記念公園
「知ってる事件だろ」
反省を主題にした小説。
帯にはそう書かれている。
著者名の下に、かつての事件名が小さく添えられていた。
彼に言われ、私はうなずいた。
内容までは覚えていない。
ただ、名前だけが残っている。
彼が先に読み始め、私は少し遅れてページを開いた。
冒頭は、事件とは関係のなさそうな話が続く。
比喩が多く、場面が定まらない。
読み進めても、どこに向かっているのか分からなかった。
途中でやめることもできたが、最後まで読んだ。
読み終えても、感想は浮かばない。
不快ではないが、落ち着かない。
数日後、彼が言った。
「現場、公開されてるらしい」
事件の起きた場所は、公園として整備されているという。
本のあとがきに、小さな案内が載っていた。
特別な理由はなかった。
断る理由もなかった。
公園は、かつて集団殺害事件が起きた土地に造られている。
遊歩道は広く、木々は等間隔に植えられていた。
整っているが、休める感じはしない。
案内板には、事件の概要が簡潔に書かれている。
犠牲者についての記述と、発見された位置。
死体があった場所は、舗装の色を変えて示されていた。
どれも過去形で書かれている。
公園の外れに、低い建物が並んでいる。
事件当時、捜査関係者や報道陣が使っていた宿泊施設を模したものだという。
本の中にも、この建物は出てくる。
ただし、何が行われていた場所なのかは、曖昧にぼかされていた。
入口には鍵が掛かっている。
中の様子は分からない。
「この辺りだな」
彼は本をめくりながら言った。
死体が移動した場面。
誰が、どこから、どこへ運んだのかが書かれていない。
案内板から離れ、舗装の境目を避けるように歩いた。
足元ばかり見ていたせいか、気づいたときには視線が高くなっていた。
枝の間から、公園全体が見える。
どうやってここまで来たのかは、思い出せない。
下を見ると、地面は遠かった。
人が簡単に降りられる高さではない。
誰かに上げられた記憶もない。
ただ、ここにいる。
この場所に留まるのは良くないと分かった。
理由はなかった。
「降りろ」
下から、彼の声がした。
私は木から降りた。
地面に足をつけると、息が整った。
少し離れた場所で、数人の利用者が歩いていた。
散歩の途中のような様子で、足を止めることもない。
その背後で、作業服の男が落ち葉を集めている。
宿泊施設の方から出てきたように見えた。
こちらを見ることはなかった。
案内板をもう一度見た。
内容は変わっていないはずなのに、
最初に見たときよりも、説明が足りないと感じた。
ここに書かれていないものの方が、多い。
彼はしばらく黙っていた。
それから、本を閉じた。
「これ、反省の本じゃないな」
「終わったことにするための文章だ。
ここに来る人間のことは、最初から数に入ってない」
舗装の色が変わっている範囲の上を、
別の利用者が何事もなく通り過ぎていった。
公園を出るとき、宿泊施設の窓にカーテンが掛かっているのが見えた。
使われていない建物のはずだった。
確かめはしなかった。
ここで何が起きたかは、記録されている。
だが、この場所に来る限り、
その出来事は過去のままではいられない。




