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記念公園

作者: ありんこ
掲載日:2026/02/10

「知ってる事件だろ」


反省を主題にした小説。

帯にはそう書かれている。

著者名の下に、かつての事件名が小さく添えられていた。


彼に言われ、私はうなずいた。

内容までは覚えていない。

ただ、名前だけが残っている。


彼が先に読み始め、私は少し遅れてページを開いた。

冒頭は、事件とは関係のなさそうな話が続く。

比喩が多く、場面が定まらない。

読み進めても、どこに向かっているのか分からなかった。


途中でやめることもできたが、最後まで読んだ。

読み終えても、感想は浮かばない。

不快ではないが、落ち着かない。


数日後、彼が言った。

「現場、公開されてるらしい」


事件の起きた場所は、公園として整備されているという。

本のあとがきに、小さな案内が載っていた。

特別な理由はなかった。

断る理由もなかった。


公園は、かつて集団殺害事件が起きた土地に造られている。

遊歩道は広く、木々は等間隔に植えられていた。

整っているが、休める感じはしない。


案内板には、事件の概要が簡潔に書かれている。

犠牲者についての記述と、発見された位置。

死体があった場所は、舗装の色を変えて示されていた。

どれも過去形で書かれている。


公園の外れに、低い建物が並んでいる。

事件当時、捜査関係者や報道陣が使っていた宿泊施設を模したものだという。

本の中にも、この建物は出てくる。

ただし、何が行われていた場所なのかは、曖昧にぼかされていた。


入口には鍵が掛かっている。

中の様子は分からない。


「この辺りだな」


彼は本をめくりながら言った。

死体が移動した場面。

誰が、どこから、どこへ運んだのかが書かれていない。


案内板から離れ、舗装の境目を避けるように歩いた。

足元ばかり見ていたせいか、気づいたときには視線が高くなっていた。


枝の間から、公園全体が見える。

どうやってここまで来たのかは、思い出せない。


下を見ると、地面は遠かった。

人が簡単に降りられる高さではない。

誰かに上げられた記憶もない。

ただ、ここにいる。


この場所に留まるのは良くないと分かった。

理由はなかった。


「降りろ」


下から、彼の声がした。


私は木から降りた。

地面に足をつけると、息が整った。


少し離れた場所で、数人の利用者が歩いていた。

散歩の途中のような様子で、足を止めることもない。

その背後で、作業服の男が落ち葉を集めている。

宿泊施設の方から出てきたように見えた。

こちらを見ることはなかった。


案内板をもう一度見た。

内容は変わっていないはずなのに、

最初に見たときよりも、説明が足りないと感じた。

ここに書かれていないものの方が、多い。


彼はしばらく黙っていた。

それから、本を閉じた。


「これ、反省の本じゃないな」


「終わったことにするための文章だ。

 ここに来る人間のことは、最初から数に入ってない」


舗装の色が変わっている範囲の上を、

別の利用者が何事もなく通り過ぎていった。


公園を出るとき、宿泊施設の窓にカーテンが掛かっているのが見えた。

使われていない建物のはずだった。

確かめはしなかった。


ここで何が起きたかは、記録されている。

だが、この場所に来る限り、

その出来事は過去のままではいられない。

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