2.雑草令嬢の黒歴史
食べさせてくれるなら、契約とは別にメイドとして働いていもいい。
前世が飽食世界で、下手にその記憶があるせいで、粗末な服や下働きより、食事がまともに出来ないのが本当ーにツラかった。
今世で七つの時。
空腹が耐えられず、思いつめて庭の草を食べようとした時に
『ダメーー!』
と頭の奥から悲鳴が聞こえて、
私はこの世界に生まれる前にやらかした、
『流行りに乗せられ出かけたソロキャンで、野草を食べて死にかけた件』
を思い出した。
思い出してしまった。
前世最大の黒歴史。
何とか助かったけど、ニュースにまでなってネットで散々叩かれた。
食べられる野草もあるけど、食べられない野草も多い。
ろくに見分けられないのに、安易に手を出してえれぇ目に合った。
それでも反省して、野草の勉強をしていれば今世役に立ったのに、
『自分はもう二度と、空気の良い所には行かん!』
なんて、おかしな決意をして遠ざかってしまった。
対人恐怖や、摂食障害になったりしたから仕方ないかもしれないけど、こうして思い出している『私』がいるという事は、魂にまで刻まれたらしい。
(ほんと容赦ないな、神様!)
私の意気込みに、侯爵様はあっけにとられたようだった。
「そ、食事は当然の事だろう?」
あ、そういう常識もある世界なのね?
寡聞にして知らなかった。
やっぱり、おかしかったんだなこの家は。
「失礼な事を言いました、申し訳ありません」
「いや……」
「あと、外出はしませんが、お庭でいいので時々散歩させてください」
陽を浴びないと、骨が育たない。
あの食事量で、曲がりなりにも16歳まで生き延びられたのは、家の中に行き場が無くて、よく窓の外で空を見上げていたからだと思う。
「私の部屋の近くでなければ、好きなだけ歩けばいい」
「はい。ではそれで」
そこで言葉を切って黙ると、相手は慌てたように口を開いた。
「それだけでいいのか?」
「はぁ、まぁ……あぁ、衣服は地味なものを2、3いただければ嬉しいです」
「それだけでいいのかっ?!」
「はい。ご指摘の通り、社交をしてこなかったので、友人もいません。お茶会なんかも開けませんし、家にいるだけならそれで充分です」
侯爵様はしばし考え込んでいたが、やがてぽつりと言った。
「名ばかりとはいえ、君は侯爵夫人になるんだ。それにふさわしい装いは届けさせる」
(くれると言うならもらいますけどね)
その分お皿が増える方が嬉しいなぁ……。
私の反応が薄かったからだろうか、彼は続けて言った。
「君を調べた時に、よく本を読んでいると聞いた。侯爵家の図書室は、自由に使ってくれて構わない」
私は、おそらく、この日初めて笑った。
前に笑ったのがいつか思い出せないのだが、とにかく生まれて初めて嬉しい言葉を聞いた気がした。
(本は素晴らしい……)
家が傾き、蔵書なども残っていなかったが、売れなかったらしき本が屋根裏に残っていた。
そういう意味では、幼い頃、躾の名の元に、屋根裏に閉じ込められたのは幸運だったと思う。
最初は空腹を紛らわせる為だったが、そのうち嫌な事も忘れさせてくれる本自体が好きになり、時間があれば持ち出して読んでいた。
教わっていないのに、幼い頃からなぜか、文字は読めたし書けた。
不思議だったが、前世を思い出し、書かれていた文字がアルファベットじゃなかった事に気づいた後は
『これが異世界転生特典ってやつか!』
と思ってる。
私には充分である。
魔力が欲しかったとか贅沢は言わない。
攻撃される材料になってしまう(なってしまった)為、本は隠れて読んでいた。
家の中から見えない、壁際とかでも読んでいたので、外から誰かが見ていたのかもしれない。
「有難うございます! 私、全力で、侯爵様にご迷惑をかけない、空気のような『お飾り妻』にならせていただきます!」
「あ、あぁ」
完全に引かれてしまったが、熱意は伝わったのだろう。
本も月に複数冊買っていいと言われた。
神様のような人だと、思わず拝んでしまった。
眉間のしわが深くなったけど、前言撤回されなくて良かった。
縁談は、とんとん拍子に進んだ。
婚約期間は最短の1か月。
再婚なので、結婚式はしない。
相手は格上の侯爵家である事を考慮して、行儀見習いも含めて、すぐに移り住む事になった。
無駄飯喰らいを放り出すことが出来、おまけにお金まで儲かった両親は、見た事のない満ち足りた笑顔で見送ってくれた。
3年前から王立学園の寮に入っている兄はいなかった。
たまに帰っているらしいが、私は姿を見ていない。
両親に渡される支度金の額を聞いて、私は分割払いにして下さいと頼んだ。
「なぜだ?」
「すぐ使われてしまいます。無くなったら、侯爵家に再び要求が来るかもしれません」
「……伯爵は、堅実な経営をしていると聞いたが」
「余分なお金がないので、堅実にせざるを得ないだけです。お金があれば、すぐ使います。おそらく、虚飾に」
私の唯一のドレスすら、『既婚者が着る物じゃないでしょ』と持ち去った、あの母なら絶対に。
真っ直ぐ見上げるこちらの目を見て、嘘は言ってないと思ったのだろう。
侯爵様は『分かった』と頷いた。
ついでに私が侯爵家へ持ち込んだ荷物が、小さなトランク一つだったのを思い出したのかもしれない。
「その……この先、伯爵家が何か言ってきても、君が相手をする必要はない。すべて執事に任せればいいからな」
「有難うございます。よろしくお願いします」
いい人だ。
やっぱり当たりだった。
…ここで終わりにしてもいい気が。
…侯爵様は紺色の髪とブルーグレーアイ。雑草令嬢はマホガニー色の髪と緑の瞳です。
…バランス悪いか。