第四章 白い巨塔の崩壊
小章① 破産宣告
翌朝。 緋城総合病院の前には、パトカーとマスコミの車が溢れかえっていた。 徳永理事長、および東雲興業の関係者は、殺人および死体遺棄の容疑で逮捕された。 病院内は混乱の極みにあったが、相良副院長が陣頭指揮を執り、患者の転院や治療の継続に奔走していた。
理事長室。 氷室は、デスクに残された帳簿を整理していた。 隠し金庫からは、製薬会社との裏契約書や、ヤクザへの送金記録が次々と出てきた。 負債総額は、表面上の百億円どころではない。未払いの給与や業者への買掛金、そして今後発生するであろう遺族への慰謝料を含めれば、二百億円を超えるだろう。
「……再生は不可能だな」
氷室は呟いた。 ここまで腐敗した組織を、今のまま存続させることはできない。 一度、完全に解体するしかない。
ドアが開き、相良が入ってきた。 徹夜明けの顔だが、その目には少しだけ光が戻っていた。
「氷室さん。……警察への説明が終わりました」
「ご苦労様でした。あなたも、執行猶予付きとはいえ、罪に問われるでしょう」
「覚悟の上です。……病院は、どうなりますか?」
「破産です。民事再生ではなく、破産手続きを開始します。資産はすべて売却され、債権者に分配されます」
相良は寂しげに笑った。
「そうですか。……でも、それでいいのかもしれません。この白い巨塔は、一度壊れるべきだった」
小章② 最後のメス
一週間後。 債権者集会が開かれた。 会場には、銀行団、医薬品卸業者、そして怒れる患者の遺族たちが詰めかけていた。 演台に立った氷室は、淡々と事実を告げた。
「当病院は、本日をもって破産を申し立てました。皆様への配当は、極めて少額になる見込みです」
怒号が飛ぶ。 「ふざけるな!」「金を返せ!」 「家族の命をかえせ!」 だが、氷室は動じなかった。 彼は一枚の書類を掲げた。
「ですが、一つだけ提案があります。……この病院の『医療機能』だけを切り出し、新設法人に譲渡するスキームです」
会場が静まり返った。
「スポンサーは見つけてあります。都内の大学病院です。彼らは、ここの地域医療の重要性を理解し、医師と看護師の雇用を守ることを条件に、支援を約束してくれました。ただし、経営陣は全員解雇。徳永一族の影響力は完全に排除されます」
氷室は、会場の隅に座っていた相良を見た。
「新病院の院長には、外部から人間を招きますが、現場の指揮は……相良先生にお願いしたいという意向です。彼が告発者であり、最後まで患者を守ろうとしたことを、スポンサーは評価しています」
遺族の一人が立ち上がった。 「相良先生なら……許す。あの人は、最後まで夫の手を握ってくれていたから」
拍手が起こった。 最初はまばらだったが、次第に大きくなり、会場を包み込んだ。 それは、金(債権)の話ではなく、心(医療)の話だった。




