December-13 (降雪)
眠っているのかと思えるくらいに、感覚がない。
まどろみという言葉があっていると思う。
鈴の音に、気づくと彼がいた。
雪江は、いつものように彼の勇生のそばに立った。
長い間、暗闇の中だったのに、鈴の音で視界が開けた。
自分がこの世のものならざるものとは、認識していた。
勇生にだけ認識できて、彼以外には認識できていないことは、時折、勇生に話しかけてくる釣り仲間の態度からわかった。
勇生は、そんなことにも気にかけずに、いつも雪江のたわいない話に付き合っくれた。
30年以上も時代が進んでいることも、今の時代がどんなだとかも丁寧に勇生は教えてくれた。
雪江には、昔の記憶がなかった。
名前は憶えていたけれども、何歳なのかどこに住んでいたのか、なぜこんな状態になっているのかもわからなかった。
街灯で、勇生の吐く息が白く見えた。
もっとも、雪江には色の認識ができない。
光の当たり具合で、そう理解しているに過ぎない。
「今日は、寒そうだね」
「雪が降るかもなあ、いま4度しかないし、月も雲間から見えるくらいだし、風ないしな、昼間も気温上がんなかったし」
「なんで、こんな日に釣りなんかするのよ」
「アパートにいても仕方ないし、ユッキーが寂しがるだろ」
とおどけて見せる勇生に雪江はあきれていた。
だっだぴろい港に、一台の軽バンだけポツンとある。
ときどき、パトが来てヘッドライトで照らして帰っていく。
本当に勇生は変わった人だ。
雪江は、月が満ちて、すすが鳴ると勇生に認識されるようになる。
勇生には、雪江の声か認識でき、雪江には勇生のしゃべる言葉か漫画の吹き出しのように言語がされていた。多分、勇生は、声に出していないと思う。頭の中で思い浮かべた言葉が伝わってきたのだと思う。
雪江の見えている風景に、反射するものが空から降ってきた。
「ああ 降ってきたよ。車に入るよ どうするユッキーも入る」
と助手席のドアを開けながら言われたので、雪江は助手席に座った。
勇生は運転席のドアを閉めて、エンジンをかけた。
「幽霊ってさ、寒さ感じるの」
「体感はないわ」
「じゃあ エンジンあったまるまで寒くても大丈夫だね」
「うん 大丈夫だよ」
「タバコ吸ってもいい」
「どうぞ どうせにおいも感じないし」
「ありがとう」
勇生は煙草を細長いスティック状のものに入れると吸い始めた。
最初見たときは何と思ったけれども、時代の変化といわれればそれまでの話だ。
「やべなあ 相当降ってきたよ。明日は積もるかもなあ。」
「大丈夫、すぐにやむわ。月が明るくなってきたから」
「そうかもなあ あっ ウキが消えたアタリだ」
と素早い速さで、勇生は車を飛びだして、ゆっくりとリールを巻いて糸のたるみを取った後に、鬼のようにがっつりと合わせて、竿を左手に右手でタモもってイカを取り込んでいた。
「キロオーバーやな、今日の予定終了」
「よかったね。大物で」
「ああ ユッキーが出で来るとイカが釣れないから、疫病幽霊かと思ったけれどもそれはなしみたい」
と勇生は笑っているようだ。
最初、勇生と出会ったときはぼんやりとしか認識できなかったが、今は少し輪郭がはっきりとしてきていた。
雪江は、その変化に少し違和感を覚えていた。
勇生と会えば会うほど、その違和感といい知れない恐怖感を感じた。
雪がうっすらとアタリに積もり始めたようだ。
「スリップすると、危ないから そろそろ帰るわ」
「うん 今日は釣れたからよかったね、今度はいつ来られる」
勇生は天気予報を見ながら、
「低気圧が近づいているし今から、ずっと雪や雨やな 天候が改悪すれば 20日か21日には来れるかな、半月だから遅い時間かな来られるのは」
「了解, 無理して風邪ひかれてもしようがないしね」
勇生が助手席のドアを開けてくれたので、雪江は車から降りた。
遠くなるテールランプを見送っていると月が雲に隠れて薄暗くなった。
雪江は、意識が遠くなる感覚を覚えると、何かに強く引き戻される感覚がした。
意識がはっきりすると、そこに5から6才くらいの女の子がいた。
何かを言っていることは理解できるが、それが何と言っているのか理解できなかった。
ただ 悲しそうに何かを訴えていることは分かった。
その子のそばに寄ろとしたときに意識が遠のいていつもの感覚の中に閉じ込められた。
雪雲が厚く,月を覆ってしまっていた。
地面か真っ白の雪に覆われていた。




