第三章 死の焼却炉
小章① 遺体安置所の攻防
「てめえら、何者だ!」
ヤクザの一人がストレッチャーを放り出し、懐からドスを抜いた。 葛城は一瞬で間合いを詰めた。 繰り出された刃物を紙一重でかわし、相手の肘関節を逆に極める。 ボキリ、という鈍い音と共に、男が絶叫する。
もう一人の男が氷室に襲いかかる。 氷室は冷静だった。警棒を一振りし、男のこめかみを正確に打った。 男は糸が切れたように崩れ落ちる。
「……手荒い回診だな」
葛城が倒れた男たちを見下ろして言った。
「急ぐぞ。焼却炉へ向かう」
氷室はストレッチャーの上の遺体を確認した。 まだ温かい。苦悶の表情を浮かべたまま亡くなった老婆だ。 腕には、あの『Z-09』の点滴跡が残っている。 これが、動かぬ証拠だ。
二人はストレッチャーを押し、業務用エレベーターで地下へ降りた。 地下三階。霊安室と、医療廃棄物処理施設があるフロアだ。 廊下の奥から、ゴーッという低い音が響いている。 焼却炉が稼働している音だ。
処理室の扉を開けると、熱気が吹き出してきた。 巨大な焼却炉の前で、白衣を着た男がモニターを操作している。 徳永理事長だった。
「……温度を上げろ。完全に灰にするんだ」
徳永は独り言を呟きながら、操作盤を弄っていた。 その後ろに、東雲興業の若頭が立っている。
「理事長、あんたも悪よのう。こんなことまで自分の手でやるとは」
「うるさい。お前らの仕事が遅いからだ。……ん?」
徳永が振り返り、氷室たちに気づいた。 目が見開かれる。
「き、貴様ら! なぜここに!」
「監査の時間ですよ、理事長」
氷室はストレッチャーを前に押し出した。
「在庫確認です。……この『在庫』を、どう処理するつもりでしたか?」
徳永の顔が引きつった。
「貴様……見たな?」
「見ましたよ。カルテのない患者、未認可の劇薬、そして死体の隠蔽。……医師法違反、死体遺棄、殺人。役満ですね」
「殺せ!」
徳永が叫んだ。 若頭が拳銃を抜く。 だが、葛城の方が早かった。 彼は隠し持っていたメス(先ほどの病室から拝借したものだ)を投擲した。 銀色の閃光が走り、若頭の右手に突き刺さる。 銃が床に落ち、暴発した。
銃声がコンクリートの壁に反響する。 若頭がうずくまる隙に、葛城が飛びかかり、完全に制圧した。
小章② 炎の中の真実
一人残された徳永は、後ずさりして焼却炉の操作盤に背中を預けた。
「こ、来い! 近づくとこの炉を爆発させるぞ!」
彼は緊急停止ボタンではなく、燃料供給バルブに手をかけていた。
「往生際が悪いですよ」
氷室は一歩ずつ近づいた。
「あなたは医者だ。人の命を救うためにこの白衣を着たんじゃないんですか」
「綺麗事を言うな!」
徳永が唾を飛ばした。
「病院経営は金だ! 最新の機器、優秀なスタッフ、それを維持するには莫大な金がかかるんだ! 患者一人二人、医学の進歩のための犠牲になっても構わんだろう!」
「それが本音か」
氷室は冷めた目で徳永を見下ろした。 腐りきっている。 経営難を理由に、自らの欲望を正当化しているだけだ。
「……相良先生」
氷室が呼ぶと、入り口から相良副院長が姿を現した。 手には、スマートフォンが握られている。 画面には『録画中』の文字。
「すべて、記録しました。理事長」
相良は涙を流しながら言った。
「もう終わりにしましょう。……私たちは、医者に戻るべきです」
「相良ァ! 貴様、裏切ったな!」
徳永が掴みかかろうとした瞬間、焼却炉の警報が鳴り響いた。 『異常加熱。緊急停止します』 プシューッという音と共に、鎮火剤が散布される。 徳永は崩れ落ちた。 白い煙の中で、彼の野望は燃えカスとなって消えた。




