1.ごめんなさい
「好きだ、ルナ。俺の番になってほしい」
お昼の休憩中に、ルナは騎士団の寄宿舎の裏でオオカミ族のキョウに告白された。
オオカミ族にとって、番になってほしいというのは最上の求愛行動だ。人間のルナであっても、これくらいの常識は知っていた。
「……ごめんなさい。その言葉を受けることは、出来ません」
嬉しかった。
嬉しかったけど、だからこそ、絶対に彼の言葉を受け入れるわけにはいかなかった。
キョウはとてもびっくりしていた。多分、断られるとは思っていなかったんだと思う。
自分の好きという気持ちがそれほどまでに溢れていたことに、ルナは恥ずかしさと申し訳なさで涙が溢れた。
それでも、ルナは彼を振るしかなかった。
何故なら、キョウと付き合うことはすなわち、彼の騎士人生を閉ざしてしまうのと同義だったから。
「本当に、ごめんなさい」
「そ……っか。いや、悪い。そう、だよな。振られることだって、あるよな」
気まずい空気が流れる。キョウは、困ったように頭を掻いていた。
いつも天に向かって伸びる耳は伏せられ、尻尾は力なくだらんと下に垂れ下がり、動きもほとんどなくなっていた。
彼がどれだけ取り繕おうとも、生理現象で動いてしまう耳と尻尾はどうにもならないようだ。
ルナはそれを見て、胸が張り裂けそうだった。
「……もう、時間、だから。ほら、キョウも戻って?」
「あ……ああ。そう、だな。……悪い。こんな顔させて、本当に、悪かった」
「なんでキョウが謝るの。……本当に、ごめんなさい」
これ以上キョウを見ている自信がなくて、ルナは頭を下げたまま、そこから逃げるように事務所に戻った。
キョウは、追いかけてこなかった。
* * *
その日の午後は、気づいたら終わっていた。
上司にお疲れさまと声を掛けられて、午後になってから初めて時計を見たことに気づくほどだった。
自分はちゃんと仕事をしていたのかと、帰る前に自分が担当する分の資料を見て、特にミスもなく終わっていることに自分で自分に驚いた。
特に問題もなかったので、ルナはそそくさと更衣室へ移動する。
道中、キョウとすれ違うことはなかった。そのことに、ルナは安堵と共に寂しいという気持ちがあることに気づき、見ないふりをした。
ちょっとでも気を抜くとキョウのことを考えてしまうため、ルナは仕事のことを考えた。
そして、今日の午後からの仕事について反省した。
――ちゃんと終わってて、良かったけど……。
もしも午後の分がまるまる手についていなかったらと考えると、ルナは終わっていたからいいやとは楽観視できなかった。
ただ、心ここにあらずの状態でも仕事がどうにか進んでいたことには、少しだけ心当たりがある。
実は、ルナは自分が異世界転生者だったらしいことに気づいたことがあるのだ。
どうしてこんな曖昧なのかというと、思い出した当時が非常に小さい頃だったためだ。
さらに、前世の記憶や性格に引きずられたこともないようで、ごくごく普通の人生を送るまま、今年で二十歳を迎えた。
ただ、二年前から騎士団の事務に勤めるようになって、帳簿をつける手だけは迷いなく動くことに気づいた。
今日の仕事ぶりも、恐らくは前世による慣れが助けてくれたのだろう。
ルナは昔の自分にありがとうと心の中で伝え、これは天職に違いないとも思った。
手荷物を整え、ルナは騎士団の建物を後にした。
寄宿舎はあくまで騎士として勤めている者たちが利用する場所で、事務係のルナは利用できない。そのため、彼女は近場の借家から毎日通勤している。
「明日から、どうしよう」
帰り道、ルナの頭の中を支配するのはやっぱりキョウだった。
どうして断ってしまったんだろう。もっと他の言い方はなかったのか。そんな後悔ばかりが押し寄せる。
優秀な獣人の騎士でも、番を得ると弱くなる。
特に、番を得たオオカミ族は自分の昇進なども簡単に手放してしまうという話が、頭から離れない。
それだけは、キョウに絶対にしてほしくない。
彼の将来を自分がダメにしてしまうという未来だけは、どうしても受け入れられなかった。




