December-28 (上弦)
鈴の音が聞こえる感じがした。
キャップの上のLEDヘッドライトが光っていた。
貨物用のフェリーがゆっくりと進んでいた。
フェリーが港を出でしまうとあたりは静かになった。
雪江は、いつものようにウキを眺めている勇生の傍に来た。
もう、ひと月になるのに勇生は、何も変わらずに雪江と会ってくれていた。
雪江も、鈴の音に呼び出されるように、顕現した。
「幽霊ってさ、足あるのな」
と勇生は、雪江の足元を見ていった。
茶色のローフアの革靴を雪江は履いていた。
そう認識できていた。
「ヒールは足が痛くなるし、スニカーはカジュアルすぎるでしょう」
「そんなもんか、では、幽霊の割には若いよなあ、ユッキーは」
雪江は若いといわれて、勇生を見た。
そういえば、勇生はいくつだろうと思った。
シルエットだけでは、判断できなかった。
「ユウくうははいつなの」
「年があければ、58だよ。俗にいうおっさん。ユッキーはぎりぎり20代くらいだよなあ」
「勇生には、そう見えるんだ」
「正直は、まだぼんやりとしか見えてなくて、話の内容から判断している」
「私も、何位歳なのわからない」
雪江には、記憶という概念がなかった。
ただ、勇生との時間だけは記憶として認識ができていた。
「今日は、ずいぶんと遅い出勤だったね」
「だって、今日は上弦の月だから」
「そうだね、上弦の月だね、またユッキーに会えなくなるね。年明けにはまた会えるかなあ」
「そうね、年が明けたら会えるね・・・でも、いつまで会えるのかなあ」
と雪江は、上弦の月を見上げた。
「かぐや姫みたいだね、昔は月を見るのは不吉なことだったし。月は恐れの対象でもあったといわれていたからさ、それに、月は常に表の顔しか見せない。自転周期の関係で裏側が見えなしね。三日月といえば女神アルテミスで三日月のような細い弓で狩りをする狩猟の神だったかなあ」
「女神? そんなガラじゃないわよ、いたって普通の女よ、私は」
「確かに、幽霊だしね」
と勇生は笑って、タバコをステックに差し込んでいた。
「ゆうくんは、なんで私がわかるの」
「さあ 昔から感じることあったし、形が見えることもあった。でも、認識して会話できたのはユッキーが初めてだよ。たぶん・・・いやなんでもない」
と勇生は、何かを言いかけてやめた。
雪江は、それが何なのかわかった気がした。
そして、なぜ勇生が自分を認識できるのか理解できた。
「ゆうくんは、あきらめているの何もかも」
勇生の手から、ステックが滑り落ちて金属の鈍い音が響いた。
「さすが、幽霊さんだ、何もかもお見通しか」
と勇生は落としたステック拾って吸い口に口をつけた。
雪江には、最初から分かっていたのだ、なぜなら会話をしているわけではない、思い浮かべたことを理解しているからなのだ。
勇生の心の叫びに、気づいていた。
だけれども、どうしようもないことだ。
理解ができない。
苦しみへの共感ができない。
雪江には、心がないから。
しかし、蓄積される記録を認識していくうちにたどり着く答えがある。
勇生は、何もかもあきらめている。
心が死にかけている。
いずれ、生命らも綻びが生じてくる。
細胞レベルで、死へと向かっていく。
「寂しいの、私 何かできるかなあ」
「ユッキーにあってから、ずいぶんと癒されているよ。会話というもの、大切たと気づいたよ」
「そうだね、会話できるって大切だよね」
雪江は、理解し始めていた。
ずっと、まどろみの中いたのは、会話をしたかったからだ。
きっと、何かを伝えたいからだ。
何を伝えたいのだろう。
わからない
だんだんと意識が遠のいていく
「時間みたい、また 年明けに会えるかなあ」
「たぶん、天候が良ければ会えるよ」
「じやあ、またね」
「また 来年 良い年を」
雪江は、勇生の優しい声で再び、まどろみの中に沈んでいった。




