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(こんなはずじゃなかったっ!!)


 手元の魔石をギリギリと力いっぱい握りしめながら、クレアは思った。

 目の前には、壁。壁というより、肉壁。むきむきマッチョ。

 ゴリゴリの筋肉の上には、驚く程に端正な顔がちょこんとついている。


 上半身裸の美丈夫に押し倒されている訳だが、如何せんクレアはこれっぽっちも胸が高鳴らなかった。心臓は早鐘を打つが、その原因は別にある。



「……クレア……」


 整った眉が下がり、クレアを見つめる瞳は悲しみに染まる。ついにはぽろりと一つ雫が零れ、ベッドに縫いつけられるクレアの頬に落ちた。


「クレア……俺と、同衾してもらおう!」

「なんでやねん」



 うっかり、前世のツッコミが口から飛び出した。







 クレア・ブラン、18歳。

 春生まれ。地方貴族のブラン家長女、魔力なし。



 生まれて初日。クレアは目前に浮かぶ不思議な塊が点滅し、その明滅に酔ってぐわんと頭痛がした瞬間に……自分が生まれ変わったことに気がついた。

 前世は自他共に認める社畜なOLで、最期は酔ったまま川に転落したのを覚えている。うっかり死んでしまったようだ。


 赤子のうちは起きていても寝ていても世界が曖昧で、なんとなく流れに身を任せていたら、いつの間にかすくすくと成長していた。

 乳離れし歩き始め、順調に成長し歳を重ねていたら……5歳の時に、優しかった母が死んだ。そしてすぐに、父と名乗る男が腹の膨れた女を連れてきて、継母となった彼女は“妹”を産む。

 その日から、クレアは家族から忘れられていった。


 普通の子どもなら、愛に餓えて狂っていたかもしれない。

 けれど、クレアは、転生者だ。精神年齢三十路は、孤独にも慣れている。


 無限に続く独りの時間を、クレアは全て自分に使った。社畜の染み付いた根をそのままに、異世界・ファンタジーの世界で新しいモノを作る趣味に没頭したのである。



 まずクレアは、5歳で貯冷室を発案した。

 密閉型の小部屋に氷を敷き、風の魔法で循環させる。常にひんやりとした空気が部屋中に満ち、さながら「冷蔵庫」の中にいるようだ。


 食においては金に糸目をつけぬ両親は、諸手を挙げて喜んだ。今では定期的に風の魔法の使い手を呼び、遠方から氷を仕入れている。

 夏の暑い時期に、転用して「クーラー」を教えたら、彼らは涙を流して歓喜した。



 次に考えたのは「暖房」だったが、風の魔法と火を掛け合わせるのは少し怖い。暖炉等で温まる術はあるし、冷やす仕組みよりも他に数はあるから諦めた。



 それからいくつかの叡知の結晶をこの世界に再現しようとしたが、魔力のないクレアにはすぐに限界が来た。

 ブラン家は土の魔法の血筋らしいが、それらしい魔法はちっとも使えない。


 その代わりなのか、クレアは誰にも見えないモノを見ることができた。生まれた時から宙に浮いている、謎の光る塊がそれだ。

 形は、多分ない。常に光ったり消えたりし続けているので、分からなかった。健やかなる時も病める時も、クレアの周囲を飛び回っている。側から離れることが殆どない。


 不思議な相棒とともに、クレアは今日も趣味に生きている。

 屋敷はおろか部屋から出ず、社交界には顔を出したこともない。完全なる引きこもり令嬢であった。




 そんな日常が永遠に続くと思っていた矢先、別れは突然やって来る。


「きゃーーーっ!!」


 広くはない古い屋敷に、女の高い声が響く。

 それに集中力を切られたクレアは、手元の紙をぐしゃりと握りしめた。あと少しで、行き詰まっていた何かに答えが出そうだったのに。

 妹・ブリジットの悲鳴だろうと舌を打つが、そこでクレアは屋敷中が騒がしい事に気が付いた。


 きゃあきゃあと続く音は妹で、それよりも低いぐるぐるとした物はなんだろう。猫が喉を鳴らす音に似るが、もっと大型の生き物が発している気がする。時々バサリと風を切る、重たい音も気になった。


 引きこもる己が城から出て様子を見に行くか……悩んでいると、廊下を走る音が徐々に近付いてくる。しばらくして早めのノックが鳴り、返事をする前に扉が勢い良く開かれた。


「クレアっ!」


 顔を真っ赤にした父が、飛び込んでくる。年頃の淑女の部屋へ、返事も無しに入室するとは何事だ。例え父子の間柄だとしても。

 緊急事態だから仕方ないか、とクレアは椅子から立ち上がり一礼した。


「お久しぶりです、お父様。何か緊急のご用がありましたか?」

「クレア、今から、一番良いドレスで、化粧をして、それから……ぐっ、急いで、父の部屋へ来いっ!」


 肩で息をする父の後ろから、メイドが数人、クレアの部屋へと入ってくる。それぞれの手には、衣装やら化粧道具やらが乗っていた。

 踵を返す父を呆気にとられて見送っていると、一番前にいたメイドがすっと頭を下げる。


「それではお嬢様、失礼いたします」


 無機質な笑顔を浮かべる彼女に、クレアの頬はヒクリとひきつった。



  

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