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November-16 (雷雨)

 まだ、世の中にWIndowsが一般的ではない頃、仕事は電話と伝票の世界だった。

 見えるかではないが、さばいた伝票の数で仕事ができるかできないかが判断されていた。

 単純な世界だったと思う。

 社会とは。

 どんな車に乗っているか

 どんな服を着ているか

 どんな彼女がいるのか

 目に見えるもので判断ができた。

 がんばれば、きっと明日は今日よりよくなるという希望が持てた。

 仕事がないなんてことはなかった。

 もっとも、サラリーマンがあこがれだけど。

 野球選手にもなりたかった。

 甲子園という響きがとても輝いていて、みんなが高校野球に夢中になっていた。

 当たり前に結婚して、家庭を持つことができた時代。

 伝票がパソコンのファイルに変わり、電話がメールになって、お金がお札から画面表示のコードに変わったころから、人は寄り添って生きなくてもいいようになったのかもしれない。

 年間7万5千人以上が孤独死している。

 65歳以上は5万8千人以上だそうだ。

 確かに独りで生まれて独りで死んでいくことは、自然にの摂理だ。

 だが、30万年以上前から、人だけが死という概念を持って埋葬という儀式をしている。

 死という概念に何かの意味を持たしているのかもしれない。


 勇生は、キイボードが入力された文字がパソコンの画面に流れるのを見て、昨日会った幸枝という名のこの世のものざる存在のことを思っていた。


 検索ウインドウに、


 "女性 海 "


 入れてやめた。

 多分、検索すれば何か引っかかりそうな気がしたがやめた。

 彼女への冒涜だと感じたからだ。


「田中課長、伝票の審査をお願いします」


 というやわらかい声が横から響いた。

 声のほうを振り向くと、女性社員が立っていた。


「ああ ごめんね。経理伝票かな」


「ええ システムで申請していますので、審査用の資料はPDFで添付しています」


「わかった すぐに承認するね」


 といって、ポータル画面から、審査のポップアップを確認して審査用のパスワードと認証パスワードを

 入力して処理をした。

 連動するようにPDFの書類が画面表示され、電子認証印をクリックした。

 夕日が窓の外からさしてきていた。

 もうすぐ就業終了時刻だ。

 ふと 昔なら 今日はどこに行くかとか、何をするかとか 話していたが今はもうない。

 チャイムが鳴ると、部長はカバンに私物を入れて


「それじゃあ お先に 」


 といって手を挙げてオフィスを出でいった。

 ほかの社員も同じように、そそくさにオフィスを出でいった。

 ものの、10分もすると残業確定社員以外はいなくなった。

 残業そのものも、フレックス勤務体系で、月内で調整して残業は基本ゼロになる。

 働きかた改革らしい。


 "一杯どう"


 なんて誘い文句は死語らしい。


 残業の社員も帰り、勇生独りになると勇気はIDカードをセキュリティリーダーにかざして施錠と電気が

 消えるのを確認してオフィスを出た。

 会社が用意した、単身専用のアパートへ帰ると、すぐに服を着替えて車のキイを手に持った。

 あの鈴が音をたてた。


 軽の箱バンでいつもの釣りの場所へ向かう。

 餌のアジ釣りを始めて、10匹つたところで、イカ釣り用の仕掛けに変えた。

 昨日帰ってから、ラインは巻き替えていたた。

 まだ、癖のついていないピンクのラインがリールにまかれていた。

 ほんとは、夜間では黄色のラインが見やすいが、イカは警戒心が高いためラインが見えると食いが悪くなる

 どうもピンクのラインは、イカには見えずらいらしく、ラインを変えてからは釣果は上がったから不思議なもんだ。

 予備の電気ウキに変えて、電池を入れて点灯を確認、ウキ止めを二尋に設定して仕掛けにアジをつけて沖に向かって投げた。

 まだ月は出でいない。

 今年は、11月なのにまださほど寒くはなかった。

 それでも夜は冷える。

 現在の気温は9度だ。

 雲はなく、北西の風3m 大潮で 満潮まで3時間だ。

 揚げの釣果が期待できる。


 アジは元気に泳ぐけれども当たりはない。


 月が正面に出できた。


 勇生は鈴を鳴らした。

 後ろに気配がした。

 昨日と同じように彼女が幸枝がいた。


「来たんだ 律儀だね」

 幸枝のどこかうれしそうな声が聞こえた


「昭和生まれの矜持みたいなもんだよ」

 勇生はすこし自嘲気味に笑った。


「釣れたの?」

 と勇生の傍にきて幸枝は尋ねた。


「そう簡単にはつれないよ。いま水イカいくらか知ってる キロ4千円だよ」


「うそ そんなにするの高級品だね」


「温暖化の影響か、はたまたエギンガー増加で資源が枯渇したか 知らんけど 釣れないよ」


「そうなんだー 釣れたらいいね」


 幸枝は、勇生の傍に立っていた。

 昨日よりシルエットははっきりしてきた。

 街灯の光の透過も少なくなっていた。


「そういえば、まだ あなたの名前聞いてない」


「勇生」


「勇生 くん 」


「50を過ぎたおっさんに、クンはないだろ 勇生でいいよ」


「初対面だし 呼び捨ては ちょっと」


「好きによんでいいよ」


「じゃあ ゆうくんで」


 勇生は、その呼び名に懐かしさを感じた。

 もう記憶のかなたにおいて来たものだった。


「おれもお返しで さつちゃんで」


「いいよ それで よく呼ばれてたから」


「そういや さっちゃんはね なんて歌もあったなあ」


「それ 知ってる テレビで見たことがある」


「さっちゃんも、昭和生まれなのな」


 勇生は、傍に存在している幸枝が笑った気がした。


 それから、取り留めない話をしたが、話してしばらくすると何を話したのかを忘れていた

 勇生にとってそれはさほど気にならなかった。 

 昔からそうなのだ。

 感じてることがあっても、会話ができないからだ。

 こうして話していても、きっと会話なんてしていないのかもしれない。

 声を聴いているわけではなくて、そう話しているという認識をしてだけなのだから

 耳から情報を得ているわけではないのだから、忘れて当然だ。


 何度か餌を付け替えながら、そのたびにどろぼう猫とサギにアジを投げてはお互いに取り合いしていた


 最後のアジも力尽きてしまって、サギが猫に取られて恨めしそうに鳴いていたのでサギにアジを放り投げた


「釣れなかったね。今ね ここ 海藻がはえてないから 何もいないよ」

 幸枝はこともなげに言った。


「俺は 釣れなくてもいいんだ。海を見ているだけで落ち着くんだ」


「変わっているね。家族がいるんでしょう」


「いるにはいるけど、俺はATMみたな存在だから」


「寂しくないの」


「慣れた」


 幸枝は、黙ってしまった。

 月が雲に隠れていた。


「時間かなあ、明日も来る ゆうくん」


 寂しげに幸枝がいった


「残念 明日は潮が悪いから 3日に来るよ」


「じゃあ またね」


 勇生の前から、幸枝はふっと姿を消した。

 3日後は、半月だが会えるかなあと思いながら勇生は帰り支度をした。

 風が強くなり、雲が張り出して 落雷が近づいてきた急いで釣り竿をラックに固定して運転席に座ると

 稲光がして辺りに轟音が響いた、ざーと雨が激しく振り出した。


 "逃げたなあ 雨降ると教えてくれればいいのに あいつ"


 と思いながらエンジンをかけた。

 鈴がリーンと鳴った


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