなら、やっぱり包帯などない、元気な姿でいてほしい。


 あの子――レヴィシアは、そんな昔のことなんて微塵も覚えていない気がした。

 あっさりとした口調で、誰だっけ? とか言いそうな気がする。


 平穏な再会とは行かないけれど、せめてあの子のために今の自分ができることをしよう。

 そう考えて、俺は日が落ちて行く道を走った。


 ちなみに、レヴィシアはまったく覚えていません(ひどい)

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