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第1話:Moon(前編)


「わあっ!アルビノの女の子だ!」


視界の左側から、見知らぬ顔が叫びながら覗き込んできた。


アルビノの少女は反射的に後ろへ跳ね退いた。


一瞬、手が腰に伸びかけたが、すぐにその考えを振り払う。




「ごめんごめん。でもさ、学院の門の前に立って、フードをかぶって体をすっぽり隠してるなんて、普通じゃないよ」


その言葉を無視して、アルビノの少女は門を見つめる。


それに応えるように、真珠のような肌を持つ快活そうな女性が視線を追い、何かに気づいたように手を打った。




「開けたかったのね?なるほど、そんなに白い手なら汚れやすいかもね」


そう言って女性は優しく門を開け、中へと招き入れる。しかし、その前に少女を制止した。




「その前に、何か言うことあるんじゃない?」




灰色がかった髪がフードの隙間からちらちらと揺れる中、少女は小さく頭を下げ、少し考えるような間をおいてから、低い声で呟いた。




「……ありがとう。私の名前はリリアン」




それが本名ではなかったことは確かだ。


だが、この場所でそれを知る者はいない。




「私はマリアン。宇宙エネルギー入門の授業を担当してるの。君は一年生でしょ?もしかしたら授業を担当するかも」




『リリアン』は顎に手を当て、少し考え込んでからあっさりと返答した。


「……医学を学ぶつもり。たぶん」




「医学っ!?」


マリアンは大きな声で叫び、リリアンは思わずびくっと体を跳ねさせた。だが、マリアンは気づかずに話し続ける。




「オードリス校長が学院を半軍事化から脱却させて以来、未来のある人たちが集まり出してね。授業で会えなくても、応援してるわリリアン。君は何か特別な感じがする。ごめんね、大声出して。まだ登録してないなら、最上階の校長室へ行って。エレベーターもあるのよ。すごい学院だよね!」




『リリアン』は小さく首を傾けてから、軽く会釈をしてその場を後にする。


マリアンはその背中を見送りながら、微笑んだ。




* * *




オードリス・フォン・ラインハルト――七十歳。


その鋭い眼差しでアリザールをじっと見つめていた。


アリザールの社交的なバッテリーは、日々をやり過ごすだけでも精一杯。


だがこの怪物のような校長と対峙するだけで、一気に限界を超える。


彼は自然と姿勢を正し、不満を堪えるために顔をしかめた。


眉をひそめるのは、緊張と、なぜかいつも面倒事に巻き込まれるストレスのせいだ。




「リリアン王女からこの計画について聞いていないのかね?」


オードリスの声は年齢相応に低く、重みがある。


アリザールが知っている限り、彼女は18歳で秘書としてこの学院に入り、30歳前には校長にまで登り詰めた人物。


まさに“化け物”と呼ぶにふさわしい。


何より、彼女が初対面の時にアリザールを「可愛い子犬」と称したことが忘れられない。




「いえ、彼女は今ごろ書類を読みながら笑ってることでしょう…」


軽く不満を込めて答えるアリザール。


彼には容易にリリアンの笑い顔が想像できた。




「ふむ…では協力者を待とう。彼女は論理的だが、我々とは異なる論理で動く。たとえば――」


オードリスは時計を机に置いた。




「彼女は、ちょうど八時にドアを叩く」




57、58、59… 8:00ちょうど、「コン、コン、コン」




助手が即座に扉を開けると、例の少女――『リリアン』が現れた。


軽く一礼し、アリザールの横に座る。だが、椅子を少しずらして、彼とは距離を取る。


目すら合わせない。




一瞬、無視されたと思ったアリザールは思い直す。


彼女に常識的な反応を求めるのが間違いなのだ。




彼女がフードを脱ぐと、肩までの灰色がかった髪がふわりと落ちた。


笑みはなく、代わりに新しめの傷跡が目に入る。


即席の道具で処置されたことが、アリザールには見て取れた。


気まずくなり、彼は視線を逸らす。




『今度はどんな厄介ごとだ…』といった表情のアリザールに、オードリスはにやりと笑う。


そしてすぐに、少女に向き直る。




「公の場では、君を何と呼べばいい? ムーン・フォン・リアードロン」




もしアリザールが紅茶でも飲んでいれば、今ごろ噴き出していただろう。


だが彼はそれをぐっと堪え、冷や汗を垂らしながら、知っていたフリをする。


オードリスが意図的に名前を口にしたのは明らかだった。




アリザールはまた心に刻む。


『この老婆が俺を呼ぶときは、ろくなことがない』




「……リリアン」


ムーンはまるで気にしていない様子で返答する。


そしてアリザールに視線を向けた。




その目は『どうでもいい』と語っていた。


怒りも喜びも読み取れない――アレキシチミアか?


厚めのフレームの眼鏡。接着剤で修理された跡。視線が右に流れている。


眼振ニスタグムスか――だからさっき首を傾けていたのか。




「……彼は信頼できるのか?」




「もちろん。私の最も優秀な学生諜報員だ。彼に学院を案内させ、君には彼の屋敷に滞在してもらう。君の個人的な費用は私が負担しよう。特別なものが必要なら、手紙を送ればいい。さて、本題に戻ろうか」




(それが本題じゃないのかよ!)


アリザールは心の中でツッコミを入れる。




オードリスは引き出しからファイルを取り出し、アリザールに渡した。


彼が中身を見ると、それは同じ内容の書類の束。


それぞれに学生会と指名者の署名がある。




――どうせリリアンは、今ごろ床で爆笑してるに違いない。




「要するに、学内の秩序を維持するための実質的な準軍事組織だ」


アリザールは眉を上げて校長を見る。




「私は『風紀委員会プレフェクトゥラ』という呼び名が好きだよ」


オードリスは顎に手を添えた。




「ムーン、君の意見を――」


ムーンは既に資料を凝視している。うっすらと微笑んでいるようにも見える。




「……やめておこう、もう彼女は戻ってこない。とにかく、必要なら軍の支援も得られるし、武力行使の正当性も確保できる。つまり、相当な権限を得られる」




「その通り。だからこそ、私の最高の駒よ。君がリーダーだ」


校長は満足げに語る。




「私が選んだメンバーと共に組織を率いてほしい。


ムーン・フォン・リアードロン、ムリン、第一王子カルロ・フォン・アルジェリア、エミール・バラデン、エディス・ガイレン」




「後の二人は知らないけど、カルロは温厚な奴。ムリンは噂だけなら…歩く戦車だって話だ。


ムーンは……ムーンだな。よし、屋敷で話そう。


さあ、相棒。結局は断れなかったんだから、学院を案内してやるよ。ついでに文句も言うぞ」




アリザールは署名し、書類を返す。ムーンはすでに署名を終えていた。


彼女は即座に立ち上がって退室し、アリザールがそれを追う。




* * *




オードリスは残された二人の助手――リリアン王女の忠実な従者たちと共に部屋に残った。




「アリザールの操縦、簡単でしょう?


彼には幸運を祈るけど、まだ青い。これじゃ遠くまで行けないわね」




独り言のように言ったが、助手たちはそれを聞き逃さない。


扉を開けた助手が尋ねる。




「なぜ、あそこまでの権限を?」




「承認は私がするけど、彼がその縛りをどう乗り越えるかも見た


いのよ。


どんな人脈を作る?どんな問題に直面して、どう解決する?


彼は賢い。でも、自分の限界と、他者への依存のさじ加減を知らなきゃならない。


そして――もう彼はムーンと運命を共にしている。


屋敷に住まわせた時点で、逃れられないのよ。


可哀そうに、もうすぐ本物の“試練”がやってくるわ」

この章は前後編になっております。後編は近日中に投稿されますので、よろしくお願いします!


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