第8章: ある貴族の死体 (1)
「問題が動き出す――」
駒が揃うことは、必ずしも勝利を意味しない。
血で手を汚す覚悟のない者は、指導者になる覚悟など持つべきではない。
指揮を取る者は、常にリスクを背負う覚悟も持つべきだ。
数日前、ムリエル・フォン・レイエンが「チェスの殺し屋」と呼ばれる者の手によって命を落とした。
そのリスクを本当に背負う覚悟があるのは誰か?
「死ぬ」という言葉は、終わりを意味するだけでなく、多くの問題も含んでいる。
人を殺すことは簡単だが、その行為が引き起こす連鎖に向き合うのは地獄だ。
リリアンはそれを理解していたが、兄のマルコは理解していなかった。
彼は「指導者」という言葉から逃げていたのだから。
だが、彼もまた王子であることに変わりはない。
彼のように穏やかな者の周囲に集まるのは、決して「善良」とは言えぬ者ばかり。
だからこそ、アリザル・レンデイラが傭兵との任務確認に向かい、リリアンが書類整理をしていたその時、
別の二つの出来事が同時に進行していた。
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石造りのトンネルを一人の男が歩いていた。
悪臭が漂い、足元には時折ネズミが走る。
だが彼は気にも留めず、先へと進む。
古びた扉を開けると、そこには一転して豪奢な空間が広がっていた。
中央には高級感のある木製のテーブル。
その周囲には数人の男たち。
入ってきた男の顔に光が当たると、白い陶器の仮面が現れた。
他の者たちも同じ仮面をつけている。
「ムリエルの死をリリアンに結びつけるのは難しい。
本当に彼女の仕業だと確信しているのか?」と、入ってきた男が問いかけた。
「他にあの情報にアクセスできる者がいるか?
あれは明らかに彼女が誰かを雇ってやらせた仕事だ。
マルコが王位に就けば、彼女にとっては死刑宣告も同然――それは彼女自身が一番わかっているはずだ!」
そう返したのは、赤いスーツを着た男。
「否定しているわけじゃない。
問題は、我々の決断があまりにも性急に見えるという点だ。
もし計画が成功しても、失敗しても、後には地獄しか残らない。
だからこそ、全員がその覚悟を持っているか確かめたいんだ」と、先ほどの男が言った。
「フン、いずれにせよ我々に損はない。
彼女が死ねば、マルコを王に据えることができる。
その後の混乱なんぞ、金で何とかなる。
仮にダメでも、より直接的に動けるようになる」と、緑のスーツの男が答える。
「だが、あの女は簡単な相手ではない。
確かに殺しを依頼したが……死んでいる姿が想像できない……」
黒いスーツの男の声には不安が滲んでいた。
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ナイフは少し熱を帯びていた。
赤い雫が刃先から滴り落ちる。
リリアンは壁に寄りかかり、そのまま床に崩れ落ちた。
荒い呼吸の中で、自分の手を見下ろす――血。
そしてナイフ――赤い滴が静かに落ち続ける。
彼女はナイフを遠くに放り投げ、自分の体を確認する……その血は、彼女のものではなかった。
彼女の前には、一人の学生貴族の死体。
まだ息はあるが、呼吸は浅い。
リリアンは少し落ち着き、ナイフを再び手に取った。
「さて……駒を動かしたのは、誰なのかしら?」
怒りを帯びた瞳で、彼女はその学生を見下ろした。
本当の勝負が始まった。
盤の両側で、誰が駒を動かしているのか?