3.雑草令嬢と侯爵家のメイド達
屋敷に着くと、ずらりと並んだ使用人に出迎えられた。
脳内を、映画や海外ドラマのテーマが走馬灯のように流れた……
(本当にこの中に入って行っていいの、私)
「ようこそ、お嬢様。何なりとお申し付けください」
キョドっている私にこれぞ執事、という風情のロマンスグレーおじ様が、優しく声をかけてくださって思わず恋に落ちそうになる。
実家にもいたが、ダンディでもなかったし、ずっと無視されていたので免疫がなかった。
隣にいた侯爵様が、執事さんを促し中に入り、いつの間にか私の横には年配のおば様……メイド長さんがいた。
にっこり笑った顔を見ると、往年はかなりの美しい人だったのではないかと思われた。
「お部屋はこちらです。気に入っていただければ、良ろしいのですが」
いかにも有能そうなメイド長さんに、さらりと案内された部屋は、伯爵家の応接間が二つ入りそうに広かった。
中には趣味が良く、尚且つ高そうな調度が整っており、奥の天蓋付きのベッドが目に入ると『宮殿内を案内されている海外旅行者』感がいよいよ高まった。
(もしくは、みすてりーはんたー……)
窓からは侯爵邸の、広ぉーい庭が一望できる。
(名ばかりとはいえ、侯爵夫人の部屋だから、当然。なのか……?)
個人的には、お屋敷の片隅、離れのような場所で、慎ましやかに生きるつもりだったので、嬉しさより困惑が勝った。
思わずメイド長さんを見上げると、彼女は全てを肯定するように笑って下さった。
お名前はマーガレットさんだそうだ。
壁際の大きなクローゼットは、すでに半分埋まっていたが、私の持ち込みがないと分かったマーガレットさんによって、残りの半分も埋められる事になった。
「ここにあるものは、僭越ですが私共で揃えさせていただきました。改めて、どうぞ、お嬢様のお好みをおっしゃってください」
背筋をピンっと伸ばし、義務感に満ちた彼女に『動きやすいなら何でもいいよ』等と、言うのはためらわれた。
「あまり飾り気のない、シンプルな物をお願いできるかしら?」
「フリルよりレースがよろしいですね。かしこまりました」
違います! 心が悲鳴を上げた。
フリルはただの布だが、レースは手あみだ。短くてもとても高価な筈だ。
(来て早々に散財するなんて、何と思われるか……)
「あの、あのですね、全体的に控えめでいいので……」
「ご心配なく。旦那様からは、侯爵家の夫人に相応しい装いで、と命じられております」
謹厳実直にそう口にした後、彼女は少し微笑んだ。
「大奥様が亡くなって3年たちます。侯爵家出入りの服飾師達も、新たにドレスを作れる機会を得て大変喜んでおります。どうか彼らにお任せください」
そう言われてしまうと、何も言えない。
上の者がお金を使わないと、下の者は生活が出来ない。
貴族の散財は、それ自体は罪ではないのだ。
度が過ぎさえしなければ……。
その後、色の好みを聞かれたが、特にはないと答えたら、私と……侯爵様の、髪と目の色に合わせた服が多くなった。
(不快に思われないといいなぁー)
だがそもそも、一緒に過ごす機会など、殆どない事を思い出した。
私は、美しい布であふれるクローゼットの前で、ほっと息をついた。
メイドは見た―――
本人到着前。
「本当に荷物ないの!?」
「こっちで全部揃える気じゃない?」
「うわ、まだ結婚前なのに図々しぃ~」
「きっとクジャクのような方が来るのよ」
「また追い出されないといいわねぇ」
クスクスクス……
本人到着後。
「え……待ってよ、痩せてない?」
「13くらいにしか見えないわよぉ…」
「髪に艶がないわ。顔色だって…」
「服……ちょっとひどくない?」
「修道女だって、もう少し装飾のあるものを着ているわよ」
ざわざわざわ……
執事とメイド長によるさりげない情報漏洩後。
「貴族の家も、色々あるって聞くけどさー」
「伯爵家が娘に何やってんのよ……!」
「湯あみで解いたら、キレイなアンバーの髪なのに……」
「お顔立ちだっていいもの、磨けば光るわ」
「きっと旦那様が救い出して来たのよ!私達も腕の見せ所よ!」
ムカムカムカ……!
※
侯爵家のメイドは半分平民、半分下級貴族出。
侍従も似たような構成。
後は調理室勤務と庭勤務。
屋敷や主人を警護する騎士(戦える侍従?)もいます。
つまり、彼らがずらっと並んでいました。
ちなみに、貧乏伯爵家には、この5分の1も人がいませんでした。
メイド長:大奥様の侍女として侯爵家に来た 子爵家出身
メリッサ:メイド長の下 子爵家3女
アニス:下に弟妹がいる 男爵家長女
ジェニー:美容担当 親は下級役人
ベラ:掃除補助 商家出身
ルーシー:食事補助 農家出身
なんとなくの設定。
明日からはゆっくり更新になると思います。