プロローグ:チェスの殺人者
※このプロローグは修正・調整を行った最新版です。
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ミュリエル・フォン・レイエンは上機嫌だった。
三十歳未満のアルイーサン七名を“とある秘密の宴”へ献上する密約が、たった今まとまったのだ。
──三千万アイラ。
姫君リリアン・フォン・アレギリアがアルイーサンの権利拡大を押し通して以来、取引価格は跳ね上がった。
だがミュリエルはほくそ笑む。新邸宅を買うも良し、更地に私邸を建てるも良し。どこで次の“商品”を確保するか――そんな皮算用を胸に執務室の扉を押し開けた。
笑みは一瞬で消えた。
そこにいたのは、十六にも満たぬ黒髪の少年――アリザル・レンデイラ。
ワイングラスの縁を指でなぞりながら、退屈そうにバランスを取っている。
アリザルと目が合った瞬間、ミュリエルの背筋を冷たいものが這い上がった。
「……どうやってここへ入った?」
頭の片隅でそう呟きつつ後退しかけたところを、背後から誰かに突き飛ばされる。
振り向くと、瀬を詰めた侍女が一人。
憎悪と怯えの混ざる瞳でミュリエルを見下ろし、静かに扉を閉めた。
幾度となく殴り、辱め、使い捨てにした顔だ。
記憶がフラッシュバックし、恐怖とアドレナリンが一気に噴き出す。
足音。
鞘から抜かれる金属の音。
頬を伝う汗と涙。
「被害者の気分はどうだい?」
アリザルの冷ややかな声と共に、銀の短剣がミュリエルの頬を浅く切り裂いた。
悲鳴はかすれ、懇願の言葉だけが漏れる。
「お前の死は忘れられないものになる。──警告として、記念碑として」
刃先が胸元へ移動する。
「な、名前を……名簿を渡す!」
「もう持っている。だが親切に感謝するよ」
少年は薄く笑った。
――そして刃が沈んだ。
* * *
翌朝の新聞一面を飾った見出しはこうだ。
《貴族ミュリエル・フォン・レイエン邸で惨殺》
遺体は執務机に仰向け、シャヴァーサナの姿勢で横たわり、胸には銀の短剣。
足元のチェス盤には駒が二つだけ――ポーンがルークを捕食していた。
盤の下から押収されたのは、人身売買・資金洗浄・盗難美術品取引を示す大量の書類。
「悪人とは聞いていたが、ここまでとは……」
通行人が新聞を掲げ、友人と嘆息する。
通りすがりのアリザル・レンデイラはそのやり取りを一瞥し、歩みを再開した。
白基調に黒パンツの〈レウダン学院〉制服、度なし眼鏡、カーキ色の肩掛け鞄。
蝉が鳴き、夏の陽射しが強いアルジェリア。
チョコアイスを買い、くじで当たった木の棒をポケットへ。
警備兵に学生証を提示して校内へ入る。
講義前に復習しようと廊下を進むが、教室の手前で肩を掴まれた。
「生徒会長が呼んでる」
筋骨逞しい上級生が無表情で告げ、去っていく。
「王女殿下が俺に何の用だ?」
アリザルは溜息混じりに呟き、鞄を預けて生徒会室へ向かった。
扉を開けると、同席していた女生徒二人が慌てて退室。
残ったのはアリザルと、椅子越しに睨みつける少女――
リリアン・フォン・アレギリア。
第二王位継承者にして学園生徒会長。王太子 カルロ・フォン・アレギリア の双子の妹であり、一分遅れて生まれたため継承順位は第二位となっている。
漆黒の髪を一本の三つ編みに束ね、王家の証たる金縁の白い制服を身にまとう。
「あなたの“壮大な作戦”って、アルジェリアに猟奇殺人鬼がいると全国に知らせることだったの!?」
怒声が室内に響く。
「そうだとしたら?」
アリザルが肩をすくめる。
「アリザル・レンデイラ! 計画は極秘が大前提でしょう?」
「いずれ漏れる情報だ。俺は“チェス殺し”をでっち上げて、君の関与を完全に隠した。悪くない手だと思うが?」
リリアンは眉間を抑え、深く吐息を漏らした。
「一理あるわ。でも……その嘘、続け切れるの?」
琥珀色の瞳と、深いカフェブラウンの瞳が交差する。
「任せろ、王女殿下。――残り十一件、必ず片付ける」
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