第15章:裂けた舌、売られた忠誠 (2)
知らぬ間に、アリザルはウサギの巣穴に一匹の狼を放っていた。
一つの目的のために、ムーンは攻撃の準備を整える。
馬車が、一つの大きな建物の前で止まった。道を挟んだ向かいにある公園の半分ほどの広さを誇るその建物は、三階建てで、レンガ造りが特徴的だった。
そこは商人ギルド──そして、ムーン・フォン・リアルドンの目的地だった。
ムーリンが先に降り、周囲を慎重に見回してから、馬車の扉を開けた。ムーンは数秒後に続いた。
歩道に降りたムーンは、一度立ち止まり、建物を見上げた後、フードを外した。そしてムーリンを見て、足元に視線を落とし、再び彼女を見つめた。
「……幸運を祈って」
いつものように低い声で、そう呟いた。
ムーリンはその言葉に微笑み、「頑張って」と答えた。
それ以上、何も言わず、ムーンは建物の中へと足を踏み入れた。ムーリンもその後を護衛として静かに追った。
商人ギルド──通称「企業の巣窟」。中では、新旧の起業家が入り混じり、路上の屋台商人でさえも、許可証の申請や税金の支払いのために訪れる。
そのため、内部は常に騒がしく、ムーンにとっては耐え難い環境だった。だが、耳当てのおかげで、騒音もある程度は我慢できた。
ムーンは落ち着いた足取りで三階の会議室へと向かった。
時計を見ると、約束の時間まであと七分。彼女は隣の長椅子に腰を下ろして、じっと待った。
ムーリンにとって、その時間は永遠にも思えた。やがて時間が近づき、ムーンは立ち上がって会議室に入った。
室内には投資家たち、研究所の経営者たち、そして何よりも重要な人物──アレギリア最大の製薬会社を率いる、エデュアルド・フォン・マリエンの姿があった。
* * *
(数日前、アリザル・レンデイラ邸の執務室)
ムーンは自分の机に座っていた。今ではこの家の会計係となり、そのための作業スペースを自ら要求していた。書類仕事を進めながら、アリザルの説明に耳を傾けていた。
「……つまり、それが計画の全貌だ。要するに、エデュアルド・フォン・マリエンを我々の側に引き入れる必要がある。それができれば、彼の企業の一部を吸収しつつ、罪を逃れることも可能になる」
アリザルは、まるで生涯で最も丁寧な説明をするかのように話していた。
「……そして、可能な限りの投資を引き出す」
ムーンが補足する。
「その通り。デイサリンのおかげで、エデュアルドは投資家たちの信頼を失いつつある。今こそ“優良企業”というカードを切る時だ。投資家は我々に投資し、彼もその流れに押されて協力せざるを得なくなる。我々は感謝の意を示す形で、彼の製品の権利を買い取る」
とアリザルは続けた。
「……我々は彼を殺す予定だ。そうなると損失が出る……」
ムーンは視線を伏せ、考え込みながら言った。
「……だが、その分怪しまれずに済む。損失を回収するために株式を吸収すれば、不自然ではない」
「そしてそれが我々の利点だ。損失は仮初のもので、実際の生産コストは低い」
アリザルは扉の方へ歩いていきながら言った。
「まあ、信頼してるぞムーン。驚かせてくれ」
* * *
(現在、ムーン)
「……本日はお越しいただき光栄です。私は“リリアン”、ジェネリック薬局チェーン『デイサリン』の代表です」
ムーンは一礼してから席に着いた。
「こんなに若くて薬局を経営してるのか?」
一人の男が問いかけた。
「十五歳から労働市場に入ることは可能ですし、貴族であればその道も広がります」
とムーンは返答した。
「……さて、他にご質問がなければ、私の提案をお話しします。──我々のビジョンをレオリアへと拡大するのです」
経済戦争の天秤は、まさに傾こうとしている……
一撃は計画された。
だが、この世界に完璧など存在しない。