その2
目的地の扉は、やけに地味な作りであった。
ツゲが止めないと全員通過していたであろうその扉は、確かに倉庫と思われて当然といったたたずまいだった。
「 ゴースト現象がここで仕組まれたのであるなら、セキュリティはまだ生きているはずだ。
基本的に俺のパスで入れるはずだが・・・気をつけろよ」
ツゲはそういうと、自分のカードで扉のロックを解除した。
ドライが警備にあたっていることを予想し、身を硬くして待ち構えたシュロ達の気持ちとは裏腹に、扉は静かに開いた。
ただ、
「 何だ!どうしたんじゃ!?」
という声を除いて。
慎重に扉をくぐると、そこは確かに広い、綺麗に整った研究室だった。
部屋全体が大きな機械になっているかのように、広い部屋のあちこちをパイプが走り太く束ねられたケーブルが廊下に沿って長く伸びていた。
小さな階段で部屋全体が段々になっており、奥にいくにつれて高くなる機械は、その塊をよりいっそう大きく見せていた。
扉が開く音を聞きつけたのだろう、その階段の一番上のほうからサンダル履きのくたびれた白衣姿で現れたのは
とうに還暦を過ぎたであろう禿げ上がった老人であった。
「 なんじゃお前達は。ゴーストが出るという告知を聞かなかったのか?今すぐ避難せい避難!さっさと逃げんか!」
階段を少し降り、その中ほどから精一杯威厳を出して老人は声を出した。
舌は少し回っていないが杖をつきながらもしっかりとした足取りで近付いてきている。
近付くにつれどんどん予想年齢が上がってくる。
その顔にはあまりにも多くのシワが刻まれていて遠くから見るとその影から褐色の肌をしているように見えていた。
「 私たちはそのゴーストを殲滅するべく配備された部隊だ。
貴方こそ何をしているのです?研究者も例外なく全員に避難命令が出ていたはずだ」
逆にツゲが問いかけた。
しかしその問いかけには応じず──というか聞いてすらいなかったように思えたが
老人は階段を降り、近付くとこちらを見て小さく驚きの声をあげた。
「 お前・・・もしやシローか?」
ずかずかと近付いてきて、そのシワだらけの顔をヒソカの背中に近づけ頬をつつこうとした。
それを途中でさえぎって、シュロ
「 シローの事を知っているって事はゴースト研究の関係者だな。
あんた誰だ。ここで何の研究をしてるんだ」
老人は、いまや100歳も越えるのではないかと思えるシワだらけの顔を今度はシュロに向けた。
「 ぬ、こっちはツヴァイのシュロじゃの・・・ということは、もしやお前達・・・」
背を向け、階段を上り始める老人の背中に、今度はツゲが声をあげた。
「 その通りだ。私たちはこの研究室に疑問を持って調査に来た。
さっきも聞いたが。ここでは何をしている?」
このとき、老人が初めてこちらの言葉を聞き入れた。
階段の手前でこちらを振り返り誰に言うともなくつぶやいた。
「 ──分かった。教えるよ。こっちじゃ・・・」
杖をつきながらゆっくりと、そしてしっかりとした足取りで老人は一行を上へと導いた。
「 ここへ入ってこれたと言う事は、お前あれじゃな、アインスの研究者だということじゃな。
アインスの最長老たるワシになんて口きくんじゃ」
相変らず誰も聞いていなくても口に出して言ったんじゃないかと思うような小声で独り言のように老人は呼びかけた。
「 アインスの研究者は室長クラスなら全員同格だ。階級差のようなものは無いからあなたに敬意を払う必要はない。
・・・あくまでも表向き、だけどな」
最後の一言はツヴァイの5人に向けての言葉だった。
シュロもシローも、ヒソカもイスカもモクレンも、これから起こる事への緊張と不安で常にまわりに気を配りながら警戒を解かずに階段を登った。
階段を登りきると、目の前に現れた光景を見て6人は息をのんだ。
「 どうじゃ・・・なかなかのものじゃろう」
部屋の中央には、大きな”闇”があった。
直径10m以上はあろうかという巨大な球体が、周りの機械、いやそれどころか空間すら拒絶するかのように闇色に染まっていた。
球体の両脇と上下、そして恐らく背面にもびっしりと機械が配置されており、アームのようなもので挟まれている。
正面をこちらに向けて、挟んだアームで”闇”を安定化し固定しているように見えた。
「 これは・・・なんというか陳腐な表現かもしれないが・・・次元の穴っていうやつか?」
ぽかんと口を開けたような、間の抜けた顔のままイスカが呆然と声をあげた。
「 正解じゃ。その表現はぴったりじゃな。これからそう言う事にしよう」
年寄りらしく乾いた声でかっかっか、と笑うとアインスの最長老は解説をはじめた。
「 こいつはもう随分と昔からこの場所で管理されてきたものでな。ワシも正確にはいつからか知らん。
はじめ偶然で出来たもので何なのかはわからなかったが、維持機構はすぐに出来上がったんじゃ。
これが何なのか、どう扱えばいいかが分かったのはワシがこれを前任者から引き継いでしばらく経ったときじゃった」
ここまで聞いて、たまりかねたようにツゲが老人に詰め寄って質問した。
「 こんな丸の歴史なんか真面目に聞く気はない。単刀直入に聞こう、こいつがゴーストを生み出しているのか?」
物珍しさに、つい説明に聞き入っていたシュロ達もはっとしてツゲと一緒に前に出た。
今はもう球体の目の前に来ている。”闇”を安定化させるためだけの機械なのか
その周りにあるものにはパラメータ表示のモニターのようなものばかりでコンソールやレバーのようなものは少なかった。
実際に動かすのは別の場所で行うのだろうか。
老人は、ツゲの物言いに機嫌を悪くしたようだ。途端に仏頂面になるとさらに”闇”に近付きその偉大さをこの若造に知らしめようと声を荒げた。
「歴史なんか、じゃと?そんなヤツにこの偉大な研究を理解することなどできんぞ」
そして後ろの球体を大袈裟に示すと、威厳を込めた太い声で言い放った。
「 これは、歴史そのものじゃ」




