表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

6.バツイチ侯爵様と執事(後)





 …………ひと月前。



「クレメンス伯爵家の令嬢を妻とする」

「おめでとうございます」

「……誤解するな。形だけだ」


 私のお仕えする侯爵家の旦那様は、必要に迫られて『奥様』を探しておいででした。

 個性的な条件が提示された、高位貴族の令嬢方の調査には私も関わっていましたので、クレメンス家の御令嬢の苦境も知っておりました。


「伯爵家の懐事情は厳しい。支度金を出すと言えば、娘がどんな扱いをされても文句は言わないだろう」


 アクシデントが重なり、女性不信となられたオスカー様が、どんな形であれ『令嬢』に同情され、助けたいと思われたのでしたら、それはそれで貴重な事です。


「畏まりました。さっそく、話を進めます」

「任せるぞ」




 予想通り、こちらの申し入れに、伯爵家は二つ返事で応じ、オスカー様はお嬢様とお顔合わせに行かれました。

 ですが、戻ってきたオスカー様は、少し思い詰めた顔をされていました。


「何か、不備などございましたか?」

「いや問題はない……その、彼女を迎える用意はどうだ」

「はい。旦那様のご要望通り、この執務室とは離れた棟にお部屋を用意致しました」


 メイド長も、どんな理由にせよ、オスカー様が女性に興味を持たれた事を良しと考え、奮起して部屋を整えています。


「そうか。予定より早めに、彼女を連れてくるかもしれん」

「はい。大丈夫です。いつお連れしても」


 声に出さずに済みましたが、私はかなり驚きました。

 だが表情に出てしまったのか、オスカー様は早口になって言い訳を始められました。


「違うぞ! あくまで契約結婚だからな! 気に入ったからとかそういうのではなく、彼女に食事をさせたいと思ってだな……!」

「……お食事、ですか?」

「そうだ。その……あの家では、彼女はあまり食べてないんだと思う」

「つまり、お痩せになっているんですね」

「……あぁ」


 オスカー様の眉間のしわが深くなっていました。

 こちらで調べた以上に、伯爵家の、令嬢に対する待遇は、酷いものだったのでしょう。

 私は、少し浮かれてしまった己を反省して、メイド長と共に、令嬢を迎える準備を急ぎました。


「滋養のあるものを……それと、やはり女性ですから、甘い物も取り揃えましょう」

「服や寝具は、柔らかい物が良いかもしれませんね」


 数日後、オスカー様に連れられてきた令嬢は、確かに痩せていて、年齢よりも小さく見えました。

 着ている服も古く、とても貴族令嬢の物とは思えません。

 このような姿で、令嬢を外に出した伯爵家に対する、侮蔑と怒りの念が湧きます。


 ですが、おずおずとこちらを見上げる、お嬢様の大きな緑の瞳にはキラキラとした光がありました。


(賢そうなお嬢様です)


 その予想は、幸いな事に外れておりませんでした。

 このまま行けば近い未来、私共は侯爵家にふさわしい女主人を、迎える事が出来るでしょう。







「マナーとかは、どうだ?」

「淑女教育を受けていないと伺って、心配していたのですが、少しの誘導で歩き方も美しくなり、カトラリーの扱い等も問題ありません」

「そうか……やはり、一度は会わせないと駄目なようでな」


 苦々しいご様子です。

 オスカー様としては、お嬢様には、この屋敷で心静かに暮らしていてほしいご様子ですが、尊き御方からお声が掛かっているようです。


 無理もないのでしょう。

 フォークナー侯爵家の、5()()()()の花嫁ですからね。

 さぞかし、()()()()()()()おられるのでしょう。


「春の社交シーズンまでには、お嬢様も落ち着かれるかと」


 半年後であれば、最低限のマナーその他を身に着ける事も可能でしょう。


「……無理は、させなくていい」

「はい。お身体のご様子や、ご本人の動向を確かめながら、進めたいと思います」

「そうだな……」

「あぁ、オスカー様もお手伝いいただけますか?」

「私が!?」

「お食事を共にして、お嬢様のお手本になっていただきたいのです」


 メイド長もポンっと手を叩きます。


「そうですね。今、お嬢様はお一人でお食事をなさっております。隣に立ちお教えする事も出来ますが、どう在れば良いかが分からない状態です」


 私共使用人は、主やその家族とテーブルを共にする事は出来ません。

 今はまだ余裕がないので、お食事に集中してらっしゃいますが、そのうち、お一人では寂しく思われるでしょう。


「私に、見本になれと……?」

「この館に、貴族の立ち居振る舞いの見本となれるのは、オスカー様しかいらっしゃいません」

()()()()()()()で、お嬢様は、尊き御方に会わねばならないのでしょう? それ位なさっても、罰は当たらないと思われます」


 オスカー様は、既に罰に当たっているような表情になられました。


「だが、私が、彼女に、私と関わるなと、言ったんだ……」


 苦悩に満ちた声です。

 オスカー様のお立場も分かりますし、言ってしまった言葉は取り返せませんが、新たに言葉を重ねる事も出来るでしょう。


「でしたら、お嬢様に、『これは必要な事なのだ』と、誠意を尽くしてご説明をされたらいかがでしょう?」

「お嬢様はオスカー様に感謝されています。きっと分かっていただけますよ」


 唸ってらっしゃいますが、やがて陥落されるでしょう。


 最近のオスカー様は、お食事時間を削って、執務に取り組んでいます。

 時には、食事を抜かれる事もあり、料理長からも心配の声が上がってましたが、これで一部は解消できるでしょう。


 本当に、お嬢様がいらして良かったです。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ