03
「ルミ……え?」
生まれて18年、いつも一緒にいた相棒が目の前で四散した。
光の残滓がきらきらと舞い、その中から先程より大きくなった光の塊が見えてくる。
「……、あ」
「ルミエール!?」
「くれ、あ!」
大きくなった、ルミエールが喋った。突然のことに驚いたクレアは、思わず光を抱き寄せる。
「ルミエール! あなたどうしたの? 喋れるようになったの!?」
「るみ、がんばた。くれあ、みて」
プルプルと震えたルミエールが、強く明滅する。再びの爆発に怯えたクレアだったが、目の前の光景にまた驚くことになった。
ルミエールの中心がぱかりと開き、近くにあった椅子が一瞬の内に消える。見間違いでなければ、ルミエールの中に椅子が吸い込まれたように見えた。
「ルミエール……もしかして、今のはインベントリ?」
「い、べ? るみは、あいてむぼくす、あるの」
「アイテムボックス……マジか」
全身が歓喜に震えるのを感じた。もしルミエールのアイテムボックスに余裕があるなら、クレアの宝物を全部持っていけるかもしれない。
「ねえ、ルミエール……この部屋の、他の物もアイテムボックスに入れることはできる?」
「るみのなか、なんでも、はいる。でも、なんこもは、だめ。いちど、だけ」
そう言ってルミエールは、先程の椅子を出現させた。代わりに、クレアを外に誘導する。
「くれあ、そと、いて。どあ、しめる」
「うん……」
「…………いーよ」
ルミエールが部屋に残りクレアがドアを閉めると、隙間から漏れる程強い光が放たれる。光が収まると、中からルミエールの許可が出た。
恐る恐るドアを開け、またもクレアは驚愕する。
クレアの部屋は、壁や天井を残して、他は全て消えていた。
「るみ、いちどに、いれる。だすのも、ぜんぶ」
「これとこれを指定して、とかはできない訳ね。理解した。……でもすごいよ、ルミエール。これで私の宝物は、全部あなたに預けることができるわ。……お願いしても良い?」
「もちろん」
「ありがと!」
ルミエールを抱いて喜んでいたが、そういえば客人を待たせていることを思い出した。慌てて、ルミエールに再度お願いをする。
「私、これからお嫁に行くんだった。ごめん、ルミエール。もう一度部屋を戻してくれる? 早く着替えて、行かなくちゃ」
「さきの、およめさん、はなし?」
「そうなの。レオナルド様のお家へ、嫁ぐのよ」
ぱかりと、ルミエールが中心を割る。瞬きの内に、部屋が元に戻った。
「何回見ても、すごいなぁ……ありがとう、ルミエール。さぁ、着替えて出発よ!」
「わー」
ドレスから旅行用の簡素なワンピースに着替え、脱いだ物は飾りと一緒にまとめる。それを腕に廊下に出て、ルミエールにアイテムボックスを発動してもらった。
部屋の中は、本当にすっからかんだ。家族や屋敷の者が驚くだろうが、花嫁道具としてもらっていってしまおう。きっと、大丈夫。
準備が済んだら、どこに行けば良いのだろうか。悩んで、屋敷のエントランスに向かうことにした。
道中で会ったメイドに、ドレス一式を預ける。ドレスはサイズ的に継母の、ネックレス等の飾りはブリジットの物で間に合わせたようだ。
エントランスへの途中で庭を臨む窓から外を見て、クレアは足を止める。今、何かを見た気がした。
「……竜は、初めて見ますか」
「っ!?」
耳を打つ静かな声に、小さく悲鳴が漏れた。
「驚かせてすまない。……荷物はそれだけ?」
「レオナルド様……はい。これだけです」
振り向いた先にいたのは、先程別れたレオナルドだった。
クレアの持つ最低限の荷物入りのトランクをさりげなく奪って、エスコートのために腕を差し出してくれる。ドキドキしながら手を伸ばし、導かれるまま連れ立った。
「玄関は、確かこのまま真っ直ぐで良いかな?」
「はい。……庭にいるのは、竜?」
「ええ。小さい時に、卵を拾いました。それから育て、今では俺の相棒です」
サラマンダーと言いますとレオナルドに教わり、クレアは思わずくすくすと笑った。
「サラマンダー……犬に、犬と名前をつけるような感じですわ」
「愚直でした。子どもでしたから……変かな?」
「いいえ。私も昔、相棒に似たような名前をつけました。……レオナルド様に、ご紹介することは叶いませんが」
似た者夫婦かもしれませんね、とクレアは微笑む。
ところが勘違いをしたレオナルドは、彼女に素直に謝った。
「すまない」
「いいえ? あの子は名前の通り、今でも光り輝いていますから」
微妙に噛み合わない会話であることに、2人は気付かない。クレアの頭に乗るルミエールは、不思議そうに明滅した。