あやめとコスプレ
もう長く会っていないので、後ろ姿が似ているだけで勘違いかもしれない。
確かめたいという衝動と、「確かめた後に何が変わるのか?」という疑問が心の中で交錯していた。そんな時、あやめが興奮して叫んだ。
「わぁ、見てお兄ちゃん! コスプレイベントだよ!」
あやめの視線の先を追ってみると、華やかなコスプレに身を包んだ人々が歩ている光景だった。
参加者たちは、様々な時代やファンタジーの衣装を身にまとい、それぞれが異世界のキャラクターになりきっていた。
その光景を見た後、もう一度振り向くと、すでに先ほどの人影はいなくなっていた。
(気のせい‥だよな‥)
「お兄ちゃん行こうよ~! ‥どうしたの? 大丈夫?」
「あぁ! なんでもない! 行こうか!」
あやめに心配をかけないよう、俺は努めて明るく振舞い、様々な衣装に身を包む人だかりの中へと歩いて行った。
「ねえ、見て! ここには本格的なコスプレ衣装がたくさんあるよ。 しかも無料で借りられるみたい! どれがいいかな?」
あやめは目を輝かせながら、いくつかの衣装を手に取って見せた。
「うーん、ここはやっぱりプリンセスがいいな! あ、でも魔女も捨てがたい!」と悩んでいた。
俺は彼女のその様子を楽しそうに眺めてから、提案した。
「どっちも似合いそうだけど、まずはプリンセスから始めてみる?」
「そうだね! じゃあ、このピンクのドレスにする!」
そう言って、あやめは更衣室へ入っていった。
待っている間に周囲を見渡すと、更衣室の隣に撮影ブースがあるようだ。案内板を見ると、撮影ブースでは様々な小道具も用意していて、プロのカメラマンが撮影してくれるらしい。
(本格的な撮影はそっちでするのか。 無料の衣装で人を集めて、撮影で収益を稼ぐ仕組みかな)
確かに衣装を着た人々が集まっていれば、かなり目立つので自然と宣伝効果がある。
一度着てしまえば、折角だからという気持ちになる人も多いだろう。
そんなことを考えているとあやめが更衣室から戻ってきた。
あやめが衣装を披露するようにくるりと回り「どう?」と聞いてくる。
あやめが選んだプリンセスのドレスは、まさに童話から飛び出してきたような魔法の衣装だった。
ピンク色の生地は柔らかく光沢があり、その表面には微細なシルバーの糸で繊細な花柄が刺繍されている。
ウエストラインは細くデザインされており、そこから放射状に広がるスカートが彼女の姿をより華奢で繊細に見せていた。
「これは驚いた。 どこかの国のお姫様かと思ったよ。 とっても綺麗だよ」
少し大げさに褒めると、あやめは嬉しそうに笑う。
「えへへ、ありがとう! お兄ちゃんも何か着てよ! 騎士の衣装とかあるよ!」
(俺も着るのか…まぁ折角だしな)
少し戸惑いながらも、彼女のテンションに押されて騎士の衣装を手に取り更衣室へ移動する。
俺が選んだ騎士の衣装は軽量な合成繊維で作られており、銀色の光沢と金色の装飾が施されていた。
胸には紋章のようなデザインがあり、神秘的な印象を与える。
青と白のマントが動くたびに波打ち、全体的に中二病をくすぐるようなデザインだ。
「なかなかカッコいいかも。 中二病が再発しそうだな」
昔は漫画やアニメの影響で、ファンタジーな服装に憧れていた時期があった。
今でも、そういったアイテムを目にするとワクワクする自分がいる事を改めて感じた。
騎士の衣装を着て、更衣室から出た。あやめに見せると、彼女は目を輝かせてこちらを見ている。
「かっこいい! お兄ちゃん、すごく似合ってる!」
その言葉に心からの笑顔がこぼれた。
「ありがとう。 じゃあ、折角だしこの格好で一緒に写真を撮ろうか」
「うん! プリンセスと騎士だね!」
あやめが楽しそうに言うと、俺も彼女の幸せそうな姿に心が温かくなった。
俺たちは、撮影用のブースへ移動し、カメラマンの指示に従ってファンタジー空間のセットが用意された場所でポーズをとる。
「こうやって手を取って…そうそう! いいですね~ まず一枚いきますよ!」
カメラマンは若い女性で、ショートヘアの少しボーイッシュな感じの人だった。
軽快に様々なポーズを指示して来る。
「こうか? ちょっと恥ずかしいけど、少し楽しいかも」
「うん! なんだかホントにお姫様になった気分だよ~」
あやめも撮影を楽しんでいるようだ。
恥ずかしさもあるが、どんどん指示をしてくれるので、こういう撮影に慣れてない俺としては助かる。
「はい! じゃあ、次は彼氏さんが彼女さんの肩と腰に手を添えてください。 照れなくて大丈夫ですよ。 遠慮せず引っ付いちゃってくださいね!」
「いや、兄妹ですから!」
その言葉に驚いて即座にツッコむと「そうでしたか、失礼しました」と笑いながらカメラマンが答えた。
「誤解されちゃったね~」
あやめは照れているのか少し顔を赤らめながら、笑っている。
その表情を見て、改めてうちの妹は可愛いと思ってしまった。
「仲の良いご兄弟ですね! では、気を取り直して、もっと撮っていきましょう! 衣装の変更も可能ですが、どうしますか?」
撮影も楽しかったが、少し疲れてきたというのも正直なところだ。
あやめの意見を聞こうと彼女の方を見てみると、期待のこもったまなざしでこちらを見ていた。
「次は魔女のコスプレもしてみたい! おにいちゃんも魔法使いの衣装はどう?」
あやめはかなり乗り気なようで、断れる雰囲気では無かった。
まぁ、これだけ楽しんでくれているのであれば、出来るだけ付き合おう。
再び衣装を探すためにラックへと戻った。
「この帽子、すごくかわいい!」
あやめの声の方を向くと、可愛らしい魔女の姿をしたあやめがいた。
深紫のベルベットの帽子で、その帽子の尖った先端はちょこんと傾いている。
俺も魔法使いのローブを身に纏い、あやめと向かい合った。
するとあやめが笑いながら魔法の呪文を唱えた。
「魔法かけてあげる!『幸せにな〜れ!』」
その言葉がなんだか微笑ましくて本当の魔法のように心地良かった。
俺も彼女に向けて呪文を返した。
「受け取ったよ。じゃあ俺からも『いつも笑顔でいられますように!』」
彼女の幸せを願った。
「おにいちゃん、ありがとう! 今日はほんと楽しいね!」
その笑顔が何よりの宝物だった。そして俺も心から返した。
「あやめが楽しんでくれてるなら、俺もうれしいよ」
その後魔法使いの衣装で撮影が終わった時に、あやめがカメラマンに声を掛けられていた。
「ぜひもっと撮影させてください! もちろんこちらからのお願いなのでお代は頂きません!」
「わたしはいいけど‥ お兄ちゃんどうしよ?」
あやめが心配そうにこちらを見た。
「あやめはどうしたい?」
「わたしは楽しいし、折角だからいっぱい撮ってもらいたいかな‥」
あやめは遠慮がちにそう言った。
(う~ん、あやめは楽しそうだし、折角なら撮影してもらおうか)
しかし、一組のお客さんに時間をかけても大丈夫なのか心配になって聞いてみた。
どうやら、ここで撮影を担当しているカメラマンは全員フリーランスらしい。
場所代をすでに支払っており、自分が撮影した売上がそのまま収益になる。
つまり、他のカメラマンにお客さんを多く回せるだけなので問題ないそうだ。
そしてカメラマンの女性が少し申し訳なさそうな表情になり話を続けた。
「それで‥出来れば妹さんだけで撮影させて頂きたいんですが‥あ、いや別にダメという訳では無いのですが、妹さんには光るものを感じたんです! なので、本気で撮影させてもらいたくて!」
どうやら、あやめはカメラマンに気に入られたようだ。
少し慌てた様子で弁解しているが、俺も少し撮影に疲れてきたので、特に異論は無かった。
その後、俺は少し離れたところで撮影風景を眺める事にした。
衣装を変えるごとに、あやめの表情が変わっていくのを感じる。
彼女は次々と異なる衣装を試し、カメラマンの指示に従ってポーズをとる。
あやめは少し照れながらも、指示に従い、一つ一つのポーズを取った。
しかし、次第にあやめも慣れてきたのか、ポーズが自然と流れるようになっていった。
カメラのシャッターが刻む音とともに、あやめの新たな一面を見た瞬間だった。
「すごいな、あやめ! 本当にプロのモデルみたいだよ!」
俺はあやめの変身ぶりに驚きつつも、本心からそう思った。
「ありがとう、おにいちゃん。 ちょっと恥ずかしいけど、楽しいかも」
あやめは少し恥ずかしそうに微笑み、次の衣装を受け取りに行った。
「じゃあ、今度はこれを試してみましょうか」
カメラマンが差し出したのは、煌びやかな踊り子のような衣装だった。生地が薄く、キラキラと装飾が施されており、あやめはそれを手に取りつつ少し戸惑いの色を隠せなかった。
「えっと、これ、ちょっと…」
「大丈夫、あやめちゃんならきっと似合うから! 折角だし! ねっ!」
撮影を通してかなりフレンドリーになったカメラマンが勢いで衣装を勧めていく。
あやめは断り切れずに着替えを持って更衣室へ向かった。
着替えて戻ってきたあやめは、体を手で隠すよう覆い少し恥ずかしそうにしている。
「見ちゃダメ」と言われ、俺は撮影ブースの外に追い出されてしまった。
待っている間どうしようかと考えながら、ペットボトルのお茶を飲み干す。
(ヒマだし飲み物の追加でも買いに行くか。 自動販売機はどこかな?)
そして飲み物を買うため売店を探すことにした。
流石に週末の昼時というのもあり、沢山の来場者で道が混雑していた。
しばらく辺りを見回しながら歩いていると、体に衝撃が走る。
「きゃ!」
「あ!すみませ‥」
顔を向けていた方向と逆側から歩いてきた人にぶつかってしまったと思い、謝罪の言葉と共に相手を見て固まってしまった。
会いたくて、でも会いたくなかった相手と遭遇する。
先ほど見間違いだと思っていた人物。
俺を振って出て行ってしまった、元彼女の絵里子がそこにいた。
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