07
ミーナに連れられて廊下へ出ると、少し離れたところにレオナルドが立っていた。クレアとミーナの2人に気付いて、すぐに笑顔を浮かべて歩み寄ってくる。
「クレア!」
「待たせてごめんね、レオ。……どうかな?」
「綺麗だ!」
「ありがとう……」
邪気のない素直な称賛に、クレアの頬が赤く染まる。
「折角だから、このまま飯にお誘いしても? 着いたのが中途半端な時間だったから、軽食にはなってしまうが……」
「是非! 実は私、お腹ぺこぺこで……」
今にも鳴りそうなお腹をさすって、クレアが笑う。頭の上で、ルミエールがぴょこんと跳ねた。
「メインの晩餐室は、ここから離れたところになるんだ。今度、休みの時に、屋敷を案内するよ」
「ありがとう。レオは、普段何をしているの?」
「俺は、カーライル家の騎士団の団長もやってるんだ。いつもは、大体詰所にいるよ」
「へぇ……!」
目を輝かせるクレアに、レオナルドは照れくさそうに笑う。
「書類仕事よりも、体を動かす方が好きなんだ。父には、跡を継ぐよう急かされているんだけど」
「わ、そうだった! 確か、お父様の体調がよろしくなかったのでは!?」
「ああ、そのことだけれど……」
言いよどむレオナルドは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「父が危篤と言うのは、実は嘘なんだ……」
「えっ」
「結果的に騙すことになってしまって、すまない。……君を、早くここへ連れて帰りたかったんだ」
「良かった……苦しむ人は、いないのね」
眉を下げ困ったままのレオナルドに、クレアは笑いかける。
「今度、ご挨拶させてもらえたら嬉しいわ。レオのご両親だもの。きっと素敵な人達ね」
「……怒らないのか?」
「まさか」
社交界に出ず、結婚はおろか婚約者もいない。行き遅れに片足を突っ込んでいたクレアにとって、契約結婚とはいえ、レオナルドはある意味救世主だった。
「あの家から出るきっかけをくれて、ありがとう。私を見つけてくれて、ありがとう」
「礼を言うのは、こちらの方だ。応えてくれて、ありがとう。クレア。……幸せにする」
「ありがとう。レオ」
クレアの背にレオナルドの腕がまわり、ぎゅっと抱きしめられる。
互いの温もりに、二人はくすくすと笑いあった。
レオナルドとクレアの結婚は、年を越えた次の初夏に決まっていた。
夏生まれのレオナルドの25歳の節目に、盛大に祝う予定である。それまでクレアは約一年間、婚約者としてカーライル家に滞在することとなった。
「おはようございます、クレア様」
「ん……おはよう、ミーナ……」
窓から覗く太陽は天辺近くで、だいぶ寝過ごしたことにクレアは気付いた。
しかしミーナは慌てている様子もなく、恐らく昨日の今日なのでしばらくは寝かせてくれていたのだろう。
(そっか。カーライル家に来たのって、昨日だったっけ)
溢れるあくびを噛み殺しながら、クレアは寝起きの頭を左右にひねった。いつもは鳴る首の骨が、今日は鳴らない。
「まだお疲れかと思って、朝ごはんにはお起こししませんでした。それでもそろそろ、起きていただいて……水分をとっていただこうかと」
「ありがとう。ちょうど、喉がからからで……」
「ふふふ。今朝とれた、ぶどうの果実水です」
ミーナが手渡したコップには透明の液体が入っているが、すぐにクレアは違和感を覚えた。
コップも中身も、生ぬるい。
ああそうか、とクレアはすぐに思い当たった。
今までブラン家にはクレアの作った貯冷室があったから、いつでも冷たいものが飲めたのである。
(本格的に花嫁修行が始まるのは冬からだし、レオも許してくれてるし、カーライル家でも……たっくさん、いろんな物を作るぞっ!)
目標が決まると、自然と気持ちが高揚する。
クレアはベッドから出ると、着替えを用意するミーナの側へ寄った。気付いた彼女が、衣装部屋の中へと誘う。
「うわー!!」
入ってすぐ、クレアは部屋いっぱいのドレスに大きく目を見開いた。
決して狭くはない部屋に隙間なく並ぶ衣装は、色別に整列され綺麗なグラデーションを作っている。中央にはガラス張りのケースがあり、小物や宝石等が飾られていた。
「レオナルド様から、全てクレア様への贈り物です」
にこにこと笑うミーナに、クレアは思わず肩を落とす。
「なくしたら大変だわ……! 宝石類はなしで、レオナルド様にお会いするかもしれないから、失礼のない程度に派手じゃないドレスはあるかしら?」
「うーん……クレア様のお色には、こちらはどうでしょう?」
並ぶ衣装から、深緑のシンプルなドレスが差し出された。
「すてき!」
「お髪はどうされますか?」
「うーん……本当は下ろしてる方が楽なんだけど、一つにまとめてもらえる?」
「お任せください!」
嬉々として張り切るミーナに、クレアは思わず笑顔になる。連れだって部屋へと戻り、鏡台の前に腰を据えた。
「ドレスの色と、クレア様のお髪と。今日のクレア様は、まるで椿の花みたいです」
「つばき?」
「このお屋敷は、冬になるとたくさんの椿の花が咲きますよ。……あら?」
ドレスのリボンを整えていたミーナが、クレアの首にかかる紐に触れる。
「このペンダント……昨日もされていましたね」
「ああ、これ。お母様からいただいた、宝物なの!」
「すてきな石ですね。手にとって見ても良いですか?」
「もちろん!」
ペンダントを外し、ミーナにそっと手渡す。
その瞬間、ペンダントの石から、青い光が部屋の中を走り抜けた。