November-14 (遭遇)
大潮、タイドグラフ(釣果指数)は7.9、水温14.3 風 北北西5m 気温11度 現時刻18:40。
勇生は、コマセカゴにコマセを入れて、防波堤から満潮の水面へ釣り糸を垂らした。
日は落ちて、あたりは薄暗くなっていた。
LEDのヘッドライトのサイドに手をかざしてライトの点灯確認をした。
頭を下げると周りが円形に照らされた。
大きく、竿をしゃくるとすぐにアタリがあった。
竿のしなりを利用してあげると15cmくらいのアジが揚がってきた。サビキ針から外して
スカリに入れてエアポンプのスイッチを入れた。
アオリイカこちらでいう、水イカの生餌のアジを釣っていた。
ここいらでも、生餌を使った水イカ釣りは少数だ。
今は、疑似餌を使ったエギングが主流だ。
夜中に、しゃくる音がよく響いている。
数を釣るなら手返しがいい、餌木に軍配は上がる。
どうしても生餌は、えさの確保に時間がかかるのだ。
それでも、勇生が生餌にこだわるのは、ボウズ(釣果なし)が少なく、全天候で釣りができる点が
気に入っているからだ。
雨が降ろうが雪が降ろうが気温がマイナスでも、生餌で浮き釣りならば釣り糸を垂らしたら車の中で
コーヒーでも飲みながら好きな音楽を聴きながらウキの動向を眺めていればよかったし、数は釣れないが
必ず1杯は釣れた。
勇生はいつもの場所にイカ釣り専用に改造した軽バンを止めて、バックドアを跳ね上げるとLED蛍光灯を
つけた。
専用の竿を車内の天井に設置したラックか取り出すと、道糸にケミカル37mmと二点式の電気ウキをつけ
仕掛けをスナップで止めた。
仕掛けは市販の固定碇を遊動式に改造したので勇生の独自仕掛けだ。
アジをスカリから出すと、鼻の頭に針を通して沖に向かって投げた。
ウキがゆっくりと立ち上がって、驚いたアジの動きでウキが揺れたが、それもすぐになくなった。
生餌のアジは元気に潮の流れに逆らって泳いでいた。
周りに何もいないのか、勢いよくウキが電気ウキが暗い水面を滑っていく。
誰もいない、桟橋に止めた車のフロントグラス一杯に海面がスクリーンようになり、月齢14の
月明りが写っていた。
もうすぐ満潮で潮どまり入る、この時間帯では潮の動きがとまるので釣果は落ちる。
水面の動きがすべて止まり、水鏡のようになった。
この時間が勇生は好きだった。
桟橋の水銀灯に照らされて真っ暗ではないから、車の外に出で、大きく深呼吸をした。
ライフジャケットがこすれてカサカサと音がした。
勇生は、見上げた月を見て遠い昔のことを思い出した。
まだ この桟橋ができる前の港の風景を思い出した。
新しいターミナルの横にある、古びた建物がまだターミナルだったころを。
白と緑の船体のフェリーに乗り込んで、この島を去ったことを。
帰るまいと思っていたのに、帰ってきてしまったことを。
腕時計に、LAINの着信があったことを知らせるバイブレーションが鳴った。
腕時計の画面スワイプすると、妻の幸枝からのものだった。
電話してほしいとのことだった。
既に 23時を回っている
時計の画面をスワイプして電話帳をタップした。
「何かあったの?」
「今度 いつ帰ってくるの」
けだるそうな、幸枝の声が響いた。
「ああ、スケジュールを明日確認して連絡するよ」
「わかったわ、明日 待ってるから」
幸枝は、勇生より一回り下の妻だ。
バツいちで、シングルマザーだった幸枝とは、同じ会社の部下という関係でいろいろと面倒を
見ているうちに独身だった勇生が流されるように結婚したようなものだ。
孤独を好む勇生とは正反対で、社交的で年齢の割に若く見られる幸枝は勇生にはまぶしかった。
連れ子は、女の子で、最初はなかなか懐いてくれなかったが、この春に結婚した。
結婚式では、泣きながら手紙を読んでくれたがどこか演技みたいな気がした。
それでも15年以上かぞくをしていれば情はわくものだ。
沖に目を向けると2点式ウキの2点目が波間に揺れている。
アタリがあっわけではないので、リールを巻いてみると何かに引っかかっている。
ウキ下のは竿1本で5mくらいだ、ここの水深は14mくらいだから引っかかるわけがないが
ウキ止めがずれた可能性がある。
竿が痛むので、直接糸を手繰り寄せた。
何回か強く引くと外れたようだった。
リールを巻くと、ウキも戻ってきた。
仕掛けもついていた。
竿を上げると、仕掛けの碇に何かついていた。
ライトをつけてよく見ると、金属の塊のようだ
手に取って、バッカンに汲んでいた塩水で洗う
"鈴"
楕円の真鍮製だった。
周りに唐獅子模様みたいな穴があった
中に砂が入っていたので洗うと儚げな音が響いた。
背中が震えた。
妙な寒気が走った。
振り返ると
一羽の鳥がたたずんでいた。
"アオサギ?"
見ると縁起がいい鳥らしい。
怪獣みたいな声で鳴くけど、夜中では不気味なだけだ。
ライトを向けろと、今度はららんと光る眼が4つ見えた。
勇生はため息をついた。
泥棒猫2匹
エサのアジを虎視眈々と狙う敵だ
餌のアジに盗んでは針に引っかかり竿ごと走って行っては竿の穂先を何度も折られ
ウキは真っ二つなんとも厄介な奴らだ
すましているアオサギはうっかり開けたスカリにくちばしを突っ込んでアジを平らげる・・・
勇生はやれやれとした表情で、加熱式たばこのボタンを押した。
インジケータが橙色に光る
タバコを吸い終えると、再びスカリからアジを出して仕掛けにつけると、沖に向かって
投げた。
竿を置いて、イカ釣り専用リールのドラグ調整用レバーをフリーにして地面に置いた。
振り返った そこに 彼女は立っていた。