第30話:策を裏返す――パウレンとの邂逅
反撃の準備が整う中、アリザルは思いがけない人物との対面を果たす――。
「それで、こっそり写真を撮っていたってわけか……」
アリザル・レンデイラは机の上に置かれたカメラをじっと見つめていた。ムーリンが素早くそれを手に取り、しかめ面で内容を確認し始める。
「これだけで十分、反撃の理由になるだろ?」とミルリが間髪入れずに言う。
「十分さ。このブツがあれば、あいつらは穴の開いた船みたいに沈む」ムーリンはカメラを回しながら応える。
「で、でも犯人が、し、しらを切るかも……!」キャロラインがシーツの中からどもりながら声を上げる。
「――証拠隠滅だ。逆に利用される恐れもある」ムーン・フォン・リアルドンがアリザルに視線を向けたまま補足した。
アリザルは無言で椅子にもたれ、糸を解くように思考を巡らせる。
「誹謗中傷……? 俺が女たらしって噂も、もっと大きな仕掛けの一部だったのか?」と低く呟く。
「今思えば――あの男、やけに戦おうとしなかった」ミルリが目を細めて思い出す。
「リリアンの仕業とは思えないな。学内新聞が俺に恨みを持ってるのはわかるが、実害は与えていない……」アリザルは眉をひそめる。
「頭を使える相手だと思う」ムーリンが腕を組む。
「……善人じゃない」ムーンが静かに付け加えた。
「俺をおびき寄せたいのかもな。今ここで抗議に行けば、思うツボか――」アリザルが結論づける。
「じ、じゃあ逆手に取れるかも……」シーツの砦からキャロラインが小さく提案すると、全員が一斉に彼女を見た。
視線の重さにシーツが揺れ、キャロラインはごくりと唾を飲む。
「し、写真を撮られた陸上部に直接行くのはどうかな? アリザルさんが新聞部へ抗議に行ってる間に、べ、別の人がカメラの犯人を捕まえて陸上部へ連れて行くの。そ、そこで真実を吐かせれば……」
「俺の評判を汚そうとしても、自滅するってわけだな」アリザルが要点をまとめる。
「そ、そう……アリザルさんは無傷で、相手だけが晒される……」キャロラインは小さく頷いた。
アリザルは小さく笑う。
「いいだろう。ミルリ、もう一度そいつを確保しろ。ムーン、ムーリンは陸上部へ行って状況を説明だ。二分後、俺は新聞部に行く。ミルリ、用が済んだら合流してくれ」
一同は頷き、素早く部屋を後にした。
「悪くない策だ」アリザルはシーツを見て言う。
「あなたの考え方はもっと……混沌としてるから……」キャロラインが小声で返した。
* * *
アリザルは丁寧に扉をノックした。待たされたのは数秒、すぐに通された。
部屋は狭いわけではない。だが紙の束と本、現像待ちの写真が所狭しと吊るされ、圧迫感がある。中央には書類に埋もれかけた机。そして、その向こう側に立つ見慣れぬ少女。
「お会いできて光栄です、アリザル・レンデイラ」彼女はやわらかだが芯のある声で言った。
「同じセリフを返したいが、君の部下は俺にずいぶん失礼だった。誹謗中傷とはどういうことだ?」アリザルは腕を組んで応える。
「承知しています。うちには少々根に持つ子がいまして……でも今日はその話ではありません」少女は瞬きをしない。
視線がぶつかる。アリザルは鼻で短く笑い、チェスの開局を思わせる動作で椅子に腰掛けた。
「自己紹介をさせてください」少女は立ち上がり、丁寧に一礼する。「私の名はパウレン・フォン・レイエン」
一拍置いて、静かに口を開く。
「――そして、父の話をさせてほしいのです」
パウレンはアリザルの前に姿を現した。
――彼女が語ろうとするのは、一体何なのか?




