mind ~揺れる心~
~前回のあらすじ~
出会いがしらに宇津木に殴られた夢を逆にボコった朱雀。白虎に仲裁されて、家に引き込まれるのだった。
~予告~
朱雀が困ります。
夕食の、後あまっている布団をかき集めて僕も寝た。これからどうしようかなどという心配は、何故かなかった。理解者が居てくれるからだろうか?
次の日、起きてみると既に遥は起きていた。トーストを齧りながらコーヒーを飲んでいる。
「あれ?起きたのかい?腹減ってるなら、そこら辺から食べ物探すといいよ。」
とりあえず遥と同じようにトーストにバターを塗って食べる。苦いものは嫌いなので、牛乳を飲んだ。
「さて、これからの事だけど、お前は此処に住む。だけどアタシだってただ飯食わせるほど余裕はないさ。だから、ちょっと一緒に働いてもらうよ。なぁに、簡単な事さ。しかも、一石二鳥のおまけ付さぁ。」
朝食の後、連れて行かれたのは河川敷。そこには金属パイプやバットを持った男子がたくさんいた。
「やぁやぁ諸君。遅くなったね。」
「白虎、お前の首には賞金がかかってるのは知ってる。大人しくサンドバックになれ。」
「なにが賞金首さ、自由に生きるどこが悪い。んじゃ、来なよ。」
手首を反してヒョイヒョイと挑発のポーズを取る。それを契機に男子たちが襲い掛かった。
一方的な勝負だった。軽々と男子の攻撃を避けて、サラリとした動きで懐までもぐりこむ。そして確実に急所を狙っている。僕は予め“動くな”と指定された場所からその光景を眺めていた。
全員を殴り終えたあと、遥が手招きしたので彼女の元に行く。
「これからこいつら財布抜くから、手伝ってくれ。二人なら効率がいいさ。」
「え、でもそんなの犯罪じゃ…」
「お前、不良やってて犯罪がどうのこうの言える立場じゃないさ。それにこれ位が普通のルールだよ。弱肉強食って奴。」
そんな風に喋りながらも、遥は慣れた手つきで財布を抜いていく。しかし取るのは中身のみで、小銭やら紙幣をポケットに突っ込むと、空になった財布は男子たちの元の場所に戻すのだった。
「財布は一つで十分さ。」
僕の質問にはこう答えていた。僕も恐る恐る遥の真似をする。一瞬男子がビクッと動き、条件反射で蹴り飛ばしてしまった。ピクリとも動かなくなったのを再三確認する。大丈夫、起きてない。
河川敷からの帰り道のこと、
「お前も不良にならないか?」
「いやだ。」
責めてさっきの手伝いだけにしたい。
「お前は十分に素質あるさ。私とパートナー組むといいよ。」
しつこく言われたので、“考えておく”とだけ言っておいた。その後も不良について色々説明された。“自由に生きられる”“強ければ金には困らない”そして、“人を殴っても罪悪感を感じない”だった。これには僕は反応せざるを得ない。昨日、僕は人を三人も殴っている。生きてるか死んでるかも分からない。イライラを解消した後に変わって感じるのが、罪悪感。物を壊した罪悪感、人を壊した罪悪感。どっちも心に溜めたく無いのは事実だった。“不良になれば罪悪感を感じない”というのは遥の出任せかもしれない。だけど、大きく僕の心を揺さぶったのは事実だ。
遥の倒した不良からお金を抜き取る日々が続いた夏休みも、残り一週間となっていた。正直、学校に戻るのが怖くなっている。遥は“夏休み以降も此処に住んでいいさ”なんて言っていたけど、それも迷いどころだ。元の家に戻れば確実に渚に危害が及ぶことは必須だろう。それは一番避けたい。
そんな事を考えていた矢先だった。遥が買い物に行き、僕一人で留守番を頼まれている時。チャイムのないドアがドンドンと叩かれる。僕が留守番をする時、よく“外出中に殴りこんで荒らす輩もいるから気を付けておきなよ。”と言われる。もしかしてその輩?と思ったけど、考えてみればそんな人が律儀にドアを叩くはずがない。それなら、いまだに遺産目当てに僕に集ろうとする親戚の人?いやいや、僕がここにいるなんて誰も知らないから、そんな事はありえない。せいぜい新聞とかの集金だと思う。遥は止められたら困るものにはしっかりと支払いをしている。例えば水道とか電気とか。僕にとってはちょっと意外だった。月末だし、集金に違いないだろう。遥はそれは適当に支払ってくれって言われてるし。
いまだドアを叩く集金の人に、“今出ますよ”と返してから財布を掴んで玄関に出る。鍵を開けてドアを開くと、そこにいたのは集金係の人ではなかった。
「渚…?」
「慶斗、やっぱりここにいたんだね。」
「帰って。」
ドアを閉めた。なんで、なんでここに渚がいるんだ?誰かに見られてそれを渚が知ってしまったのだろうか?
「慶斗、このまま話すね。私、慶斗に戻ってきて欲しい。私、慶斗が人を殴ったとしても、何とも思ってないよ。わかるもん、慶斗の気持ち。辛かったよね。私も一緒に悩んであげる。だから出てきて!」
一言一言を搾り出すように喋る渚。鼻がツンとなって泣きそうになってしまう。ドアを一枚隔てた向こう側には、どこまでも優しい幼馴染がいる。これ以上にどんな幸せがあるだろうか。それからの僕の行動は速かった。荷物を纏め、遥に置手紙を書いた。元の生活に戻る、と。本当は会って話をするべきだろうけど、渚に置いていかれるのが嫌だった。ドアを開けると、目の前にはいつもの様に笑顔の幼馴染が立っていた。
「おかえり、慶斗…」
「ただいま、渚。」
手を差し伸べてくる渚。その手を握る僕。そのまま並んで二人仲良く帰った。小学生かって突っ込まれそうだけど、まったく持ってそんな感じだった。握る渚の手は暖かく、僕に安心感を与えてくれた。
二、三週間ぶりの我が家はそのままの風体で僕を迎えてくれた。住むのは僕たった一人。隣の家には渚がいる。やっぱり安心できるのはここしかない。電話機を新しく買わなくちゃ。いや、いっその事携帯電話にした方がいいかもしれない。そうすれば親戚からの嫌な電話もなくなるだろう。明日から気持ちを切り替えて新しい生活をスタートさせるんだ。…あ、宿題何も手をつけてない。渚に見せてもらうように頼めるかなぁ…。
その後、特に遥が怒鳴りに来る事もなく、無事に夏休みを終えようとしていた。やり残しの宿題も先生に誤魔化せる程度となり、明日から始まる学校を欝に思っていたのだった。
その日の夕食は渚の家に招かれていた。ほとんど食事の世話をお願いしていたので、渚が持って来る手間が省けると思い、ありがたくお邪魔させてもらった。
「慶斗君も大変だったね。言ったかもしれないが、これからはうちの家族の一員と思っていくらでも甘えてくれ。」
「そうよ。困った時はお互い様なの。遠慮はしないでね。」
「ありがとうございます。」
異常とも思えるくらいの親切心を受け取りながら、夕食をご馳走になる。“明日から学校だから、スタミナ付けなさい”と渚のお母さんに言われ、その言葉に甘えさせてもらった。食後にお茶をもらって飲んでいると、玄関のチャイムが鳴る。渚のお母さんが出向いたのだが、異様に話が長い。回覧板の届けついでに話をしているにしては、話し声が小さすぎる。しばらくすると戻ってきた。
「慶斗君、ちょっといいかしら。あとあなた、来てもらっていい?」
「はい。」
玄関に行くと、見知らぬおじさんとおばさんが立っていた。知らないけど、僕が呼ばれた時点で誰かは見当がつく。こんな所まで来たのか。
「やぁ、慶斗君。大きくなったじゃないか。前に会った時は二、三歳だったからねぇ。覚えてないかもね…、あの時君のお父さん達は私たちに君を預けて出かけていたんだが、その時に…。」
言いたい事は分かった。隣の渚の両親も神妙な顔で、唇をかみ締めながら俯いている。
「私たちは今は外国に住んでいてね。慶賀叔父さんの事を知るのが遅くなってしまった。まさかこんなに早く死ぬとは思っても見なかったんだ。残念だよ。改めて明日お墓参りに行かせてもらおうと思っている。叔父さんの死を聞いて、君が一人になった事も理解している。あの時、君を私達と叔父さんのどちらがが引き取るかで揉めたからね。」
「それでね、良かったら私達と外国で住まない?勿論この国を離れるのが辛いのは分かるわ。だけど、慶斗君を一人にするのは私達としても心配なの。だから、来て欲しいのよ。」
今までの中で一番心が揺らいだ。爺ちゃんの死を初めて僕以外の人間が悲しんだ。しかも、ただ心配するだけじゃない。一緒に住もうとまで言ってくれている。
「…色々聞いたよ。遺産話で揉めていると。私たちはそれ相応の暮らしをしている。勿論君を養っていける蓄えだってある。実は君と同じ歳頃の娘がいるのだが、君を受け入れることに大賛成だよ。誕生日を考えれば君が兄となるが。“お兄ちゃんができる”と騒いでいるよ。今日は学校があってこっちには来ていないんだけどね。」
僕の心が、大きくこの人たちに傾いたときだった。急に僕の手を握る人がいた。
「慶斗、だめ、外国に行くなんて私、嫌だから。」
「渚…」
だけど、渚は渚のお父さんによって、僕から引き離された。
「渚、これは慶斗君の問題だ。彼が決めることだ、いいね?」
「はい…」
再び大きく揺れる僕の心。僕を心配してくれる親戚の人、行かないでと願う渚。
「一晩、考えさせてください…」
やっと出せた答えがこれだった。でも、今はまだ渚の存在が大きい。ここに留まりたいと言う願いが強くなった。その日はこのままお開きとなり、親戚の人は宿泊先のホテルへ、僕は自分の家へと戻っていった。
この日は、寝ることができなかった。寝ようと思っても無理だった。
・白虎遥の交換日記
なんだか皆面白いこと書いてるじゃないかい。しっかし、慶斗の事ばかりだねぇ、こりゃ。もう少し面白いことを書くといいさ。んじゃ、アタシが見本ってのを見せてやろうか。ん…そうだねぇ…。作者の恥ずかしい秘密なんてのはどうだい?あ、こら、勝手にアタシの日記を奪うんじゃないよ!




