表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/37

第1話:ムーン(前編)


「わあっ!アルビノの女の子だ!」


視界の左側から、見知らぬ顔が叫びながら覗き込んできた。

アルビノの少女は反射的に後ろへ飛び退いた。

一瞬、手が腰に伸びかけたが、すぐにその考えを振り払う。



「ごめんごめん。でもさ、学院の門の前に立って、フードをかぶって体をすっぽり隠してるなんて、普通じゃないよ」


少女は無言で門を見つめ続けた。

真珠のような肌を持つ快活そうな女性が視線を追い、何かに気づいたように手を打つ。

 


「開けたかったのね? なるほど、そんなに白い手なら汚れやすいかもね」


女性は優しく門を開け、中へと招き入れようとする。だがその前に少女を制止した。



「その前に、何か言うことあるんじゃない?」

 


灰色がかった髪がフードの隙間から揺れる。

少女は小さく頭を下げ、間を置いてから低い声でつぶやいた。

 


「……ありがとう。私の名前はリリアン」

 


もちろん本名ではない。だが、この場所でそれを知る者はいない。

 


「私はマリアン。宇宙エネルギー入門を教えてるの。君は一年生でしょ? もしかしたら授業で会うかもね」

 


『リリアン』は顎に手を当て、少し考え込んでから素っ気なく返した。

 


「……医学を学ぶつもり。たぶん」

 


「医学っ!?」


マリアンが大声を上げ、リリアンはびくりと肩を震わせた。だがマリアンは気づかず話し続ける。



「オードリス校長が学院を半軍事化から脱却させて以来、未来ある人たちが集まってるの。授業で会えなくても応援してるわ、リリアン。何か特別な雰囲気があるもの。ごめんね、大声で。登録がまだなら最上階の校長室へ。エレベーターもあるのよ。すごい学院だよね!」

 


リリアンは小さく首を傾け、軽く会釈して去っていった。

マリアンはその背中を見送りながら微笑む。

 


* * *

 


オードリス・フォン・ラインハルト――七十歳。

その鋭い眼差しがアリザル・レンデイラを射抜いていた。


アリザルの社交バッテリーは、ただ日々をやり過ごすだけで限界寸前。

怪物のような校長と対峙するだけで、一気にオーバーヒートする。


彼は背筋を正し、不満を噛み殺すために眉間に皺を寄せた。

 


「リリアン王女からこの計画について聞いていないのかね?」


オードリスの声は年齢相応に低く、重みがある。

18歳で秘書として入り、30歳前に校長へ――まさに“化け物”。


しかも初対面で自分を「可愛い子犬」と呼んだ女だ。

 


「いえ。彼女は今ごろ書類を読みながら笑っていることでしょう……」


軽く毒を含ませて答えるアリザル。

リリアンの笑顔など容易に想像できる。



「ふむ……では協力者を待とう。彼女は論理的だが、我々とは異なる論理で動く。たとえば――」


オードリスは机に置時計を置いた。



「彼女は、ちょうど八時にドアを叩く」

 


57、58、59……8:00ちょうど――「コン、コン、コン」


助手が扉を開けると、例の少女――リリアンが現れた。

軽く一礼しアリザルの横へ。だが椅子をずらし距離を取る。視線も合わさない。

 


常識的な反応を期待する方が誤りだった。

フードを外すと灰色がかった髪が肩に落ちる。

笑みはなく、かわりに新しい傷跡。即席の処置跡と見て取れた。

視線を逸らすアリザル。



今度はどんな厄介ごとか…… という顔の彼に、オードリスは口元を歪めた。



「公の場では、君を何と呼べばいい? ムーン・フォン・リアルドン」

 


紅茶を飲んでいれば吹き出していた――が、こらえた。

冷や汗が頬を伝う。

オードリスがわざと名前を出したのは明らかだった。

 


『この老婆が俺を呼ぶときはろくなことがない』――また脳裏に刻む。

 


「……リリアン」


ムーンは気にも留めない様子で答え、アリザルを見た。


その目は「どうでもいい」と語る。怒りも喜びもない――アレキシチミアか。

厚いフレームの眼鏡は接着剤で修理されている。視線は右へ流れている。眼振ニスタグムスか――だから首を傾けていたのだろう。

 


「……彼は信頼できるのか?」



「もちろん。私の最優秀な学生諜報員だ。学院を案内させ、君は彼の屋敷に滞在してもらう。個人的な費用は私が負担しよう。特別な物が要るなら手紙を。――さて、本題に戻ろうか」



(それが本題じゃないのかよ!)と内心でツッ込むアリザル。

 


オードリスは引き出しからファイルを出し、彼に手渡す。

中身は同じ書類の束――学生会と指名者の署名入り。



どうせリリアンは床で爆笑しているに違いない。



「要するに、学内の秩序を維持するための実質的な準軍事組織だ」

 


「私は『プレフェクト委員会』という呼び名が好きだよ」


顎に手を当てるオードリス。

 


「ムーン、君の意見を――」


ムーンは資料を凝視し、わずかに笑んでいるようだ。

 


「……やめておこう。彼女はもう戻らない。必要なら軍の支援も得られるし、武力行使の正当性も確保できる。つまり、相当な権限を得られる」

 


「その通り。だからこそ、私の最高の駒よ。君がリーダーだ」


満足げに告げる校長。

 


「私が選んだメンバーと組織を率いてほしい。

ムーン・フォン・リアルドン、ムーリン、第一王子カルロ・フォン・アルジェリア、エミル・ヴァラデン、イーディス・ガイレン」

 


「後の二人は知らないが、カルロは温厚なやつ。ムーリンは……歩く戦車って噂だ。ムーンは……ムーンだな。――よし、屋敷で話そう。さあ、相棒。結局断れなかったんだ、学院を案内してやる。ついでに愚痴も言うぞ」

 


アリザルは署名し書類を返す。ムーンは既にサインを終えていた。

彼女は即座に立ち上がり退室し、アリザルが追う。

 


* * *

 


オードリスは残った二人の助手――リリアン王女の忠実な従者――と部屋に残った。



「アリザルの操縦、簡単でしょう?

彼には幸運を祈るけど、まだ青い。これじゃ遠くまで行けないわね」

 


独り言のように放たれたが、助手は聞き逃さない。扉を閉めつつ尋ねる。

 


「なぜ、あそこまでの権限を?」

 


「承認は私がするけれど、彼がその縛りをどう乗り越えるかも見たいのよ。

どんな人脈を作る? どんな問題に直面し、どう解決する?

彼は賢い。でも、自分の限界と他者への依存の匙加減を学ばなければならない。


そして――もう彼はムーンと運命を共にしている。

屋敷に住まわせた時点で逃げられないのよ。


かわいそうに……本物の“試練”はもうすぐだわ」


この章は前後編になっております。後編は近日中に投稿されますので、よろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ