表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

病み垢

作者: 霜月希侑
掲載日:2026/06/07

スマホの画面を指でなぞる。


タイムラインには、今日もたくさんの言葉が流れていた。


「また入院になった」

「薬が増えた」

「ODしちゃった」

「深い傷ができた」


投稿の下には、心配の言葉や共感の言葉が並んでいる。


私はその画面を見ながら、自分の腕に視線を落とした。


傷はある。でも、もっと深い人がいる。もっと苦しい人がいる。


私もうつ病の診断は受けている。でも、もっと重い診断名の人がいる。


私にも入院歴はある。でも、保護室に入ったことはない。


薬も飲んでいる。でも、山のような量ではない。


だから時々思ってしまう。


私なんて、大したことないんじゃないか。


苦しい。


それなのに、苦しさを証明できない。


まるでこの世界では、苦しさを数値化するための物差しが存在しているみたいだった。


診断名。


入院歴。


OD歴。


薬の数。


傷の深さ。


みんな必死にその物差しを握りしめている。


もちろん、それらが苦しさの一つの指標になることはある。


だけど本当は誰も、その物差しで正確に測れるなんて思っていない。


だって同じ傷の深さでも感じる痛みは違う。


同じ診断名でも苦しみ方は違う。


同じ薬を飲んでいても、抱えている絶望は違う。


なのに私たちは比べてしまう。


自分より苦しそうな人を見ては黙り込み、自分より元気そうな人を見ては罪悪感を抱く。


終わりのない競争だった。


ある夜、私は投稿画面を開いた。


何を書こうか悩んだ末、たった一行だけ打ち込んだ。


「苦しい」


診断名も書かなかった。


薬の数も書かなかった。


傷の写真も載せなかった。


ただ、それだけ。


送信ボタンを押してしばらくすると、通知が鳴った。


知らない誰かからの返信だった。


「苦しいんですね」


たったそれだけだった。


アドバイスもなかった。


比較もなかった。


励ましですらなかった。


でも、その一言を見た瞬間、涙が溢れた。


ああ、私はこれが欲しかったんだ。


診断名じゃない。


入院歴じゃない。


OD歴じゃない。


薬の数じゃない。


傷の深さじゃない。


「苦しいんだね」


その一言だった。


私たちが本当に求めているものは、苦しさの順位じゃない。


苦しさの証明書でもない。


誰かに認めてもらうこと。


「そんなに苦しかったんだね」と言ってもらうこと。


それだけなのだと思う。


画面の向こうには、今日もたくさんの苦しみが流れている。


比べなくていい。


証明しなくていい。


本当はみんな、ずっと前から十分に苦しかったのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ