表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
医療ミステリー小説『白い巨塔の債権者たち』  作者: 如月妙美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/5

第一章 聖域の帳簿

小章① 腐った白衣

 十二月、寒風吹きすさぶ北関東の地方都市・緋城ひしろ市。  その郊外の丘の上に、威圧的な白亜の巨塔がそびえ立っていた。  『医療法人社団 徳善NIBUSU会とくぜんニブスかい 緋城総合病院』。  病床数五百、地域の救急医療を一手に担う中核病院だが、その内実は末期癌のように腐食していた。

 氷室透ひむろ・とおるは、ジャガーを正面玄関に横付けした。  助手席には、相棒の葛城かつらぎが座っている。  氷室の肩書きは、今回は「M&Aアドバイザー」ではない。「経営再建コンサルタント」だ。  メインバンクからの依頼だった。  『徳善NIBUSU会の負債総額は百億円を超えている。理事長を説得し、再建計画をまとめ上げてくれ。……あるいは、引導を渡してくれ』

 最上階の理事長室。  厚い絨毯と、壁一面に飾られた勲章や感謝状。医療というよりは、権力の展示室だ。  革張りの椅子に深々と座っていたのは、理事長の徳永とくだ 善造ぜんぞう。七十代半ば。恰幅が良く、銀縁眼鏡の奥の目は、他人を見下すことに慣れきっていた。

「……銀行の使いっ走りか。何の用だ」

 徳永は葉巻をくゆらせながら言った。

「単刀直入に言います。御会の資金繰りは限界です。来月の職員給与も払えないでしょう」

 氷室は冷ややかに告げた。

「民事再生法の適用を申請すべきです。経営陣は総退陣し、スポンサーを探す。それしか病院を残す道はありません」

「馬鹿な!」

 徳永が机を叩いた。

「ここはワシの病院だ! 地域医療の砦だぞ! 銀行ごときが指図するな。金がないなら貸せばいい。それがお前らの仕事だろうが!」

「貸せませんよ。粉飾決算をしている病院には」

 氷室は鞄から決算書のコピーを取り出した。

「薬剤購入費が異常に膨らんでいますね。対前年比で150%増。患者数は減っているのに、薬だけが増えている。……在庫の水増しか、あるいは架空発注か」

 徳永の顔色がわずかに変わった。

「……高度医療には金がかかるんだ。最新の抗がん剤は高い。素人が口を出すな」

「素人? ええ、私は医療の素人です。ですが、腐肉の臭いには敏感でしてね」

 氷室は立ち上がった。

「一週間時間をあげます。その間に正確な資産査定デューデリジェンスをさせていただきます。……隠し事はなさらぬよう」

 部屋を出ると、廊下で白衣の男とすれ違った。  四十代前半、神経質そうな細身の医師だ。名札には『副院長 相良さがら 淳一じゅんいち』とある。  彼は氷室を一瞥し、怯えたような目で視線を逸らした。  何かを知っている目だ。

「葛城。あの副院長をマークしろ。口が堅いのはトップ(徳永)だけだ。下の人間は、揺さぶればボロが出る」

「了解だ。……この病院、消毒液の臭いに混じって、妙な臭いがするな」

 葛城が鼻を鳴らした。  血と、金と、嘘の臭いだ。


小章② 消えた抗がん剤

 翌日。氷室は病院の地下にある薬剤部を訪れた。  薄暗い廊下には、段ボール箱が無造作に積み上げられている。  薬剤部長の男は、氷室の姿を見るなり露骨に嫌な顔をした。

「在庫確認? 忙しいんだよ。邪魔しないでくれ」

「銀行からの指示です。数億円分の薬剤在庫があるはずですが、現物を見せていただけますか」

 氷室は強引に保管庫に入った。  棚には、高価な抗がん剤の箱が整然と並んでいる。  『オプジーボ』『キイトルーダ』……。一本数十万円もする劇薬だ。

 氷室は、棚の一つから箱を手に取った。  軽い。  振ってみる。音がしない。

「……カラか」

 氷室は箱を開けた。中身は空っぽだった。  隣の箱も、その隣も。  棚に並んでいるのは、すべて使用済みの「空箱」だった。

「どういうことですか、部長。帳簿上は『新品在庫』になっているはずですが」

 薬剤部長は脂汗を流し、震え出した。

「そ、それは……使用済みの箱を捨てずに取っておいただけで……中身は、病棟で使ったんだ!」

「使ったのなら、診療報酬レセプトとして請求されているはずです。ですが、医事課のデータと突き合わせると、請求額と仕入れ額が合わない。……年間三億円分の薬が、請求されずに消えている」

 氷室は部長を壁際に追い詰めた。

「中身をどこへやった? 横流しか?」

「し、知らない! 私は指示された通りに発注しただけだ!」

「誰の指示だ? 徳永理事長か?」

 その時、保管庫の奥から低い声が響いた。

「そこまでにしていただこうか」

 現れたのは、黒いスーツの男たちだった。三人。  胸元には代紋のバッジこそないが、その雰囲気はカタギではない。  先頭に立つ男の顔に見覚えがあった。  以前、別の案件で潰したはずの『東雲しののめ興業』の残党だ。

「おやおや、死神さんじゃないですか。またお会いするとはねえ」

 男がニヤリと笑った。

「……お前ら、こんな田舎の病院まで食い物にしていたのか」

「食い物? 人聞きが悪い。俺たちは『指定納入業者』ですよ。正当な商売だ」

 男は懐からバタフライナイフを取り出し、弄び始めた。

「ここは関係者以外立ち入り禁止だ。怪我をしたくなければ、さっさと帰んな」

 氷室は状況を理解した。  病院は、正規のルートで高額な薬剤を仕入れるふりをして、中身を横流ししている。  その転売先が、このヤクザたちだ。彼らは薬を安く買い叩き、闇ルートで海外や無認可クリニックに流しているのだろう。  そして病院側は、空箱を在庫として計上し、資産を水増しする(粉飾)。同時に、仕入れ代金の一部をキックバックとして裏金にする。  病院と反社が組んだ、組織的な横領スキームだ。

「葛城」

 氷室が呼ぶと、背後の影から葛城が現れた。  手には、先ほど廊下で拾った点滴スタンドを握っている。

「掃除の時間だ」

 葛城が無言で踏み込んだ。  ナイフを持った男の手首を点滴スタンドで打ち砕き、悲鳴を上げる間もなく鳩尾みぞおちに膝を入れる。  残りの二人も、数秒で床に転がった。

「……さて、部長」

 氷室は腰を抜かした薬剤部長の胸ポケットに、ボイスレコーダーをねじ込んだ。

「これを持っていろ。次にヤクザや理事長と話すときは、スイッチを入れるんだ。……さもなくば、この横領の全責任はあんた一人が被ることになるぞ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ