その1
「何みてるの?シュロ」
シュロが振り返ると、青い半ズボンに白の袖なしのシャツという、いかにも3歳児という格好のシローがニコニコして立っていた。
対するシュロも、対ゴースト用の分厚い装備ではなく、ジーンズにラフなYシャツを着ている。
この子を救助してから2ヶ月。
シローの体質の研究はデータを取るだけで頓挫しており処遇はいまだに決まらず、従ってシュロ達ツヴァイ第二部隊には出動命令が出ることもなく、暇な毎日を過ごしていた。
「 あぁ、ここ数年のゴースト現象のデータを見てたんだ。
俺達が出動してなかった分もあるから」
シュロがコンピューターの画面から目を離して答えた。シローが最もなついているのはシュロであった。
シュロの背中に飛びつくと、シローは画面を見た。
画面とは言っても立体映像、ホログラフになっている。この時代のコンピューターの形はもはやキーボードだけになっていた。
それすらも精神波を利用した思考操作コンピュータの出現により、過去のものとなりつつあった。
扱うデータが膨大なためネットワークに接続していないと使えないのが難点ではあるが。
「 あれ、まだOS変えないの?WindowsSP3がでたよ」
シュロのYシャツをつかんで、上へ這い上がろうとしながらシローが言う。
救助したてのときは、恐怖で口を開くこともできなかったが
シュロ達と一緒に生活していくうちにシローは三歳児とは思えないほどの明晰な頭脳を発揮しだしていた。
話す言葉もはっきりしており、詩など朗読させればそれだけでお金を取れそうなほどだ。
「 いいんだよ、このままでもなんとか使えるから」
シュロが冷や汗をかきながら言う。早くもコンピューターに関する知識でシローに敗北を喫していたシュロだった。
「 しかし・・・増えてるな、ゴースト現象の発生数・・・この二ヶ月で18回も起きてるのか」
「 でもどれも山中とか砂漠とか・・・・あ、海の中もあるね。何も被害を受けない場所で起きてるから大丈夫だよ」
シュロの頭の上にしがみついてシロー。どうやらここが彼のお気に入りの場所のようだ。
不意に、談話室の扉が開き、声と一緒にモクレンが入ってきた。
「 あぁ、そのおかげで助かってるようなもんだな。二ヶ月前の任務以来、発生数は増加したが
都市での発生は一つもない。そうでなかったら今頃アインスにマスコミが詰め掛けてるとこだ」
彼は戦闘装備をしていた。白く、分厚い服を着ている。ダウンジャケットのようにも見えるが、対ゴースト用の戦闘ジャケットだ。
精神波を増幅して身体能力を飛躍的にアップする機能も備えている。
戦闘ジャケットを脱ぎ、汗を拭きながらモクレンは椅子に座った。何故か青い顔をしている。
「 おう、起きたか。マスコミに騒ぎ立てられるべきだと思ってるんだろう?モクレン」
シュロは笑いながら振り返って言った。
水を飲みながらシローを乱暴に抱きしめ、モクレンは真顔で頷いた。
「 あぁ、そうだな。それだけの数起きてるんだ、いい加減一般にも警告しておくべきだ」
モクレンの汗臭さに閉口して、シローがシュロのところへ戻ってきた。
「 いいからさっさとシャワー浴びてこいよ。シローが嫌がってるぞ。
頬も腫れ上がってるから手当てしとけよ」
再びシローに背中を登られながら、シュロがシャワールームを指差した。
「 けっ、叩きのめした本人が言うセリフかよ」
「 訓練に誘ったのはお前だ」
「 失神したヤツをほっといて勝手に着替えてパソコンいじりなんかするか?普通」
モクレンはぶつぶつ言いながらシャワールームへ消えていった。
再びホログラフの世界地図に目を戻すと、シュロはゴースト発生地点と日時のチェックをはじめた。
「 ほとんど全世界だな・・・ここ二ヶ月ではツヴァイ本拠地に近い場所で起きてるから救いはあるが・・・
またいつ人が住む場所で起きるかわからんな、これじゃあ」
世界地図に表された丸い点は、どこも戦闘員を配備しやすい地点であり、住民もいないような場所であった。
が、謎の自然現象に都合のいい場所で起こることを期待するわけにはいかない。
「 だが、ここ二ヶ月では北半球でしか起こっていないな・・・発生場所が絞られてきている?」
シュロも馬鹿ではない。アインスのゴースト研究チームに入れてくれと言うだけあってIQは高くデータ解析能力に長けていた。
ただし機械には何故か弱い。今年も、シュロが使っていた二台のコンピュータが意味もなく壊れた。
「 ま・・・でもこんなとこかな。データ見てるだけじゃ解明なんてできるわけないか」
コンピュータのスイッチを切ろうとするシュロ。
ふいに、シローが画面を指差して言った。―――シュロの頭の上から。
「 なんでだろ?ゴースト現象ってほとんど土曜日と日曜日に起きてるみたいだよ」
「 ・・・・あ、確かに・・・」
日付を確認し、スイッチを切る。確かに、ほぼ全てが土日に集中していた。
シローを頭に乗せたまま昼食のために扉に向かい、シュロは小さくぼやいた。
「 ・・・まさか、な・・・」




