第33章:襲撃、始まる
グループは分断された。
襲撃が始まった今、最優先は合流――
だが、その前に現れたのは、謎の仮面集団だった。
イベントが始まってから五分が経過していた。いや、正確に言えば、五分前に始まっているはずだった。
だが、そこにリリアン姫とムーン・フォン・リアルドンの姿はなかった。
アリザル・レンデイラは怒っていなかった。むしろ、妙な胸騒ぎを覚えていた。あの二人が遅れるなんて、まずありえない。時間厳守の化身のような存在なのだから。
その時だった――
悲鳴が響いた。
どこからか転がり落ちてきた“それ”は、人間の頭部だった。階段の上、オフィスへと続く通路から落ちてきたのだ。
ゴツ、ゴツ……金属音を響かせながら階段を跳ねるたびに、血の軌跡が残される。
そして、最後には集まっていた生徒たちの方を“見ているように”止まった。
悪魔的な偶然だった。
直後、階段の上から拍手が聞こえた。
「思ったより冷静だな。普通はもう誰か逃げ出してるはずなんだけどなぁ」
声の主は黒い鳥を模した仮面をつけていた。口元だけが露出している。
ゆっくりと階段を下りてくる。その手には血に染まった剣が握られていた。
全員を見渡しながら、そいつは言った。
「俺の名前は“カラス”。見ての通り、ここはもう俺たちが支配している」
その態度は傲慢で、ぞっとするほど軽薄だった。
「貴様一人で何ができると思ってる!」と、ある生徒が叫んだ。
「一人じゃねえよ、バカ。すぐ他の連中も来る。……ああ、そうだ。お前ら、武器ないんだっけ? じゃあ、誰から始めようか?」
アリザルはミルリに視線を送った。彼女はすでに短剣を構えていた。
アリザルは周囲を確認しながら、静かに言った。
「退くぞ」
そう言って、壇上の裏へと歩き出した。
「見捨てるのか?」とミルリがついてくる。
「敵の数も能力も不明だ。武器を持ってるのはお前だけ。他の連中が何か知ってるかもしれない。まずは合流だ」
その瞬間、ミルリの耳がピクッと動いた。
「伏せろ!」
そう叫ぶと同時にアリザルを突き飛ばし、壁に突き刺さる短剣を回避させた。
すかさずミルリは攻撃者を組み伏せる。仮面をつけた黒装束の男だった。
アリザルはその仮面を剥ぎ取り、男の剣を拾い上げた。
「……若いな」そう呟き、剣を見つめる。「軍用……か。しかも、宇宙エネルギーの結晶を使ってる。こいつら、ただ者じゃないな」
「襲撃を計画した奴、相当な資金力があるってことね」とミルリ。
「だろうな。ターゲットはリリアンか、あるいは別の重要貴族か。どっちにせよ、急ごう」
二人は再び走り出した。
だが、廊下の途中で立ち止まる。
壁に寄りかかり、まるで彼らを待っていたかのような男がいた。
その仮面もまた、鳥を模している。
「ブランザーに言われたんだ。逃げる奴は排除しろって。……でもVIPだった場合は、指示されてないんだよなぁ」
自信満々にそう言う。
「……VIP?」アリザルが眉をひそめる。
「おっと、余計なこと言っちゃった? まあいいや。俺の名前は“イーグル”。黒仮面の鳥派閥の一員だ。指揮官ブランザーの命令で、お前らはここまでだ」
アリザルはさっき奪った剣を構えようとする。だが――
その手をミルリが制した。
「私が引きつける。あなたは皆と合流して」
アリザルはイーグルを見た。次にミルリを見た。
「……遅れるなよ」
一言だけ残し、後退していく。
ミルリはイーグルを睨みつけ、静かに言った。
「私はミルリ。アリザル様の忠実なる専属メイドにして、処刑人。命令は“早く終わらせろ”だった。――さあ、始めましょうか」
そのまま、戦闘体勢を取る。
カラス、イーグル、そしてブランザー。
見えざる計画の全貌は、まだ誰にも分からない。




