隠し事をする人なんて嫌いですわ。女を馬鹿にする人も嫌い。わたくし今は幸せよ。さようなら。ルシウス様
ミルデリーヌ・ハルディルク公爵令嬢は、17歳。
平凡な茶の髪と顔立ちの令嬢である。
フェデル・カルク公爵令息がミルデリーヌの婚約者である。
歳は23歳。金の髪に青い瞳のそれはもう美しき男だ。
彼は酷い男で、会うたびに貶めてくるのだ。
今日もハルディルク公爵家の庭でお茶を二人で飲んでいるのだが、フェデルは尊大な態度で、
「お前のような冴えない女なぞ、我が公爵家が嫁に貰ってやらねば、行き場がなかっただろう。私のような美しき男の妻にはふさわしくないが、我慢して貰ってやるのだ。私の言う事はなんでも聞け。口答えをするなっ。いいな。女は3歩、いや、100歩、下がって男の言う事を聞くのが当然だ」
「承知しております」
と、ミルデリーヌは同意をする。
ミルデリーヌは幼い時は病弱で、最近、やっと健康になったのだ。
本を読むのが好きで、とても気弱なおとなしい令嬢だった。
カルク公爵家とは政略で、父親同士が勝手に決めた婚約。
父親が決めた婚約におとなしく従ったまでの事。
公爵令嬢としてお父様に従うの。
こんな冴えない自分を妻にと望んでくれた、フェデル様に感謝しなくては。
そこへ、先日、引き取った義妹アデラがやってきた。
彼女は父が市井の女に手をつけて出来た娘だが、母が亡くなったと泣きついてきたのだ。
「私のお父様はハルディルク公爵様と聞いているわ。母が亡くなったの。どうか私を引き取って下さい。」
自分より2歳下の15歳の義妹。
父はアデラの母との事に覚えもあったし、何より、アデラは父にそっくりだった。
可愛らしい顔立ちだが、美男の父の顔立ちにどこか似ていて。
父は喜んでアデラを引き取り、面倒を見ると言ったのだ。
母も、父には逆らえず、アデラを引き取る事を了承した。
この王国の貴族は、男にしか爵位の継承権が認められず、男尊女卑の傾向にあったから。
ミルデリーヌも当然、母を見て育ってきたし、夫となるフェデルの要望に従うのは当然だと思っていた。
義妹になったアデラが金の髪に青い瞳をキラキラさせて、お茶の席にやってきたのである。
「私、アデラと申します。わぁ、王子様みたいに素敵」
「アデラか。そういえば、ハルディルク公爵が引き取った娘がいると言っていたな」
アデラに向かってフェデルはにこやかに、
「お前の方が美人だ。お前と婚約者を代わってもいいな。連れ歩くには美人がいいに決まっている。おい、お前。お前は私の婚約者になる気はないか?可愛がってやるぞ」
アデラはにこにこしながら、
「王子様みたいに素敵って、一応お世辞を言ったけど、私、外見だけしか見ない人なんて嫌いです。顔がいいからって、上から目線で、婚約者にならないかって言うんじゃないわよ。私、立ち聞きしていたんだから。お姉様を凄く馬鹿にしていたでしょう。女は100歩下がって言う事を聞けって?冗談じゃないわ。お貴族様はそうかもしれないけど、私は嫌。男が100歩下がって女の言う事を聞くのが当然でしょう。だって女は子を産んで、家の柱になるってお母さんが言っていたわ」
フェデルはぶるぶると震えて、
「なんて失礼な女だ。私に対する無礼。ハルディルク公爵にこの無礼を報告してやる。私はカルク公爵家の跡継ぎだぞ。いずれカルク公爵になる。嫁に貰ってやるって言っているんだ。私のような地位も美しさもある男は令嬢達なら大喜びするぞ。それなのになんていう無礼」
アデラも負けてはいない。
「えええ?まず、婚約者って勝手に代えられるの?信じられない。家同士で話し合って決めた婚約ってお父様が言っていたじゃない。それを妹の方が美人だから代えろって、それこそ、お姉様を馬鹿にしているわ。お姉様はとても努力家なのよ。立ち居振る舞いも美しくて、勉学も家庭教師の人達が優秀だって褒めていたわ。あなたの目って節穴なの?そんな大きな目をして何も見えていないの?お嫁さんにするなら優秀な方を嫁にするのが当然じゃない?頭おかしいの?」
そこへ、父が母を従えて、にこやかに出てきた。
ハルディルク公爵の父が、
「婚約者をアデラにするのは認めない。アデラはまだ、市井から来て日が浅い。そちらへ嫁いで何も出来ない妻じゃ困るだろう?」
フェデルは黙り込んだ。
実はカルク公爵家は名門中の名門なのだが、領地経営が上手くいかず、ハルディルク公爵家に援助を求めていたのだ。だから、ハルディルク公爵家との婚約が無くなると非常に都合が悪かった。
ハルディルク公爵はちらりとフェデルを見つめ、
「資金援助の話は、なかったことにした方がいいようだ。次期公爵家の当主がこれではな」
フェデルは、背を向けて、
「父上に言いつけてやる。我が名門と結ぶ事はそちらにとっても有益なはずだ。そこの娘は私がせっかく妻にしてやるというのに、言いたい放題。このことも父上に報告してやる」
アデラがにこやかに、
「二度と、お姉様の悪口は言わないでほしいわ。顔はいいけど、性格が最低な男っ」
手でシッシッと追い払った。
フェデルは転がるように、公爵家の庭から出て行ったのであった。
ミルデリーヌから見れば、困った義妹である。
フェデルに喧嘩を売ったのだ。
だが、何故か心が晴れやかだった。
「有難う。アデラ。わたくし、ずっと我慢していたの。貴方の言葉、すっきりしたわ」
こっそりと、アデラに礼を言う。
アデラは両腕を組んで、
「ああいう男はガツンと言ってやらないと、まぁ言っても解りそうもないけど」
アデラが頼もしかった。
自分はとても気弱だ。夫となる人に従うのは当たり前の貴族社会。それに反論することは許されない。
それでも、アデラのフェデルをやり込める様子が、とても気持ちよかった。
それから、三日後、フェデルは反省した様子もなく、ミルデリーヌは王都のカフェに呼び出された。
アデラが、付き添いを申し出てくれた。
「私も一緒に行くわ」
「有難う。心強いわ」
アデラの気遣いが嬉しい。
護衛騎士を引き連れ、馬車に乗って、指定されたカフェに出向いた。
フェデルはカフェの椅子に座り、両脇に、下位貴族の令嬢を侍らせて、
「遅いぞ。なんだ、この間の無礼な女も一緒か」
アデラはにこにこしながら、
「何ですか?その両脇の人達は?」
フェデルは令嬢達の腰を掴んで引き寄せる。
「きゃぁフェデル様ぁ」
「そんな密着して恥ずかしいわっ」
そう言いながら、令嬢達はフェデルに豊満な胸を押し付けていて。
アデラは吐き捨てるように、
「両脇にいるのは何?貴方達はどなた?こいつはお姉様の婚約者なのに、何べたべたしているのよ」
子爵令嬢は、にこやかに、
「フェデル様に許されてお傍にいるのですっ。とやかく言われる筋合いはないわーー」
男爵令嬢もフェデルに胸を触らせながら、
「そうですう。私達、フェデル様に愛されているんですう」
フェデルはどや顔で、
「私はそれはもう美しいからな。こいつらは将来愛人でもいいと言っている。当然、愛人を認めて貰うぞ」
アデラが呆れたように、
「お姉様。この結婚止めた方がいいと思いますっ。だって、愛人を認めろだなんて、正妻になるお姉様をどれだけ馬鹿にしているかしら。やはり、顔だけで頭は空っぽみたいですね」
ミルデリーヌはアデラを窘める。
「さすがに言い過ぎよ。アデラ。夫になる方が愛人を持ちたいと言ったら、従うのが貴族の常識よ。」
「だってっ。そんなの間違っているっ。お姉様、バシッと言ってやった方がいいです。どれだけ男が偉いんですか?お母さんが言ってました。女だって子を作り、家庭を守って偉いんだと。奥さんを泣かせる夫なんてクズでしょう?こんな男は婚約を止めた方がいいですっ!」
アデラの言葉に、フェデルは喚き散らす。
「夫に従うのが妻の役目だ。私が愛人を持つことを反対する権利は妻にはないっ!」
ミルデリーヌはアデラの手を握る。
アデラはわたくしの為に怒ってくれた。
夫に従うのは妻の務め。でも、わたくしは……この人と結婚して幸せが見えない。
泣きながら暮らすのは絶対に嫌……
そう、強く思ったの。
「貴方と結婚する位なら、わたくしは修道院に参ります」
アデラがびっくりした顔をする。
「お姉様?」
「だってそうでしょう。こんな男と結婚したら先行きどうなるか。愛人に子が出来たら?それを嫡男にして、わたくしをないがしろにするでしょうね。それとも、愛人の管理までわたくしにやらせるのかしら。どっちにしろ結婚したらわたくしはこの男の奴隷扱い。いくら夫に尽くすのが妻の務めといえども、冗談じゃないわ。わたくしは修道院へ参ります。愛人さんたちとお幸せに。それではご機嫌様」
フェデルは慌てたように、
「嘘だろう?修道院っていったら、美味いものも食べられないし、娯楽もない、つまらない所だぞ。公爵令嬢がそんなところで暮らせるか。ふん。私に謝れ。暴言を許して下さいと、今なら許してやるぞ」
子爵令嬢も、うふふふと笑って、
「そうですわ。謝りなさいよ」
男爵令嬢もフェデルの頬にチュッとキスを落としてから、こちらを見つめ、
「愛人で我慢してあげますう。だから謝った方がいいですっ」
いつの間にかアデラがいなくなっていた。
どこからかバケツ一杯の塩を持ってきて、フェデルと令嬢達にバケツを振り上げ、ざぁっと塩を投げつけた。
塩まみれになるフェデルと令嬢達。
フェデルが立ち上がり、
「覚えてろよっ」
令嬢達も涙目になりながら、
「もう、塩だらけっ」
「最低っ」
逃げて行ったのであった。
ミルデリーナはアデラに感謝をした。
「すっきりしましたわ。アデラ。貴方のお陰よ」
「私のお陰?」
「貴方が言いたい放題、やりたい放題。わたくし見習う事にしましたの」
「修道院なんて行かないで。お姉様っ」
アデラが抱き着いて来た。
「私、マナーも何も解らないけど、お姉様が出来て嬉しかった。だからこれからも一緒にいたいの」
「有難う。アデラ。わたくしも可愛い妹が出来て嬉しかったわ」
アデラを見ていると勇気が湧いて来る。
自分の為に怒っていくれるアデラが愛しくて愛しくて、ミルデリーナは幸せを感じた。
屋敷に戻り、父に修道院へ行くとはっきりと伝えた。
「夫の言う事を聞くのが妻の務め。でも、わたくしはフェデル様の言う事を聞きたくありません」
「何だと?」
「お父様。わたくし修道院へ参ります」
父は母ソフィアを怒鳴りつける。
「どういう教育をしているんだ。私に、公爵家の当主にこのような口を聞くだなんて」
母は涙を流しながら、謝り続ける。
「ごめんなさい。貴方。ごめんなさい」
そして、ミルデリーヌに向かって、
「お父様に謝りなさい。フェデル様と結婚しなさい。それが公爵家の娘としての務めよ」
ミルデリーヌは母の手を握り締めて、
「わたくしは嫌になりました。あんな男に従って、奴隷のように生きたくはない。だから、修道院へ参ります」
母は黙って抱き締めてくれた。
ミルデリーヌは部屋に閉じ込められた。
どこへも行かないように。
フェデルとの結婚も早められたようで、
アデラが部屋の前で見張りをしているメイドに許可を貰って、中に入って来た。
「お姉様っ。私、私っ……」
アデラが泣きながら抱き着いてきた。
アデラの髪を優しく撫でる。
この子は心配してくれているんだわ。
「有難う。アデラ。貴方の優しさがわたくしの唯一の救いだわ」
そこへ、執事がノックをして入って来た。
「ミルデリーヌお嬢様。旦那様が客間に来るようにとの事です」
客間へ行けば、見知らぬ青年と、父ハルディルク公爵がソファに対面に座っていた。
父の隣に腰かける。
父はミルデリーヌに、
「お前の新しい婚約者だ」
「ルシウス・カルクと申します。フェデルの弟になります」
「え?フェデル様の?」
ハルディルク公爵はにこやかに、
「フェデル殿は急な病でね。領地で静養するそうだ」
「よろしくお願いします。ミルデリーヌ嬢」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
初顔合わせという事で、二人で庭を散歩することになった。
フェデルも美しい顔をしているが、弟ルシウスもそれはもう美しい顔をしていた。
ルシウスはミルデリーヌの手を優しく握って、こちらを見つめながら、
「兄上が迷惑をかけていたようで、申し訳ない」
「いえ、迷惑だなんて」
「もう、安心して欲しい。兄上は残念ながら、病にかかってね。治る見込みのない病に。だから、次期当主は私になる。私は女性を尊重するよ。隣国に留学経験があってね。そこの貴族は皆、妻を大切にし、その意見を尊重するのが当たり前だという考え方をしていた。だから、私もそのようにしたい。君の意見をちゃんと聞いて取り入れて、よい夫婦関係を築きたいんだ」
フェデルとは違うルシウスの言葉。
嬉しかった。
「有難うございます。とても嬉しいですわ」
「だから修道院へ行くだなんて言わないで……」
「はい……」
胸がドキドキした。
この人となら、幸せになれる。そう思った。
妹のアデラにその事を話すと、妹は、
「相手も必死だわね。お姉様に修道院へ行かれたら、カルク公爵家はハルディルク公爵家から援助がもらえないもの」
「確かにそうかもしれないけど」
何だかアデラの言葉が引っかかる。
執事に頼んで、ルシウスの事を調べて貰う事にした。
翌日、何故かフェデルが屋敷の前で喚いていた。
「ミルデリーヌっ。門を開けてくれっーー。君は私の婚約者だろう。父上ったら酷いんだ。領地へ行けって。私のような優秀な美しい嫡男を華やかな王都から追いやってどうするんだ?」
アデラが憤慨して、
「ぶんなぐってきましょう。お姉様っ」
ミルデリーヌは背筋を伸ばして、
「お話をしてきます」
フェデルが簀巻きにされて、馬車に乗せられる所だった。
ルシウスがにこやかに、
「兄上が迷惑をかけてすまない。領地へ連れて行くから」
フェデルが叫ぶ。
「嫌だーーなんで簀巻きにされているんだ?私に対して失礼ではないか?」
父ハルディルク公爵が現れて、ルシウスに一言。
「二度とそこの愚物を目にふれさせないでくれ」
「承知しました」
ルシウスはフェデルを護衛騎士に馬車に押し込ませて、去って行った。
それから一月後、晴れ渡った初夏の風が気持ちいい。
ミルデリーヌは、アデラと母ソフィアと共に隣国行の船に乗っている。
結婚前の女達だけの旅行をしたいと、母が父を説得してくれたのだ。
父のいう事をばかり聞いて従って来た母。
そんな母が旅行を計画してくれた。
来月ルシウス様との結婚式を控えている。
ルシウス様はとても優しく、ミルデリーヌを尊重してくれる。
でも……
甲板で海を眺めていたら、母は優しくミルデリーヌに話しかけてきた。
「わたくしはこのままお兄様の所へ行こうと思うの、もう王国へは戻らないわ。あの人の傍にいるのはもう嫌。わたくしの意見一つ聞いてくれず、疲れたの。貴方はどうするの?カルク公爵家に嫁ぐの?」
「お母様が旅行を計画して下さった時、隣国の伯父様の所へ行くつもりだという事がわかっておりましたの。だって、大事な宝石を鞄に詰めていたから。わたくしお母様と共に行きますわ」
アデラも楽し気に笑って、
「帝国ってどんなところなんですか?今からとても楽しみ」
ルシウス様はとても優しくて、紳士だけれども、貴族社会が嫌になったの。
フェデル様はあの後、病死なさったわ。
ルシウス様が毒殺したに決まっている。
それに……
執事が調べてきたルシウスの調査結果の紙を眺める。
貴方の事、信じられなくて。
風に煽られて、その紙は海に向かって飛んでいった。
ミルデリーヌ達は二度と王国へ戻らなかった。
父ハルディルク公爵が迎えに来たけれども、伯父が追い返してくれたのだ。
ルシウスからは一年くらい、手紙で戻って来て欲しいと懇願してきたが、返事も返さなかった。カルク公爵家は財政難で、王家預かりになり、親戚筋が跡を継いだらしいという話を伯父から聞いた。
アデラは出て行った。
「お姉様の傍にいたいけど、やはり私は貴族社会は合わないわ」
商会に雇われてそこの商人といい仲になり、嫁いでいった。
二人の結婚式には、伯父や母と共に出席し、幸せそうな義妹の様子に涙が止まらなかった。
「もうすぐ、夏ね……日差しが眩しいわ」
とある初夏の暑い日。ミルデリーヌは帝国図書館の前で馬車を降り、日傘を差す。
図書館へ入る前に、庭を散歩しようと思い立った。
ルシウスとは付き合いが短くて、庭を何度か散歩したり、テラスでお茶をしたり、そのたびにルシウスは愛を囁いて来た。
胸がドキドキした覚えはある。
淡い恋心はある日を境に綺麗に消え去った。
「嫌な事を思い出したわね」
帝国図書館の庭が、ハルディウス公爵家の庭に似ているせいかもしれない。
ふと、背後から声をかけられる。
「久しぶりだね。ミルデリーヌ」
「ルシウス様?」
「何度も手紙を出したのに、戻って来てくれないなんて」
「だって、わたくし…‥」
「少し話をしよう」
図書館に併設されているカフェで話をする。
「帝国の事務局で働いているんだ。結局、ハルディルク公爵家の援助が受けられず、我が公爵家は王家預かりの上、従兄が継ぐことになってしまった」
「ごめんなさい。わたくしが逃げたせいよね」
「兄上を殺した私が怖くなったのだろう?」
ルシウスは言葉を紡ぐ。
「必死だったんだ。公爵家の為に兄上は邪魔だった。私はカルク公爵家の為に……」
「もう、過ぎた事ですわ」
ミルデリーヌは立ち上がった。
「そろそろ、行かないと。失礼致しますわ」
席を立つと、ルシウスに腕を掴まれた。
「ミルデリーヌ。私にチャンスをくれないだろうか?帝国のしがない事務官だけれども、私はただ、愛しい妻と、可愛い子達と共に暮らしたい。君の傍にいたいんだ」
「そうね…知らないと思っていたのかしら?カルク公爵家の事業の失敗は貴方が原因だということを……」
「え???」
「無謀な投資をしたと聞いているわ。それに、貴方は金遣いが荒かった。賭け事にもはまっていたと……」
「それは昔の話だ。今はっ……」
「ミルデリーヌ。そちらの方は?」
ミルデリーヌは声をかけてきた、男性に飛びついた。
「貴方、どうしてここへ?」
「窓から君が見えたんだよ」
ルシウスが驚いたように、
「そちらの人は……」
「わたくしの夫ですわ」
そう、伯父が紹介してくれた伯爵令息と気が合って結婚したのだ。
彼はとても気さくな人で、ミルデリーヌを尊重してくれた。
ルシウスはがっくりと肩を落とす。
ミルデリーヌはルシウスに向かって、にこやかに微笑みながら、
「隠し事をする人なんて嫌いですわ。フェデル様のように女を馬鹿にする人も嫌い。今の夫はとても誠実なの。わたくし幸せよ。さようなら。ルシウス様」
夫に向かってルシウスの事を説明する。
「あの方は昔の知り合いよ。偶然、声をかけられたの」
「そうか。外で食べて帰ろう。素敵な店を見つけたんだ」
「まぁ嬉しいっ」
夫と共にカフェを出た。
のちに帝国の事務官、ルシウス・カルクは、多大な借金を抱えており、それを返済する為に、某匿名希望の騎士団に身売りした。彼はそこで借金返済を頑張っているらしい。
ミルデリーヌは、愛する夫との間に、二人の子供に恵まれた。
アデラも子連れで時々遊びにきて、母や伯父も交えて、幸せに暮らしたと言われている。