sleeping ~夜這い~
~前回のあらすじ~
女湯覗きのデバガメ朱雀は、あっけなく椎名たちに見つかってしまう。二人に罵詈雑言浴びせられる朱雀だが、気絶した振りをすることでその難を逃れたのだった。
~予告~
ちょっとした閑話への導入が最後に
深夜。良い子は寝静まったこの時間帯。修学旅行などにおいて、団体の学生たちが住み慣れた町を離れ、遠くはなれた地で夜遅くにする事がある。即ち、“恋話”である。興奮と気の緩みから起こるこの現象は、妙な清々しさと共に夜を明かしていく。朱雀達の寝静まる男子用宿泊棟からそう遠くない女子の宿泊棟の一室では、例によってこの会合が始まっていた。顔を合わせて中心にライトを置き、話し込む6人の少女たち。主だったメンバーを見れば、椎名渚、宇津木夢、白虎遥、美月萌と言った所だろうか。先程の温泉で一波乱あった椎名に宇津木。朱雀の元相棒であり、今日も一頭の熊を仕留めて夕食の用意に一役買った白虎。そして昔の瀬波の愛のパートナーと自負する、西花高校の美月だ。彼女らも例外ではなく、恋愛の話に花を咲かせていた。普通なら学校が違うため、『実は××が好きなの。』等と言っても具体性が無いはず。だが、この6人は違った。話す人物が共通しているのだ。その名は、“朱雀慶斗”。南陽高校の一年生である彼は、この部屋の話の的となっていた。
「あの朱雀っていう子、食べちゃいたい。…ジュル」
こう話すのはもう一人の西花高校の生徒。どうやら、今日朱雀に“お姉ちゃん”と呼ばれた一人らしい。
「朱雀に変な事したら、アタシが殴るからね。」
拳を固める白虎。
「さぁさぁ、話を始めましょうよ。この中でけー君好きな人、挙手~。」
そう言いながら、手を挙げる宇津木。西花の二人も手を挙げた。しかしその目は濁っていたと言う。そして、どう言う訳か椎名に白虎、そしてもう一人の北川の女子は手を挙げなかったのだった。
「えぇ~。どうして?遥は昔のけー君の相棒でしょ?元恋人みたいなものじゃないの?渚だってさっきお風呂で…ムググッ」
「はいはい、私はどうでもいいから。」
「アタシは、背中を預けられる相棒だから別に好きと言うわけじゃないさ…。本当だ、そ、その目はなんなんだ?言っておくけねど、アタシと慶斗は特に特別な関係など…。」
「リーダーの元相棒に手を出すなんて、殺されても文句言えなくなるッス。」
と言うのが、三人の理由だ。しかし、乙女モード(?)に突入した宇津木の暴走は止まらない。ニヤニヤした顔で問い詰め始める。その貼り付けたような笑顔には、現役不良の遥でさえ恐怖する物があったという。
「ほらほら二人とも隠し事はしない。渚なんて幼馴染で家は隣。毎朝起こしに行って、朝食も一緒に食べてるじゃない。完璧なまでのシチュエーションじゃないの?それに遥!あなただってけー君の不良時代は一つ屋根の下で暮らしてたんでしょ?何もアクションが無かったとしても、何も思わない男女が一緒に暮らせるわけ無いじゃない。」
まくし立てるように喋った宇津木。ここまで言われては逃げ道はなく、二人は観念してしまった。
「そうさ、アタシだって余程気に入った奴じゃなきゃ相棒なんかに認めないさ。しかも同じ家で暮らすなんて…。人生のパートナーにしても良かったなぁなんて思ってたけど、慶斗が不良止めるって言った時は驚いたものさ。ま、そのきっかけは目の前にいるんだけどね。」
チラッと椎名を見た。昔に何が起こったのか知らない者たちはただ困惑するばかり、知るのはその当時の当事者だけなのだ。
「私も、慶斗は好き。好きだから何時も一緒にいたいと思ってる。でもね、でもね…、私…。“慶斗を恋愛対象に見ちゃいけない”の。」
顔を上げた椎名。その目には涙が浮かんでいた。誰かが、何故?と聞く間も無く、
「あ~ぁ、のど渇いちゃった。何か飲み物買って来るね。先生に見つからないように。」
バックから財布を取り出して、椎名が部屋を出ようとする。その時だった。白虎が椎名を呼びとめ、何かを放り投げた。慌ててなんとかキャッチに成功する椎名。それは暗がりでよく見えないが、缶入りジュースのようだ。
「何本か余計に持ってるから椎名も飲むといいさ。おごりだよ。」
「うん。ありがとう。」
プルタブを開け、一気に中身を煽る椎名。しかし、半分ほど飲んだ所でむせ返った。
「ケホケホッ、ちょ、ちょっと何これ!?」
急いで明かりをつける。椎名がジュースと思って飲んでいたのは、酎ハイだった。
「なんで酎ハイなのよ!」
「あ、ビールが良かったかい?」
「そういうことひゃにゃくて~。」
呂律がおかしくなってしまう椎名。どうやら速攻で酔ってしまったようだ。
「おいおい、半分だけで酔うのかい?しかも回るのがが早いねぇ。」
「しょんにゃこと、にゃいもん…ヒック」
完全に酔いが回っている模様。しかもこれだけでは終わらないようだ。
「よ、よ~ひ、慶斗の所に行くぅ~。こうなったら、寝取っちゃえばいいらもん。“過去の罪”が何よ、既成事実があれば敵なんてにゃいもん。」
「まってよ渚。一度考え直して!」
「にゃによ、夢ぇ。いつも慶斗にハミハミしてるのに、一人だけじゅるい!私なんてもっとしゅごい事が出来るんだから~。…、こうなったら勝負よ!誰が慶斗を寝取るかで。はい、スタート。」
そういうが早く、椎名は駆け出して言った。足元が危なかったことも追記しておこう。
「ゴメン、私、渚を連れ戻してくる。」
「アタシも行くよ。」
宇津木と白虎も駆け出して行った…。
「行っちゃったッスね…。」
「そうね…。」
「寝ることにするッスか?」
「そうね…。」
取り残された3人は、どこか意気投合したように見えた。
「渚、止まって!」
抜き足差し足をしながらも走り続ける宇津木と白虎。その前を何も気にせず走る椎名。先程から巡回の先生を目に見えぬ速さで昏倒させながら、夜中の逃走は続いていた。そしてとうとう朱雀の眠る部屋に来た。普通なら男子だって枕投げやら何やらで盛り上がる所だが、生憎朱雀は精神的に、青龍たちの他のメンバーは肉体的に疲れていて、今は全員ぐっすりと眠っているのだった。
「さぁて、さっき先生から貰ったマスターキーで…」
軽くガチャガチャやると、簡単にドアが開いた。
「慶斗ぉ~。」
そこに宇津木と白虎も到着する。そこで彼女たちが見たのは、窓際の二段ベッドの上段で、月明かりに照らされながらウットリとする椎名の顔だった。二人が近付いても気づかない。いや、気付こうとしない。慶斗の寝顔を眺めながら涙ながらに呟くだけだった。
「ごめんね、慶斗…。私、慶斗が本当に好き。だけど、駄目なの。慶斗を傷つけた本当の犯人は、私って言っても過言じゃないから。私は、慶斗を愛せる資格なんて無いよぉ…。」
そのまま朱雀の横で寝息を立て始める椎名。宇津木たちが覗くと、二人が隣同士で優しく寝息を立てていたのだった。
「ねぇ、遥。この二人を見てると最高のカップリングに見えない?」
「アタシもそう思う。だけど、一度私の心に火をつければその火を消す事は難しいね。」
「私もよ。こんな所で負けてられないわね。」
そういうが早く、二人も二段ベッドの上段に登った。押し合い圧し合いしながらも、なんとか登りきった。ベッドがギシギシと断末魔の悲鳴に近い音を出していたが、気にしなかった。
「私、“あの時”からけー君がすっごく好きだよ。」
「慶斗、もしお前が振り向かなくても、私はずっと好きでいるさ。」
そのまま、二人も夢の中へと入っていった。朱雀がうなされようが、汗をダラダラとかこうが、三人は気にせず眠り続けたのだった。
―朱雀の夢の中
あれ、僕はなんでこんな真っ暗な所にいるんだろう?そっか、これは夢なんだ。あ~ぁ、それ位なら熊に追いかけられる夢の方がましかなぁ…。こんな中に一人でいるとあの時を思い出す。意地張って遥と不良なんかやってたけど、心の中は孤独だった…。遥がその度に支えてくれたけどね。
聞いた話によると、自分が夢を見ていると自覚していればある程度の自由が利くと聞く。たとえば魔法が使えるヒーローになれるとか?折角なんだから使ってみようか。
結果、使えなかった。なんでさ!?なんで使えないの!
「それは貴方がいろいろ失ってるからです。」
誰!?後ろから急に光が差して来たので振り返ると、申し訳程度の布を巻いた女性が。僕はそういうの管轄外なんで止めてください。
「何故興奮しないのですか!?男は皆狼と聞いていますのに。」
「例外もいるってことだよ。僕は…」
「異常性癖?」
「何でさ!僕はあまり、その…、なんて言うか…。」
「見慣れてると?」
「違うって!」
この人と話してると疲れる。どうやったらそんな思考回路を作り出せるんだよ。こんな神々しい光を出す人が変な考えを持つとか…。
「で、アナタは誰?ここで僕の予想では女神か何かと思うんだけど…。」
「ぐっ、何故わかりました!?実は本当は私は小悪魔系に憧れて、天女の羽衣をヘビメタ式に破いて羽織っただけの女神だと分かったのですか?」
「そこまで推測してないから。」
だめだ、この人といると僕が突っ込みキャラになってしまう。僕は本当は初心で純朴で天然で鈍感で童顔でボーイッシュ的な女の子のはずなのに。ハウッ!?今僕自分で自分のことを女の子って言っちゃったよ。僕は男だもん。冷静になれ、僕…。
「で、その小悪魔系女神さんが僕に何の用ですか?」
「いや、貴方に用があるわけではないので、これにて失礼。」
「ちょっと待ってよ、なにそのオチ?」
「冗談です。ちょっとやって欲しいことがありまして。」
「魔王退治なら遠慮させていただきます。」
こういう場合、そういう関連に繋がる確率が高いんだから。
「またバレましたか…。じゃ、もう一つのコースでいいですね。」
なんで選択肢がコース制になってるの?なんで僕が何処かに行くこと前提になってるの?
「勇者を成敗しに行ってください。」
……、色々突っ込みたいけど、突っ込んだら負けなんだと思う。
「分かりました。武器をください。」
「有りません。拳一つで語り合ってください。」
なんで青春のワンシーンみたいになってるのさ?
「では、お供を…。出てきなさい。」
そう言って、出てきたのは、ツバメと猫と犬…の格好をした夢と渚と遥だった。
「渚たち、何やってるの?」
「私は鷲だよ、けー君。」
「どうも、ライオンです。」
「アタシはウルフさ。」
あぁぁ、突っ込みたい。マジで突っ込みたい。どう見てもこの展開は無いでしょ。コスプレした渚たちに鷲だのライオンだの言われても、渚が猫のコスプレが嫌に似合ってるとしか思えない!
「因みに勇者軍は、魔法と剣術を使う勇者と、頭の回転が無駄なほど速い策士と、斧を扱う無敵戦士と、ウザイ魔法使いが二人います。」
最後が何か引っかかるけど、勇者軍強すぎだって!剣と魔法と斧に対して、拳一つで立ち向かえ?しかもこっちの味方は動物ってどう言う事?それにアレだよね?勇者に歯向かうって僕達悪者じゃん。
「では、いってらっしゃ~い。」
こうして、僕達の突っ込みどころ満載の勇者討伐の物語は始まった。
感想なんて来なくても普通だよね、だって僕が昔あんな感じだったし…。 by 朱雀・ネガティヴver (笑)