06
「お帰りなさいませ、レオナルド様」
屋敷の前に広がる、切り立った崖にサラマンダーがふわりと降り立つ。
レオナルドの帰還を、数人の男女が待ち構えていた。
「ただいま。こちらは、俺の妻となるクレア・ブラン嬢だ。……ミーナ?」
「はい、レオナルド様。……初めまして、クレア様。私は、ミーナと申します。クレア様の専属侍女として、お仕えいたします」
「は、初めまして! クレア・ブランです」
クレアがぺこりとお辞儀をすると、ミーナと呼ばれた少女がにこりと微笑んだ。
「よろしくお願いいたします、クレア様。早速ではありますが、お部屋でお召し替えを。ご案内いたしますね」
「はい! よろしくお願いします!」
レオナルドと面々と別れ、屋敷を案内するミーナの後ろを着いていく。迷路のような廊下を何個も抜けて、階段も何段も登った。
ブラン家の屋敷より、何十倍も広い。一人で出歩けば、確実に迷子になりそうだ。
ぜえぜえと肩で息をしながら、クレアは項垂れる。自分の部屋から一歩も出ない引きこもり令嬢に、この道程はキツすぎた。
「大丈夫ですか? クレア様。ミーナの足は、早すぎますか?」
「いやいやいや! えっと、今までの運動不足がたたってというか……部屋から、殆ど出ることがなくって」
「まあ。それでは、クレア様は体力をつけないといけませんね」
このお屋敷は広いですから、とミーナが笑う。
「お待たせいたしました、クレア様のお部屋です」
たどり着いた扉の前で、クレアは驚いた。
まずドアの大きさが、天井近くまである。よくぞこんなに、大きな木を見つけられたものだ。細かい装飾は、可愛らしい花が彫られている。
「こちらの扉は、施錠できます。鍵は親鍵を執事長が、レオナルド様とミーナも一つずつ持っています。クレア様にも、お渡しいたしますね」
白いレースを結んだ、真鍮の鍵を渡された。ずしりとした重みに、クレアは失くさないようにしようと誓う。
「入りまして、右側がクレア様のお部屋の扉です。左は手前から水場、簡単な調理場、侍女室です。ミーナはそちらに、常駐させていただきます」
「ふわぁー!」
入室してすぐ、クレアは用意された部屋に歓声をあげた。
ブラン家のクレアの部屋と比べるまでもなく、とにかく広い。もしかしたら、3個分は余裕で入ってしまうのではないだろうか。
壁紙やインテリアは柔らかな色で揃えられ、いかにも高そうな雰囲気がある。中でも目をひいたのが、中央の天蓋付きベッドと壁際のドレッサーだ。
「鏡台の横の扉は、衣装室です。本日は、レオナルド様からドレスのご注文をいただいております。明日からのお洋服は、ミーナと一緒にお選びしましょう」
「もしかして、衣装室にはもう服があったりする……?」
「はい。レオナルド様からの贈り物です」
「ひー」
一億のうえ、豪華な部屋と贈り物まで。
どれだけ金持ちなんだ、とクレアの背に冷や汗が流れた。
「うーんと……まずは、お風呂ですね。長旅でお疲れのことでしょう。ミーナにお任せください!」
「お手柔らかにお願いします……!」
意気揚々と張り切るミーナに、クレアは少し気圧される。実家でさえ誰かに風呂へ入れられたことがなかったので、緊張と期待に胸を膨らませた。
リップは桜色。チークは少し濃いめで、アイメイクはさっと薄め。
手入れをせず伸ばしっぱなしだった髪は、何かの香油で丁寧にとかされ、つやつやとした輝きを放っている。優しく巻かれ、大きな花が飾られた。
肩の出た濃いハチミツ色のドレスに、黒のレースの手袋。そこまで高くはない、ガラスのヒールの靴。
胸元には、大きな紺色の宝石のネックレスが輝いていた。
(もしかして、もしかしなくても)
ドレスと宝石は、“レオナルドの色”ではないだろうか。
気付いてしまったクレアは、胸のドキドキが加速する。
「とってもお似合いです、クレア様!」
手放しで喜ぶミーナの横で、ルミエールが上下に飛んでいた。
「ありがとう、ミーナ。……ねぇ、もしかして、このドレスとネックレス……」
「はい! レオナルド様の、髪と目の色ですね!」
「やっぱり……!」
どこまで過保護な……いや、独占欲の強い男なのだろうか。了承をしたとはいえ、まだ結婚もしていないクレアに対して、これである。
全く身に覚えはないが、レオナルドは以前に、クレアを見に来たことがあるのではないか。贈られたというドレスはサイズがぴったりだし、小物に至るまで完璧である。
クレアの父の部屋で初めましてと言われたが、本当にあの時が“初めて”だったのだろうか。ミーナに聞いてみても、にこにこと笑うだけで分からなかった。
「本当に、お似合いです。細かいことは、どうかお気にせず」
「怖い! その曖昧な答えが、いっちばん怖い!」
「ふふ。……それでは、クレア様。レオナルド様がお待ちですので、ご案内してもよろしいでしょうか?」