5.好きなくせに
初日の出会いをきっかけに、ルナとキョウは廊下で合えば挨拶をし、他愛のない会話をする仲になった。
廊下で出会った二回目の時は、あの時は名前すらお互い名乗っていなかったことに今更気づき、二人して照れ笑いしたことも覚えている。
それから名前を伝えたい、名前で呼び合うようになった。
キョウは騎士で、ルナは事務員なので休憩時間が合うことはそう多くない。それでも偶然時間が被った時は、後から来た方が何を言うわけでもなく相手の隣に座り、食堂での時間を共にするのが当たり前になっていった。
自然と距離を縮めていく中、食堂で時間を共有できたある日、ルナはキョウに質問した。
「キョウはどうして騎士を目指したの?」
初めてキョウと話した時、彼は剣の持ち方ひとつ知らなかったと言っていた。
なので、身内に騎士が居て、その人に憧れたから……という話ではない予感はあった。
「大した理由はないんだよな。単純に身体がでかい方で、身体を動かすのは嫌いじゃなかった、ぐらいだなあ」
特別な夢があるわけではなかったと、キョウは語ってくれた。
それでも、今の生活に不満はないとも言っていた。
「鍛錬はそら、大変だけどよ。一年前の自分が出来なかったこと、今は出来るようになったなあ、みたいなのが分かる瞬間は、やっぱ楽しいな」
「訓練の結果も良いって、あちこちでキョウの名前を聞くよ」
「あ、あー……そういう話って、事務所でも出んのか。ちょっと照れくせえな」
なんて言いながら、キョウの尻尾がぱしぱしとルナの座る椅子に当たっているのが伝わってくる。
背中にそよそよと風が送られてくるので、ルナは口元を押さえて笑ってしまった。
「ルナは、どう思うんだよ」
「どうって?」
「だから、その……俺が活躍してるって聞いて、なんか思うかってこと」
キョウの活躍を聞いて何を思うかと言われ、ルナは考え込んだ。
彼が褒められていると、自分の中でもぽかぽかとした気持ちになる。それから、彼の努力がきちんと評価されていることは、素敵なことだと思う。
でも、彼女でもない自分がこれを口にするのは何だか憚られる気がして、ルナは咄嗟に誤魔化した。
「将来が有望な騎士だなって思うよ」
「将来、有望……」
これを聞いたキョウは、考え込むように視線を落としてしまった。尻尾は動きを止め、耳も微動だにしない。
彼の姿を見て、自分の発言がすごく上から目線な発言になってしまっているように思い、ルナは慌てて言葉をつけ足した。
「あ、その、ちゃんと努力しててすごいってこと! 私もキョウを見習わないと」
「ルナが見習うこと、なんかあるか? 剣は重いぞ?」
キョウにそう言われ、ルナはそうじゃなくてと笑いながら伝える。
「剣は確かに持てないけど、キョウみたいに私も事務所仕事、もっと頑張らないとってこと。私ももう勤めて二年になるし、来年には後輩が出来るかもしれないじゃない?」
「ああ、そういうことか」
ルナが騎士団の事務員になってから二年が経ち、出勤初日のような修羅場があっても、戦力になれるようになってきている。
「ルナは俺と出会った日から頑張ってるだろ」
「ええ? あの日のこと、キョウは忘れちゃったの? 私、事務所で何にもできてなかったんだよ?」
あの日のことを思い出す度、自分のことを励まそうとしてくれたキョウのことを思い出す。
当時は優しい人ぐらいに思っていたが、今はあの出来事こそが自分をここに留まらせてくれたきっかけだと感じている。
もし、何もできない自分に直面するまま一日を過ごしていたら、やっていける自信がないと言って、自分は退職してしまっていたように思う。
それくらい、キョウがあの場から連れ出してくれたことはルナにとって、大きな出来事だったのだ。
「いや、俺の用事、ちゃんと処理してくれたじゃねえか」
「あれは、だって。明らかに壊れた備品の補充を許可する書類を作るだけだったから」
キョウに武器庫に呼び出された理由は、キョウが壊してしまった備品の補充をお願いするためだった。
ここの騎士団では使用しているものを壊した人が事務所に報告を入れ、新しいものを発注してもらうようお願いすることになっている。
キョウは人一倍鍛錬に精を出していることもあり、よく木剣を折る人物として、事務所内ではちょっとした有名人だった。
彼の備品補充のお願いを担当した事務員はいないと言われるぐらいには、壊しているらしい。
「別に、好きで壊してるんじゃないからな? 木剣が脆いだけで……」
「ふふっ、そうだね。実際、弱ってきてるのもあったから、偶然なのもあると思う」
全部が全部、キョウの筋力のせいではないのはみんな分かっている。
木剣は消耗品だ。日々いろんな騎士が使う以上、どうしたって摩耗していく。
それに、こういった備品は最初に一括で発注されているはずなので、大体同じ時期にダメになるのも自然なことだ。
彼の与える負荷が大きすぎることも、目を瞑れない事実ではあるけど。
「偶然じゃないのもあるって言いたげだな?」
「それは……結果的に壊してるのはキョウだし?」
「くっ、俺が気にしてることを」
抗議するように尻尾で椅子をぱしぱしと叩かれ、ルナは笑う。
「ふふっ。でも、キョウはちゃんと隠さずに毎回申告してくれるから、本当にありがたいんだよ」
中には怒られると思って隠したり、面倒くさいからと言って報告に来ない人もいる。
後から備品が足りないと言われて走り回らされるのは事務員なので、キョウのように壊したことを隠さずに報告してくれるのは、実際ありがたいのだ。
壊さず大事に使ってもらえるなら、それが一番いいけれど。
とはいえ、それも彼が真剣に鍛錬を執り行っている結果だ。だからルナは、時折キョウが事務所にやってきても、笑顔で応対することを心がけている。
――彼が来たら、勝手に頬が緩んじゃうんだけど。
実際は心がけずとも、彼を見かけるだけで胸の鼓動が上がるのを最近嫌でも感じている。
これ以上、自分を誤魔化し続けるのは難しいのかもしれない。
ルナは不貞腐れて横を向いてしまったキョウの横で、そっと自分の胸に手を当てるのだった。




