become ~罪~
~前回のあらすじ~
渚の優しさに救われて、一度は不良の生活から足を洗うことのできた朱雀。夏休みの最後の日、突然現れた親戚が引き取りたいと申し出てきた。今までの親族とは全く違った対応に戸惑う朱雀。椎名はそれを阻止しようとするが…
~予告~
朱雀の決断がこの後を大きく変える。
最終的に一睡もできなかった。朝日をベッドの中で感じながらも、僕はそのまま布団に包まっていた。カチャンと鍵の開く音がして、階段を静かに登る音がする。足音は僕の部屋の前で止まった。コンコンと控え目なノック音。
「慶斗、起きてる?朝ごはん持って来たの。学校の準備はできた?」
僕は何とも言えず、ただ黙り込んでいた。しばらくすると、渚は僕の部屋に入ってくる。布の擦れあう音が聞こえ、渚がベッドに座ったのが分かった。
「慶斗ぉ、私、嫌だよ。慶斗がどこかに行っちゃうの。」
何も言わないで欲しい。確かに渚の言いたいことは分かる。だけど、当事者は誰でもない僕なんだ。誰かがどうこう言おうとも、僕の代わりを務めることなんてできやしないだろ!?またあのイライラだ…。一晩考えても僕には決断ができきなかった、僕の頭の中に渦巻く葛藤。その中でほとんどを占めるのが渚だった。いつも笑う渚、優しい渚。だけど何で、何で僕を惑わすんだ!君の全てが僕を困惑させてしまうって言うのに。
気がついたら僕は起き上がっていた。渚の顔はいつもの笑顔ではなかった。目元は赤く腫れ、何か怖いもの見る目だった。彼女の瞳の中にいる僕は、睨んだ目で僕を見返している。だけど、僕は止まれなかった。イライラを拭い去る為、僕自身を守る為に、誰かを壊さなくちゃいけない。自然と僕の右腕が上がる。指が掌に食い込むまで握り締められ、渚の怯えた顔に向って突き出した…。
あれからどの位の時間が経ったのだろうか。僕は家を飛び出して走っていた。夏も終盤、9月の空は異様なまでに曇っている。その内雨が降るだろうなぁ。などとそんな事を思っていたら、ポツリポツリと本当に雨が降り始めた。しかも、一気に強さは増し、何もかも洗い流すような強雨となる。だけど知ってる、僕の罪は洗い流せないと。
雨で重くなった体を引きずり、やってきたのはボロのアパート。今の僕にはここしか頼れる人がいない。いる、かな…?ドアをノックすると、鍵が外されて部屋の主が出てきた。一度こそ僕を見て驚いた顔をしたものの、直ぐに僕を睨みつけた。
「何か用かい。」
「遥、僕をここにおいて欲しいんだ。」
「へぇ、そうなんだ。こんな置手紙を置いて行ったのにかい?」
遥が持つ紙、僕の書いた置手紙には“普通の生活に戻ります。今までありがとう。”と書かれている。紛れも無く一週間程前にこの部屋に残したものだ。
「“普通の生活に戻る”、ね。確かにお前に取っちゃぁ、イレギュラーだもんね、アタシは。」
「ごめんなさい…。」
「アタシにはお前が謝る意味が分からないね。謝れば何事も丸く収まるなら、それは勘違いもいい所だよ。んじゃぁね。」
ドアを閉めようと、遥はドアノブに手をかける。この世の中に僕の存在を受け入れてくれる人は誰もいないようだ。無情にもバタンと閉められたドアの前で、僕は座り込む事しかできないのだった。
重い足を引き摺りながら僕は歩く。今までの大雨は嘘の様に収まり、今は快晴の空が広がっている。だけど、僕の心は晴れる事が無かった。これからどこへ行こうか。家の方には戻りたくない。渚はもう学校に行っただろうか?もう関係のなこと。僕を受け入れない人たち、僕を受け入れない世界。壊したい…。
肩がぶつかるのを感じた。また下を歩いていたから。
「てめぇ、良い度胸してんじゃねぇか。」
「うるさい…。」
「あ?今なんつったコラァ!」
「黙れよ。」
捕まれた肩から手を振り解いて、顔面にパンチを入れた。…つもりだった。だけどそれは簡単に受け止められてしまう。
「口だけは達者なようだなぁ!」
左頬に強烈な痛みが走る。逆にパンチされたんだと気付くまでに時間がかかった。口に広がる鉄の味。イライラが募るのが分かる。僕はこんなにもイライラするような人間だっただろうか。いや、違う。爺ちゃんの死を何とも思わない、金だけを盲目的に貪ろうとする心無い人たちのせいだ。そんな人達が僕を変えてしまった。壊す、壊したい。それが僕を癒すのなら。
「やだなぁ。僕は達者なのは口だけじゃないよ。だって、白虎遥のお墨付きなんだから。」
盛大に血の混じった唾を吐きかけてやった。そして同じように頬に一撃を入れる。僕の方がずっと体格が小さい。だけど、それを利用して相手の腹に頭突きを入れた。余程上手にいったのか、相手は気絶してしまう。ふふっ、脆いものだね。
遥と一緒に行動していた時のやる事が癖になっていたのだろうか、僕は自然と気絶している男のポケットから財布を抜き出していた。そこから素早くお金だけ抜き取ると、財布はポケットに戻す。さっさと立ち去ろうと思った。
「へぇ。アタシが教えた事は忠実に守ってるようだね。んで、これからどうするつもりなんだい?」
「遥…。」
「それに、アタシの名前を勝手に使わないでくれるかな?別にお前はアタシの相棒でもないんだからさ。」
「ゴメン。」
「そんな事より、これからどうするんだい。」
「僕は、不良になる。遥は正しかった。」
「ふぅん、んで、何でそんな風に急に考えを変えたんだい?ちょっと気になってねぇ、付いて来たって訳さ。」
僕は語りだした。朝の出来事を…
僕はあの時、最終的に渚を殴ることは無かった。いや、寸前で止められたといった方がいいかもしれない。兎に角、彼女の目の前数cmと言う所で、僕の拳は止まっていた。
『慶、斗…』
今まで以上に怯えた目の渚。昨日まで普通に会話して、笑っていたような幼馴染に殴られる寸前だったのだ。無理は無いと思う。
『僕は、渚を…、ウワァァァァッァァ!』
今までに無い最大級の罪悪感が僕を襲った。一番してはいけない事をしてしまった。嫌だ、認めたくない!だけど何で僕の拳が渚の目の前に突き出されてるんだ!?
その拳で渚を押しのけ、部屋を飛び出した。そのまま靴を履いて表に飛び出す。寝巻き用にジャージを着ていたので特に人目を気にすることは無いだろう。兎に角その時は渚から一歩でも遠ざかりたかった。
「もう、渚の所には戻りたくない、戻れない。だから、遥…。僕を置いて欲しいんだ!何でもする。今度はちゃんとするから!だから!」
「ふぅん、じゃぁさ、覚悟見せておくれよ。」
覚悟を見せる。僕は今までの生活から自分を切り離す準備はできている。だけど、それをどうやって見せるか…。
「覚悟、僕の覚悟はこれだよ。」
僕は遥の鳩尾を殴ろうと拳を突き出した。だけど、遥はそれを意図も簡単に避けてしまう。でも、それでいいんだ。
「僕はもう、人を殴る事を躊躇しないよ。それが、もし、僕を守るためなら。」
「面白いじゃないか。乗ったよ。今からお前はアタシの相棒さ。これからはビシビシ行くよ!」
その日から僕は変わった。始業式から学校を無断欠席するようになった。遥の勧めで髪は金髪に染めた。喧嘩に明け暮れる毎日。まだまだ駆け出しだから殴られることもある。だけど確実に殴り返した。その内気付いた事がある。僕は他の不良に比べて身長が低いし、筋力も無い。だけど、スピードなら誰にも負けない速さを持っていた。相手のパンチだってほとんど避けられるし、それを掻い潜って相手の懐まで忍び込む事だってできる。着実に僕は経験を積んでいった。相手を殴って自分がスッキリする事も付け加えておく。時間のお陰かも知れないけど、殴れば殴るほど、日が経てば経つほど、僕からイライラは抜けていくのだ。
9月1日、つまり始業式のあの日以降、夏休みのあの日の様に、渚は僕が住むアパートを訪ねなくなった。当たり前だ。こんな僕に誰が優しくしようと言うものか。僕は彼女を忘れようと務める。きっと渚だって同じ事を考えているに違いない。もし会ってしまったとしても、僕は知らない振りをする。それが、僕が渚を殴ろうとしてしまった事への、責めてもの償いだから。
・一角獣誠也の交換日記
あぁ、俺の名前ってあまり出てないからパッと見分からない奴が多いと思うぜぃ。兄貴の腰巾着って言えば分かると思いやすぜ。この小説、作者の野郎がシリアスを書いてみたいとか考えて書いてんだけど、どうも読者数が減ったようでぃ。シリアスは嫌いみたいでさぁ。ま、直ぐにコメディーに復帰するんだけどよ。それまでちょっくら馬鹿作者の野郎に付き合ってやってくだせぇ。