タイヤ問題に一石を投じた
【設定】
この物語では必ず誰かが死にます。例外はありません。
タイヤ問題というのは試験に遅れた学生らが「車がパンクして…」と言い訳したので、試験問題に「どのタイヤがパンクしましたか?」という問題が出されるというジョーク的なものです。
主人公はジョンです。一部主人公以外の視点になる可能性もありますが、主人公は間違いなくジョン・ブラウンです。
試験には2時間遅れました。これは車に乗っていた仲間も同じです。
彼らは寝ていません。
では、本編へ。
【設問7】
車がパンクして遅れたと先ほど述べていたが、そのパンクした部分を横にある絵の同じ部分に大きな黒い丸をつけろ。
また、運転していた者の名前と助手席に座っていた者の名前を述べよ。
(各25点)
問題はこれで以上です。最後まで気を緩めることの無いよう、見直しをしっかりしなさい。
…やはりな。教授の考えることはいつも単純でわかりやすい。
俺は仲間と事前に示し合わせたように左上のタイヤに大きな黒い丸、そして運転はマーク、助手席にはウィリアムと書いた。
それにしても俺たちの作戦に教授が乗ってくれるなんて、まさかとは思ったが夢にも思わなかった。
俺たちは昨日は山奥のペンションでバーベキューを楽しんでおりとても試験勉強なんか間に合わない状況だった。
俺も最初はこのバーベキューに乗り気じゃなかった。だが切れ者のマークが「秘策がある。」と言ったから渋々ついて行ったのだ。
「なぁ、その秘策ってなんだよ?俺はこの試験落としたら進級できるかも危ういんだぞ!」
マークに対し俺は強い口調で言ったがマークは焦った様子を見せずに自慢げに言った。
「秘策があるって言ってるだろ、いいかよく聞け、試験には遅れていく」
「ハァ!?マジで言ってるのか!?頭がおかしくなったか?」
「おい、人の話は最後まで聞けって…いいか、これだけ覚えておけ。左上のタイヤがパンクした。これだけだ」
「は?どういうことだよ?」
「よくあの教授を思い浮かべてみろ…あの教授はいつもネットでよく聞く大して面白くもないジョークを言うだろう?」
「あぁ…だからどうしたってんだ」
「そこでだ。有名なジョークにこんなのがあるんだよ…」
マークはあの有名なタイヤ問題について事細かと語ってくれた。聞けば聞くほど上手くできている問題だ。
「で?これが試験と何の関係があるって言うんだよ」
「教授は遅れた時の言い訳に車がパンクした、と言うとこの問題を絶対に出してくるはずだ。そうだな…俺の読みならこの問題で40点、普通の試験で60点くらいって感じだ。これならノーリスクで40点も確実に取れる」
「でも、この問題が出なかったら…」
「そのための仲間だろ?徹夜で一緒に勉強すればいい。遅れて行けばその勉強の時間さえ稼げる」
なるほど、考えれば考えるほどいい作戦だ。俺はそれに乗ることにした。
「わかった。その作戦に乗るよ」
「お前ならそう来ると思ったぜ!美味い肉を用意しておけよ!」
俺は任せとけ、とマークに伝えた。
そこからは作戦通り、みんなでバカやって、勉強やって、そして予定通り遅れて行った。
「何をやっていたんだ!試験はもうとっくに始まっているぞ!」
普段温厚な教授が声を荒げた。焦る様子もなくマークは用意していた言い訳をつらつらと述べた。
教授もそれに納得したのか「分かった、君たちにも試験を受けさせよう。ただ、問題を少し変えるぞ」
確定演出だ。俺は心の中でガッツポーズを決めた。
「試験終わり!ペンを置くように」
教授の声が狭い教室にこだまする。俺は自信満々に前に解答用紙を出しに行った。
「お疲れ様」いつもの教授はそうつぶやいた。恐らくタイヤ問題を解けていないとでも思っているのだろう。だが残念だな、俺らはすでにその問題の対策を終えている。
試験は個室1人で受けていた。教授がべったり見ていたのでカンニングを許さない雰囲気だった。
しかし教授が試験中にたばこを吸い始めたのには驚いた。遅れているためそんなことに文句は言えないのだが。
「あいつらも上手くやったかな…」
そう考えているとウィリアムがもう1つの教室から出てきた。
「おぉウィリアム、上手くやったか?」
「あぁ、俺は解けたさ。ただ…」
「ただ?」
「いや、何でもない。とにかく全て完璧だ。何も抜け穴は無い」
「そうか!それはよかった!マークに感謝だな」
「あぁ…そうだな」
なんだこいつ。試験を上手く終えたっていうのに嬉しそうな顔をしない。まぁ正攻法じゃないっていうのは確かだが。
そんなことを考えているとニークも教室から出てきた。少し表情が暗い。
「おぉニーク。お前はどうだった?上手くやれたか?」
「あぁ…何とかな」
「なんだよニーク!良かったんならもう少し笑顔を見せろよ!」
「あ、ああ!それもそうだな!」
なんかウィリアムもニークもぎこちない。こいつら実はタイヤ問題だけ解けてそれ以外はさっぱりだったんじゃないのか。
そしてマークも教室から出てきた。
「おぉマーク!よかったよ、お前のお陰で俺はこの試験を乗り越えれた!全部お前のお陰だ!」
「それはよかった。」
マークの反応が冷たい。
「なんだよみんなそんな暗くなっちゃって!パーッといこうぜ!あ、そうだみんな昼メシどこいく?」
「悪い。俺はちょっと寝るわ」ウィリアムが言う。
「あ…俺も…」ニークが言う。
「そうか、そういえば寝てなかったなみんな。分かった!じゃあまた明日!」
また明日、といいウィリアムとニークは家路についた。
「マーク、お前は…」
そういいかけたがマークの顔を見てそれを言うのをやめた。
「おいマーク、お前腹でも痛いのか?顔が真っ青じゃないか」
「…バレた」
「え?何がバレたんだ?まさか俺らが示し合わせてタイヤ問題の対策をしていたことか?」
「そんなことじゃ…いや、お前には言えない…すまん、俺も帰る。1人にさせてくれ」
「あ、ああ。分かった。じゃあ、また明日」
そう言ってマークとお別れした。教授に何か言われたのかマークはひどく怯えているようにも見えた。しかし、ここに着くまではあんなに元気だったのになぜ…?
深く考えることはやめた。きっと体調が悪かったのだろう。それより今はただ、目の前にある喜びを噛み締めよう、と思った。
翌日、マークが死亡したことが判明した。死亡推定時刻は午前1時30分とのことだった。
「おいみんな!大丈夫だったか?」
「あ、あぁ…俺は大丈夫だったよ…」
「にしてもなんでマークが…」
大学についた俺はとりあえずこの前のメンバーであるウィリアム、ニーク、そしてバーベキューの誘いを断っていたジュナイプスが話している場所へと向かった。どうやらそこではもうマークの話題で盛り上がっているようだ。
「ようお前等。聞いたか?マークのこと…」
「あ、おはよう。その口ぶりじゃあお前も耳にしたようだな。マークが死んだってこと…」
こくり、と俺は頷く。
「あぁ…もう終わりだよ…まさかあのマークが殺されるなんて…」
「そう悲観的になるなウィリアム!失った物に悲しみを向けることは大切だ。ただ悲しみを向けることとネガティブになることでは意味がまるで違う」
「そ、そうだな…気を動転していたよ…ごめん」
パニックになっていたウィリアムをニークがなだめる。
「…しかし妙だね。マークはそうあっさりと死ぬやつじゃあないと思うんだが」ジュナイプスは言う。
「そりゃあ人間死ぬ時はあっけないもんなんじゃあないのか?タフだとかヒョロヒョロだとか関係なくよ」
「それもそうなんだけど…そうだ、みんな今日の授業は3限までだよな?そうしたら授業が終わった後いつものカフェに来てくれ。マークについて色々話し合おう」
「いろいろって…?」
「そりゃあ全部だよ。マークについて知ってることを全て話して欲しい。そうしたら何か見えてくるかもしれないだろ?」
ちょっと待て、とウィリアムが言う。
「お前…まさかマークがなぜ死んだのかを自分たちで調査する、なんて言わないよな?」
それを聞いた後ジュナイプスはきょとん、としたムカつく顔を見せてきた。まるでみんなそう思ってなかったの?と問いかけてくるように。
「無茶だ!こういうのは警察とかに任せておけば…」
「じゃあお前は知りたくないのか?」
ジュナイプスは俺の鼻を人差し指で突っつく。
「親友の死の理由を。そしてそこからどんな秘密が出てくるかを」
「それは…そうだけど…やっぱり無茶だ。俺らにそんな…」
「いいや、俺はやる」
「ニーク!?」俺とウィリアムの声が被った。
「あいつは自殺なんかするようなタマじゃねえ。絶対に何か裏があるはずだ」
「いいねぇニーク!ほら、君たちはどうなんだ?」
う〜、というどこから捻り出したかわからない声をウィリアムは俺の隣で出している。多分相当悩んでいるのだろう。
仕方ない、小さな声で俺は言う。
「やるよ。俺もマークの死の真相を知りたい」
「お、いいねぇ!ほら、ウィリアムは?どうするの?」
ウィリアムは悩みすぎて変な顔をしている。
「…わ」
「わ?」
「わかったよ!やればいいんだろ!」
「よし決まり!じゃあ3限が終わった後、いつものカフェで集合な!それじゃ!」
そう言うとジュナイプスは風のように去っていった。
「…自由だよな、あいつ」
「…とりあえず俺らも1限、行こっか」
マークのいない1日の始まりは、まるでマークがいる時と同じように。とても、騒がしかった。
天然の風というのはいつも変わりなく気持ちいいのは何故だろうか。今のからっぽの心はそんな大層な空想にふけりたいのであった。その大層な空想に対となるようにちっぽけなサンドイッチをむしゃぶりながら自然を感じていた。
「あ、お〜い!」
声がした。振り向くとニークが俺の方に駆けてくる。
「よぉ、ニーク。もう授業は終わったのか?」
「そんなこと時間を見ればわかるだろ。それよりお前は今何をしている?ランチタイムか?」
「それこそ見ればわかるだろ。まぁ、座れよ」
ニークは少し息を荒げながらベンチに腰掛ける。
「それで?お前はどう考えているんだ?」
「…何がだ」
「とぼけるなよ〜!マークの件についてだ」
ニークは楽しそうな顔をしている。
「…俺はまだ真相なんかにゃたどり着いてねぇよ」
「いいじゃねぇか、お前は別に探偵なんかじゃないし俺も別に警察なんかじゃねぇよ。お前の今の意見を聞かせてくれよ」
「俺は…この件は怨みが絡んでいると思う」
「ほう?怨み?」不思議な顔をマークは見せる。続ける。
「マークははっきり言って素行が良い方じゃなかった。それはお前も知っているはずだ。」
「あぁ、噂じゃ何人もの女の子があいつに泣かされたって…でも、あいつは犯罪なんかやるタチじゃねぇぜ?」
「…それはわからない。俺たちが知らないだけかもしれないし、犯罪じゃなくとも狙われる理由があるかもしれない」
「ふーん…。それじゃあお前は完全にマークは殺されたと思っているんだな?」
「状況的にはそう考えて違いないだろう。ただ、直接手を下したとは限らない」
「お前、ちょっと回りくどいところあるよな。と言うと?」
「例えば…殺し屋を雇うとか」
それを聞いた時ニークは鼻で笑った。
「殺し屋?たった1人の大学生を殺すために?いくらなんでも大げさじゃあないかな」
「まだ推測の域だ。お前はどう考えている?」
「そうだね…僕は最初は自殺じゃないかと思っていた。でもマークが自殺する理由が思い浮かばない。」
そうだろうな、とは俺も思う。
「だから僕はこう考えた。マークは消された、と。」
「と言うと?」こいつも大概回りくどい。
「マークが裏社会との何らかの繋がり…ないし脅されていたりして何らかの計画に利用された。そして用が済んだから消された、って話さ。」
「なるほど、お前俺のこと馬鹿にする資格あったのか?」
「最初に言ったじゃねぇか、これはあくまで推測で俺もお前も探偵でも警察でもねえって」
「でもいくらなんでも幼稚すぎる。今どきのサスペンスでももう少しリアリティをつけるぜ」
「まぁ一考の余地はあると俺は思うぜ。お前も言ってたじゃねぇか。マークは素行が良い方じゃなかった、ってな」
「それはそうだが…でも何らかの計画、というあやふやな物じゃあいつらを説得できないし何より俺も動きたくない」
それを聞いたマークはふふん、と鼻を鳴らした。
「俺、実はもう目星をつけているんだ」
「いくらなんでも早すぎやしねぇか?まだマークが死んで1日も経ってねぇぞ?」
「実は…この前マークとペンションに行っただろ?あの時、マークは少し挙動不審だった」
「そうだったか?俺にはそうは見えなかったが…」
「お前らが肉に夢中になっている時、マークが食材を取りに行っただろ?その時、マークは食材のある本館じゃなくて別館の方に行っていたんだ」
「お前、よくそんなとこ見てるよな…今俺少し引いてるぜ」
「まぁこの際そんなことどうでもいいじゃねぇか!」
ニークはしらばっくれた。明らかに顔の口角が何度か上がっている。
「それより、だ。あのペンションに何か隠されている、と考えてもおかしいことじゃないだろ?」
「まぁ…そこまで言うなら…」
「よし決まり!じゃあ早速明日行こうぜ!」
「なんでそんなノリノリなんだ…?明日は予定があるから無理だ」
「じゃあ明後日は?」
「なんで俺を連れて行こうとしてるんだよ…」
「だって、お前しか車運転できないだろ?」
当然、といった顔でこちらを見ている。非常にうざい。俺はため息をつきながら答える。
「しょうがねぇな…じゃあ明後日、9時からだぞ」
「ありがと〜う!じゃあ明後日よろしくぅ!じゃ、みんなのとこ行こっか。あ、この件は内密でね?なんか羨ましがられそうだからさ」
こいつ、多分社会に出ても上手くやれるんだろうな…そんな少し先の自分ではない未来に想いを馳せる。
ただ、この予定に救われている自分もいた。からっぽの心に少し年相応のスパイスを与えてくれたのだから。
スターバックスのSサイズコーヒーをつまみながらハンドルを微弱に動かした。ニークの家は少し入り組んだ所にあるので若葉マークのぺーぺーには荷が重い。
「…って言うか少しくらい歩いてくれよ…なんで俺が家までお迎えに行かなきゃならねぇんだ…召使いかよ…」
小言をつぶやきながらハンドルを握る。コーヒーに少し目を落とすと思いの外減っていた。今さらサイズの後悔をしても遅い。
どうやら俺は1人で時間を潰すのには一定の才能があるらしい。空想にふけっているうちにマークの家についていた。扉の前ではマークが手を振っていた。
「いやー悪いね!今日はよろしく!あ、俺の分のコーヒーは?」
しばいてやろうかと思ったが、留まった。
「ねぇよ。寄ってくか?」
「あ、いいの?悪いね〜!奢るよ」
「あ…うん。じゃあ出発するよ」
「う〜い、安全運転よろしく〜」
やっぱりこいつは憎めない。羨ましい性格をしているな、と思った。
「そういえばさぁ〜」ニークがコーヒーをグッと飲んで言う。
「マークの件、あいつらは何て言ってた?ほら、俺行けなかったじゃん」
「あぁ、その話ね…大した話にはならなかったよ」
「大したかどうかを決めるのは俺じゃんか〜!ま、話してみなよ」
「はぁ…わかったよ。まずジュナイプスは他殺ではあるだろうって言ってた」
「…それだけ?」
「んなわけ。もし殺されたならその犯人はチンピラか危ない兄ちゃんだろうって言ってたよ。ほら、あいつクラブとかもよく行ってただろう?」
「あー確かにね…でもチンピラは無いだろうと俺は思うね」
「それは同意見だ。でも兄ちゃん、って言うのは一考の余地があると俺は思ったね。例えばマークが泣かせた女の子の彼氏だとか…」
「そうだね。で、ウィリアムは?」
「ウィリアムはずっと…あ、ここどっち曲がればいいんだっけ?」
「あ、ここは左だね。」
「ありがとう。で、ウィリアムはずっとマークは自殺だって言ってて…」
「ほう、理由は?」
「マークがクスリをやってる、って噂を耳にしたらしい。それでおかしくなっちゃったんだってずっと…」
「初耳だね。でもやっててもおかしくはないんだよなぁ…」ニークは頭を掻きむしる。
「とにかくマークはどこで怨みを買ってもおかしくないことをしていた…と、俺は思うね」
「そうだな…くそ、あいつ不良すぎんだよ…喋れば楽しいやつだったのに…」
やっぱり情報が完結しない。とにかくマークがどういう経緯で殺されたのかはっきりさせないとな…と思った。
ふと、コーヒーに目を向ける。今度は多すぎだな、Lサイズのコーヒーを啜りながらそう思った。
「懐かしいねぇここも。って言ってもつい5.6日前にも来ていたんだけどね」
ニークが深呼吸しながら言った。
「なぁ、マークの件、警察はどう言ってるんだ?」
「特に。続報も何もないよ。まぁ事件は日々起こっているからね」
「そうか…じゃあ、俺らで暴くしかないのか」
「なんやかんや言いながらお前も乗り気じゃ〜ん!じゃ、俺は別館と山の方をちょっと探しとくからお前は本館を見てきてくれ」
「わかった。何かあったら電話してきてくれ」
りょ〜かい、とふにゃけた声を出しながらニークは別館の方に歩んでいった。
「本館か…あいつ金持ちだからわりとでかいんだよな…」
一般家庭の一軒家ほどの大きさをしている本館を目にしながらつぶやく。止まっていてもしょうがない、とりあえず中に入ってみることにした。そういえば鍵を貰う時にマークの父親に薪ストーブだけは弄るなって言われてたっけ、そう思い出しながら。
探し始めて10分が経過しただろうか、未だにこれと言った手柄はない。
「後はマークの自室くらいか…?」
故人の自室を荒らすことには少し抵抗があったが、父親は特にマークの自室については言及していなかったので入ってみることにした。そういえばあの時も俺は
自室に入らなかったっけ、少し楽しみにはなった。
「お邪魔しま〜す…」
一応の挨拶はしつつ、部屋に足を踏み入れる。中にはマークの趣味であったゲーム機とそのソフトが数個、乱雑に積まれていた。
「にしてもこんな別荘にゲーム機置けるなんてどんだけ金持ちなんだよ…」
後は何かないか、と見回す。そこには机と椅子があるだけで他には何もなかった。意外と簡素な部屋だ。
「収穫なしか…」
椅子に腰掛けようとした時、目に入った物に興奮を覚えた。机に鍵付きの収納がある。俺はとっさに持っていた本館の鍵を差し込む。しかし、当然と言ったところかサイズが合わない。
「鍵…か」
これまで全室を回って鍵らしいものは見ていない。ならマークが持っていったのか、いや、マークのことだ。この部屋のどこかにあるはず。
そんな根拠も何もない状態だったが、それしか方法は無い。俺はこの部屋を隅々まで探すことにした。しかし、簡素という第一印象の通り、すぐに怪しげな場所は探し尽くしてしまった。じゃあ別の部屋か、と考えたが今からもう一度全ての部屋を隅々まで、と思うと途方もない。
ならどうする?
そこで頭に降りてきたアイデアは「破壊」しかなかった。俺もマークに影響を受けていたと考えるとなぜか馬鹿らしくなってくる。
せめて被害は最小限にしよう、と机の足を入れるスペースの下に潜り込み、上を向く。
鍵があった。
思わずため息をつく。まさかこんな古典的なやつだったとは、と呆れにも近い感情を浮かべる。
とりあえず見つけてしまったものは仕方がない。鍵を剥ぎ取った。
さて、ピースは揃った。と言っても1つだけだが…と自分で自分にツッコミを入れる。マークを失ってからなくしてしまった感情がまた吹き返していく感じがした。
『プルルル…プルルル…』
唐突に携帯が着信の声を上げる。誰から、と思ったが相手は当然マークだった。俺はすぐ発信を受け取る。
「もしもし、どうしたマーク?」
「もしもし、そっちはどうだった?」
「今マークの自室にいる。今のところめぼしいものは無いな」
「そうか…」
一拍空いた。
「こっちも特にめぼしいものは…やっぱり俺の見当違いだったのかな…?」
「そうか…そうならそうでいいんじゃないか」
「そんなことあるか!」マークの語気が強くなった。
「ここに何もないとなるとまた振り出しに戻ってしまうじゃないか!俺は一刻も早くマークの真相を…」
「真相を追い求めるなら、なおさら焦る必要は無いんじゃないか」
へ?と気の抜けた声がスマホ越しに聞こえる。
「じっくり、ゆっくりやっていけばいい。時間はまだまだたっぷりある」
それに、と俺は続ける。
「あんな推理したけど俺、どうしてもマークが犯罪まがいのことしたなんて…信じたくないんだ。1人の友人として」
「そうか…そうだな!」いつもの明るい声に戻った。
「じゃあ帰るか!また1から考えてみよう、あいつらともじっくり推理ごっこしたいしな!」
「そうだな…あ、そういえばマークの部屋になんか鍵付きの収納があって…」
「ん?どうし」
ぱん。
右耳には機械的に、左耳には山びこのように、でも確かに、そしてまっすぐと聞こえた。そしてその2秒後ほどにどさっ、というまるで切り倒した大木のような、それとも撃ち殺された獣のような音が無機質にも耳を通り抜けていった。
「…え?おい、マーク?」
返事はない。
「マーク!おい、返事しろ!何があった!」
返事はない。
「マーク!おい!マーク!」
しかし、返事はない。
「ちくしょお!」
急いで別館へと駆け出していった。恐らくは手遅れだろうとは片隅では思いつつもその足は止められなかった。
別館についた。しかし、小さな一部屋で構成されたこの場所を見渡してもマークは見当たらない。
「くそっ!どこだよ、マーク!」
そういえば山の方も見てくると言っていたことを思い出した。慌ててすぐそばにある山と呼ぶべき場所に走っていく。この時に限っては疲労感は感じなかった。
「マーク!どこだ、マーク!」
叫び続けるが返答はない。見渡してもそれらしい人影は無い。
しかし、現実は嫌なことほど鮮明に、そして残酷に突きつけてくる。視界の片隅に赤に染まる1本の針葉樹に視線を奪われてしまった。
「マーク…?」
近づく。もちろん返事はない。
「おい、マーク…?冗談ならもう終わらせてくれよ…?もう充分驚いたからさ…」
すぐそばにまで近づけた。しかし、その細い木肌からはみ出している人間らしい身体を正面から見る勇気はなかった。
しかし、現実は嫌なことほど鮮明に、そして残酷に突きつけてくる。
どさ、と物が落ちたような音が響く。
そこには、マークが生きたままの表情で死んでいた。
「マ、マーク…?」
叫ぶ気にもなれなかった。目の前に映し出された光景を否定したかった。でもこれが現実だ、と天然の風が答えを示す。
ただ、静かに泣くしかできなかった。
警察からの事情聴取は2時間かかった。曰く、やはり他殺体らしい。そして、即死だったとも聞かされた。
「やっぱりあんな場所での殺しとなるとねぇ…カメラもないしあんたも見てないんだろ?こりゃ犯人を特定するのはかなり時間がかかるねぇ…」
タバコ臭いじいさんが吐いたこの言葉がやけに重く心に吊り下がってくる。それ以外はほぼ放心状態だったため覚えていない。いや、思い出そうとしたくないと言ったほうが正しいかもしれない。家に着いた頃にはもう心も体もクタクタでボロ雑巾のようだった。
ただ、そんなボロ雑巾でも腹は減るようだ。疲れ切った体に鞭を打ち、お湯を沸かし、カップ麺の容器に注ぎ入れた。この単純な工程も、今の俺には現場仕事のような重労働に感じた。
『プルルル…プルルル…』
また誰か死ぬのか、とこの音を聞いて感じてしまった。「誰か」を世界規模で見ると正しいかもな、なんて考えている自分に笑えてくる。とりあえず着信は受け取ることにした。
「お〜い?もしもしぃ?今暇かぁ?」ジュナイプスの柄にもない陽気な声が聞こえてくる。恐らく相当酔ってるのだろう。
「今…今か」
「なんだぁ〜?お前ェ、死んだゾンビみたいな声出しやがってぇ!あ、ゾンビは元々死んでるな!ワハハ!」
「…死んだ」
「は?おいおい冗談だっての〜!そうシリアスになんなって!あ、そうだお前も来いよ!今なら可愛い子もいっぱいいるぜぇ〜!ほら、マークが死んでからお前抜け殻みたいだっただろ?今日くらいは遊ぼうぜぇ〜!」
「…だから、死んだ。」
「はぁ〜?まーだ言ってんのかお前ぇ、流石にジョークがわからなすぎるぜ…まぁいい、これからこっちに来いよ!今日くらい飲み明かそうぜ!」
「だから!」柄にもなく大声を出してしまった。
「うぉ!びっくりしたぁ!急に大声出すなよなぁ〜!で、さっきからなんなんだお前は?おかしくなっちまったか?」
「…死んだんだって」
「はぁ…だから誰がだよ?お前がか?」
「…ニーク」
「…ニークぅ?おいおい、ジョークのつもりでもそれはキツイぜ。」
「だから本当だって!」
「はいはい、お前マークが死んでからしっかり休めてないだろ?疲れてんだよ、多分。ゆっくり寝て、うまいもん食って、そっからもっかい話してくれ。じゃ、また明日ね〜!」
ポロン、と機械的な音がした。意識したことはなかったが今どきの電話は終了時の音が昔とは違うらしい。
「…ゆっくり寝て、か」
この状況が疲れからなる幻覚の一種ならどれほどよかっただろうか。いや、今はそう信じる方が良いのかもしれない。おぼつかない足取りでベッドルームに向かい、倒れ込む。
気づいた頃には窓の外から朝日が差していた。リビングに向かうと伸びきり、冷めきったカップ麺が鎮座していた。それを無感情のままゴミ箱に突っ込み、シリアルを取り出した。
食欲はもう回復していた。
「あ゛ぁ…あったまいてぇ…」
講義室に着くとそこには1人で唸っているジュナイプスがいた。俺はその隣に座る。
「お、来たのかお前、昨日変なこと言ってたから今日は来ないと思ってたぜ…うぅ…」
「飲み過ぎだろ…ところでジュナイプス、」はっきりとした声が出せた。
「お、どうしたぁ…?そんな改まって」
「大事な話がある。昼食の時に話すからウィリアムも呼んでくれないか?」
「ウィリアム…?あ、あいつは今日大学来ねぇぞ…」
「え?なんで?」
「知らねぇ…あいつからメールが来たんだ。今日は休むからお前とよろしくやってな、ってさ…」
「…まぁいいか…じゃあウィリアムにはメールで説明するからジュナイプスは昼、この辺にある『カフェデロリアン』に来てくれ」
「あぁ、わかった…あ、もう授業始まるぞ」
そういえば最近授業をまともに受けていなかった。人の心配ばかりでなく自分の心配もしないとな…と思った。
「…ということなんだ」
俺はジュナイプスに昨日起こった事をかいつまみつつ話した。
「…マジか。じゃあもうニークは…?」
俺は小さく頷く。
「…なんでだ?マークはともかく、ニークは命を狙われるようなやつじゃ…」
「俺もわからない…。ただ、共有したくて」
「お前らは犯人を探してたんだろ?じゃあ何か手がかりは…」
「それもさっぱりだ…不甲斐ないことにな」
「おいおいマジかよ…」
ジュナイプスは顔を歪めた。
「何か…ほんとに何かないのか?俺、言い出しっぺだけど何もわからなくて…お前は本当に何も知らないのか…?」
「わからない…なぜ殺されたのかも…犯人も…」
プルルル、プルルル…プルルル、プルルル…
着信音が静かな店内に異質に響く。それと同時に、揺れる。恐らく俺宛の電話だろう。スマホを手に取り、着信先を見る。『デトロイト警察』と示されていた。
「もしもし…?」
「もしもし?昨日の今日で悪いけど確かめたいことがあって…」
おばさんの声だ。もちろん血縁関係は無い。
「現場に残されていた残留物と…後、犯人候補が3人わかったからそれの確認をしてほしいの。今から署まで来れる?」
思ってもない進展だった。やはり本職は違うな、と心の中で思う。
「はい。今からなら20分ほどでいけます」
「よかった。じゃ、待ってるからね」
俺はスマホをカバンの中になおした。
「悪い、ジュナイプス。今から警察署まで行かないといけなくなった」
「あ、あぁ…わかった。でもなんで?」
「軽い取り調べの続きだってさ。会計は俺が済ましとくから、ゆっくり食べてくれよな」
「あぁ、ありがとう。お前もしっかりな、死ぬなよ」
「今その言葉はジョークにならない可能性があるからやめてくれよな…ありがとう。じゃ、また明日な」
ジュナイプスに手を振り、俺はカフェを出た。適当に言ったが果たして20分で間に合うだろうか…?
ここに着いたのは電話から30分後のことだった。受付をちら、と見ると若い男が1人退屈そうな顔をしていただけだった。
「すみませーん、呼ばれて来たジョ…」
「待ってたわ。早速、お願いするわね」
名前を言い切る前に電話のおばさん警察官が奥の部屋出てきた。暇なのだろうか。
俺はとある部屋に通された。てっきりドラマとかで見る取調室なんかを想像していたが思ったよりカジュアルな部屋だった。
「さて、始めるわね。まず、この顔写真に見覚えはあるかしら」
そう言っておばさんは3枚の写真を見せてきた。1人は女、それ以外は男だった。
「見覚え…ないです」
「そう…でも一応どんな人か1人づつ説明するわ」
そう言いおばさんは男の写真を俺の方に差し出してくる。見た感じは中年のハゲ、そしてがっちりとした肩をしていた。
「それはジョニー・アレックス。37歳よ。件の現場の近くにドライブに言っていたのが報告されてるわ。特徴としては彼、クスリで2回ほどしょっぴかれてるの」
なるほど、見た目通りだと俺は思った。
「なるほど…で、こっちの男性は?」
俺が指差した写真をおばさんは差し出してくれた。見た感じその男は冴えない男、という印象を受けた。
「彼はモーリー・セイバー、一般人よ」
おばさんは写真を真剣に見る俺に対しデータキャラのような補足を付け加える。しかし変な名前だ。
「彼はなぜ疑われているんです?」
「彼はその辺の農夫よ。その辺に住んでたからなし崩し的に疑われているけど…私としてはただの一般人だと思っているわ」
その後もおばさんは色々と話してくれたが大した情報は得られなかった。しかし帰り際に放った、
「タイヤに気をつけてね。この辺は道路の整備がめちゃくちゃなんだから」
というおせっかいな1言がいやに俺の耳奥で反響した。
タイヤについて考えていた。なぜ考えているのかも分からず、ただ何かがあると思った、確信した。
「タイヤ…そういえば…」
教授がこの前出したタイヤ問題について思い出す。
「そういえばマークが死んだのもあれの翌日だったか…」
あのテストが終わった後はみんな顔色が悪かった。まるで何も解けなかったかのように…
しかし、テスト勉強はみんな一生懸命した。なんなら1番唇が青紫に近づいていたマークがみんなを引っ張っていたほどだ。
別室…たばこ…そして教授がみっちり監視していた…
不自然な、それでいて自然な出来事がまるで3分前かのように交錯する。
仮説を立てて、崩して、また立てて…
考えるだけ無駄なのかな、と感じ始めた刻、電話が鳴った。相手はジュナイプスだ。
「もしもし、どうしたんだ」
「あぁ…少し話したいことがあって、今時間いいかい?」
「大丈夫だ、しかし珍しいな」
「どうしても伝えたいんだ、今」
ジュナイプスは真剣な声色だ。
「わかった、前置きはいいから本題から頼む」
「うん。実は…」
「…嘘だろ、いや、あり得ない、だとしたら…」
仮説が、証明の段階にまで入ってしまった。
「嘘だと思うならそれでいい。出来過ぎた話かもしれない。でも俺は本気だ」
ジュナイプスがそう言う。
「俺は…信じたくない…でも全てが噛み合っている…」
「俺はまだこのことを警察へは話していない。そしてここから行動する気も起きていない。全て君に委ねても…構わないかい?」
「急だな…お前そんな感じだったっけ?」
「命は惜しいんだ…生憎、ね」
「そうか…そうだよな」
でも、と続ける。
「俺はあいつらが死んで黙っているような男じゃあない」
「君ならそう言うと思ったよ。君に話して正解だった」
ジュナイプスは少し声のトーンを落とした。
「託しても…いいかな?」
「とりあえずまずか確認の段階からだが…やる、俺が終わらせる」
「ありがとう…!」
そこから少しの会話を交わし、ジュナイプスとの電話を切った。
「本当に、これが真実なのか…?」
ああは言ったものの、まだこの話を信じてはいなかった。むしろ、嘘であってほしいとも思っている。
「確認、か…」
深くため息をついた。時刻は午後10時を回ったところだった。
翌日、大学に足を運んでいた。今日は授業などではなく、サークル活動などでもない。
ある教室の前に足を止める。コンコンコン、とノックをして、入る。
「入りたまえ」
「失礼します」
そっと、ドアを開けた。
「今日はなんの用かな、私も暇じゃないんだ」
「あなたに、聞きたいことがあるんです」
そう俺は言った。その目の前には教授…ジョン・ブラウン教授が穏やかな顔で迎えていた。
続きます。解決編は頑張って出す予定です




