なぎさ
「お兄ちゃん、おはよ! 朝だよ~」
今日も朝からあやめのモーニングコールで目が覚めた。
「おはよう。 あやめ。 今日もいい天気だな」
窓から差し込む朝日が、あやめの茶髪のポニーテールをきらきらと輝かせていた。
「うん! 今日、クラブの見学に行くから丁度いいよ」
あやめはわくわくした様子を見て少し安心した。
昨日の事があったから少し心配していたが、あやめも大丈夫なようだ。
俺はベッドから起き上がり、あやめと一緒に朝食をとる。
「クラブ活動か。 どんなクラブに興味があるんだ? また美術部?」
俺が気軽に尋ねてみると、あやめは目を輝かせながら答えた。
「うーんとね、大学だし、色々と見てみたいなって思ってるの! 美術部もいいけど、もっといろんなこと、試してみたいんだよね〜」
「相変わらず好奇心旺盛だな。 昔から、すぐに何にでも飛びついてたもんな」
「あはは、そうだったね! YouTube見て泥団子作りにハマって、『美しいそうな泥団子屋さん』を始めた事もあったね~」
「それから、あの自作ボードゲーム。 家族会議が大混乱したよな」
「うん、でも楽しかったよ~!」
「ギターにも挑戦したり、カラオケで100点を出すのに挑戦してた時期もあったよね」
「えへへ、色々やってみたくなっちゃうんだよね」
と少し照れくさそうに言った。
「でも、その中でずっと続けているのは絵を描くことか」
俺自身、絵を描くことが趣味のようなものだ。
その影響を受けてか、あやめも絵だけは今でも時々描いているようだ。
「うん、絵は特別なんだよね~ でも、新しいことにチャレンジするのもやっぱり楽しい!」
俺はあやめのその姿勢を見て、いつも新しいことに挑戦する彼女に感心しながらも、そんなあやめをこれからも応援していきたいと改めて思った。
「おっと、もうこんな時間か」
時計を見ると、もう出る時間になっていた。
「じゃあ、先に出るよ」
「うん!行ってらっしゃい!今日もお仕事頑張ってね~♪」
(最初は一人の方が落ち着くと思っていたが‥‥)
あやめがいるこの生活にも少し慣れてきた。
いつも通りの元気な見送りを受けて、俺は会社へと向かった。
☆☆☆☆☆
電車に揺られながら、俺は昨夜の帰り道を思い出す。
あやめから好きな人がいるのかと問われた瞬間、夢に出てきた女性の顔が思い浮かんだ。
昨日は、はぐらかした事もあり、あやめは「むぅ〜」と、いまいち納得をしていない表情をしていたが、それ以上深掘りされても困るので、気付かない振りをして家路を急いだ。
(美香さん‥)
新人の頃からお世話になっている美香さんには、少なからず尊敬の念を抱いている。
でも、彼女への感情が恋愛かどうかは、正直なところ自分でもよくわからない。
美香さんは間違いなく美人で、整った顔立ちとスタイル、そして凜とした雰囲気は日本刀のように鋭く、その美しさはどこか近寄りがたい。
確かに仕事に関しては厳しいけれど、ミスを重ねる新人だった俺を決して諦めず、根気強く指導してくれた。
俺が新人の頃にミスをしすぎて、怒りを通り越し、呆れられてしまった事も1度や2度では無い。
それでも彼女は諦めずに俺の面倒を見てくれた。普通ならとっくに育成を諦められてもおかしくない状況だったが、彼女はそんな俺を見守ってくれたんだ。
だからこそ彼女が部下想いという事は、俺自身がよく知っている。
入社当時、プライベートも仕事も上手くいかずボロボロだった。
そんなどん底から這い上がることができたのは、間違いなく美香さんの存在が大きい。彼女がいなければ、俺はもう今の会社にはいないかもしれない。
下手をすれば、自信を失ったまま、無職になり実家へ帰っていた可能性もある。
(恋愛ってなんなんだろう‥)
そんな青い学生のような事を考えながら、電車を降り会社へ向かった。
☆☆☆☆☆
出社後、美香さんと出会い、かるく挨拶をする。
「美香さん。 おはようございます!」
「おはよう。 今日も宜しくね」
(美香さんも本当に美人なんだよなぁ)
美香さんはほんわかしたエミと正反対で、強く厳しいクールビューティーという印象だ。
まさしくプロフェッショナルという感じで、チームを引っ張っていく優秀なリーダータイプ。
なんというか男前な人だ。
それでいて面倒見もいいから、女性社員からの人気が特に高い。
かなりの美人なので、男性社員からも人気はあるものの、「怖い」という印象が強いようだ。
(お酒を飲むとポンコツになるんだけどね‥‥)
美香さんは新人の頃に、顧客との飲みの席で大失敗をやらかして、以降は仕事関連の人と食事に行っても飲まないようにしている。
以前、かなり我慢をするからストレスが溜まると、酔っ払いモードの時に愚痴っていた。
「高橋君おはよ!」
そんな事を考えていたら、エミが挨拶をしてくれた。
「ああ、おはよう。 昨日はとっても美味しいお店を教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。 ‥‥あの後あやめちゃん大丈夫だった?」
エミは少し心配そうな顔をしながら、こちらへ質問してくる。
「大丈夫だよ。 やはり怖かったみたいだけど、朝は普通にしてたし」
「それなら良かったね。 でも、同級生なら学校でも顔を合わせるだろうから気まずいかな。 変な事されなければいいけど‥‥」
そのあたりの懸念点はあるが、あまり心配はしていない。
昨日の雰囲気を見る限り、例の男の子があやめに何かをする可能性は低いと思っている。
そして、あやめは武術の心得も少しあるので、その辺の男の子では返り討ちに合うだろう。
色々な事に興味を持ってチャレンジしている事で安心感につながるのも素晴らしい事だ。
同級生の男の子には気の毒だが、しばらくは気まずい状況のまま頑張ってもらおう。
「エミさーん!センパイ!おはようっす!」
相変わらずの元気さで挨拶してきたのは、なぎさだ。
彼女は俺たちの2年後輩にあたり、入社してすぐに同じチームに配属された。
入社当時は本当に大人しい雰囲気だったのだが、いつの頃からか、今のような悪ふざけが服を着て歩いているような後輩になってしまった。
育て方を間違えたかな?
「センパイ、また失礼な事を考えてないっすか?」
メガネの端を指で持ち上げながら、疑わし気な目でこちらを見てくる。
「なんでもないよ」
と、適当にあしらっていると、なぎさから質問が飛んできた。
「そういえば、昨日は二人でどこに行ってたんっすか? 気になって夜しか眠れなかったっす!」
「ふむ、普通に眠れているということだな。 昨日は食事と仕事の打ち合わせをしてただけだよ」
「ふ~ん、ほんとっすか~?」
なぎさはまたメガネに手をかけながらジト目を向けてくる。
「てっきりセンパイが我慢しきれなくて、どこかに連れ込んだのかと思ったっす!」
「ちょ!なぎさちゃん!そんなことないよ!ホテル街には行ったけど‥‥」
その発言を聞いた瞬間、なぎさのメガネが光ったように見えた。
エミさんよ‥‥そこで言葉を止めると誤解しか生まない‥
「やっぱりセンパイはケダモノっす!ヘンタイっす!ケダモノっす!」
なぜケダモノを二回言う。
いや、じゃなくて!
「誤解だ誤解!飲食店がホテルの隣にあっただけで‥‥」
「ほほぅ‥‥つまり計画的犯行って事っすね!」
「じゃなくて! そもそもお店はエミが決めて‥‥」
「なんと! エミさんが!? なんてダイタンっす!」
「いや! だから!」
このままじゃ埒があかないと思いつつ、弁解を続けていると‥‥
「オホン‥‥何やら楽しそうにしているじゃないか」
「あ‥‥美香さん!」
「のんびりお喋りしているという事は、頼んでいた資料は完成しているのかしら?」
振り向くと笑顔で美香さんが立っていた。
笑顔だが‥‥目が笑ってない‥‥
辺りを見回せば、なぎさはいつの間にか逃げていた。
「すみません、まだです」
俺は正直に告げる。
こういう時は言い訳する方がマイナスに働く。
美香さんは小さなため息をつき
「よろしい。 メンバーとのコミュニケーションも大切だけど、仕事もしっかりするのよ」
「はい!」
良かった、注意はされたけど、おとがめ無しだ。
と思った矢先‥‥
「あと‥社内でホテルに連れ込むとか卑猥な話を大声でしないように」
それはなぎさが‥‥と言いかけたが、火に油の可能性があったので、大人しく頷くにとどめるのだった。
☆☆☆☆☆
「センパーイ! 一緒にお昼食べるっすよ~♪」
「午前中に俺を見捨てて逃げたなぎささんではないですか」
「うぐぅ! あ‥‥あれは戦略的撤退っす! あのままいても被害が増えるだけだったっす!」
なぎさがよく分からない言い訳をしているのを聞き流しながら、昼食をどうするか考える。
「今日は牛丼にするか」
ここ数日、少し出費が激しかったので、今日は安い!早い!うまい!がキャッチフレーズの牛丼にする事にした。
「女の子がランチに誘ったのに、牛丼屋を選ぶんっすか!?」
「嫌なのか?」
「全然OKっす!」
なぎさは気を使わなくていいのが本当に助かる。
なんというか、男友達といるような、そんな雑なやりとりが出来る。
「じゃあ、行くか」
「うっす!」
☆☆☆☆☆
流石に昼食時、お店の中は牛丼を求めて並ぶサラリーマンでいっぱいだ。
ゆっくり出来るような状況では無かったので、軽く昼食を済ませた俺たちは、近くの公園に来た。
春らしい暖かさを感じながらぼーっとする。
なぎさは「ブランコっす!」と言って、ブランコに乗りに行った。
「センパイもどうっすか! 今なら乗り放題っすよ!!」
「いや、遠慮しておく。 ベンチでのんびりするよ」
子どもみたいだなと思いながらも、飾らないなぎさを羨ましくも思う。
同時に、人見知りで人付き合いの苦手な俺にとって、気楽に接する事が出来るなぎさは貴重な存在とも言える。
美香さんは付き合いが長いとはいえ、やはり気軽に冗談を言える相手ではない。(お酒が入ると別だが)
エミは同期だから緊張するような相手ではないが、違う意味でドキドキしてしまう。
そう思えば、家族以外で飾る必要が無いのはなぎさくらいか。
(いや、もう一人いるか‥‥)
などと考えながらぼーっとしていると
「ヘンタイっす!」
急になぎさから声をかけられた。
「センパイ! 今わたしのパンツ見てたっすね!! やっぱりケダモノっす!」
「え? あ~。 ん?」
どうやら、ぼーっとしている間、なぎさをガン見してたようだ。
というか、それならスカートでブランコ乗らなきゃいいのに。
「違う違う。 ぼーっとしてただけだよ」
「ほんとっすか~?」
ジト目でこちらを見てくるなぎさ。
「本当だよ。 本当。それになぎさの見てもどうしようもないだろ?」
「酷いっす! どういう事っすか! もうお嫁にいけないっす! 責任取って欲しいっす!」
なにやら文句を言っているが気にしない。
「そろそろ昼休憩も終わりだ。 戻るぞ」
「あ~! 逃げたっす~!」
☆☆☆☆☆
「センパイセンパイ!」
夕方になり、仕事の目途もついてきた頃、なぎさが話しかけてきた。
「なんだ?」
「今日の夜、空いてるっすか? 遊びに行きましょ~よ!」
ふむ、別に行ってもいいのだが、連日帰りが遅くなっている。
出費もかさんでるから、今日は大人しく帰ろうと思っていた。
「悪い。 今日は帰ろうと思ってたんだ」
「何か用事があるんっすか?」
「いや、特に無い」
「ひどいっす! 一昨日は美香さんとあんなことやこんなことをして、昨日はエミさんとあんなことやこんなことをしてたのに! わたしだけのけものっす!」
「お‥おまっ!‥待て! 大声で誤解されそうな事をいうんじゃない!」
なぎさはわざとらしく泣きまねしながら、とんでもない爆弾発言を飛ばした。
なんか変な視線集めてるし‥‥
他の同僚がこちら見ながらヒソヒソ何かを話しているのが見えた。
「分かった! 行くから! 静かにしてくれ!」
「決まりっす~」
行く事を伝えると、なぎさは一瞬でケロっとした顔に戻り、満面の笑みで答えた。
ほんとにコイツは良い性格してるよ‥‥
「で? どこに行くんだ?」
「それは~内緒っす!」
なんだか昨日も聞いたフレーズだな。
まぁ、なぎさと色っぽい話になる事は無いだろうから心配する事も無いだろう。
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