パーフェクト・コーラス
「もう無理です。打つ手はありません」
「もう一度。もう一度やってみよう」
「もう隕石落下まで時間がありません。出動出来る合唱団はもう全員到着しています。これ以上パワーを強める方法は、ありません」
「じゃあ諦めるのか。このままこの惑星を放り投げて、木っ端微塵にしろとでも言うのか」
「しかしこれ以上、我々に何が出来ます」
はるか遠い所に存在する惑星からやって来た合唱団が、揉めている。
正直に言って、私はこの合唱団には最初からずっと不安を抱いていた。
自分の気持ちに嘘をついて、信頼しているつもりになっていた。
まもなく衝突する隕石は、歴史上類を見ない、最も巨大な隕石なのである。
これまでに数々の功績を残して来たと言うが、やはり無謀だった。
どうせ隕石で粉々になるのであれば、最後は、あの合唱団のように、大きな声で歌って終わりたい。
この星への感謝と、終わってしまう事への悲愴をこめて。
二日前。
あと二日ほどで、私のいる星に巨大な隕石が落ちて来る。
そしてその大きさは、歴史上類を見ない、超巨大な隕石らしい。
現代の科学や技術では、その隕石の対処は不可能で、隕石の落下は避けられないと言う事らしい。
有名な学者さえも隕石の事を話しており、嘘ではないと主張している。
少しずつパニックは広がりつつある。
しかし私は、冷静沈着であった。
これでも私は、インフルエンサーなのである。
ここで冷静さを欠いたら、正確な情報を受け取れなくなる。
二日後にはこの星が消えるかもしれないと分かっていても、日頃の習慣で焦ってはいないのである。
ある意味、危険な状態かもしれない。
インターネットが大騒ぎである。
勿論隕石でも騒いでいるが、それと並ぶ程の騒ぎが発生している。
それは、正体不明の飛行物体が発見されたからである。
それも、少しずつ地上に近付いていると言うのである。
私は今、その飛行物体を捉えたライブ配信を見ている。
その飛行物体は、小さな円に八つの棘が付いたような形をしている。
まるでスパイスの八角のような形である。
確かに配信を見ていると、回転しながら少しずつ地上に近付いているように見える。
ライブ配信がされている場所は、有名な公園だった為、私もその公園に向かう事にした。
公園にいる人達の殆どが上を見ていた。
インターネットの情報通り、飛行物体は確かに空に飛んでおり、少しずつ近付いていた。
もしこのままこの飛行物体が地上に着陸したら、一体どうなるのであろうか。
二日経ったら、この星に隕石が衝突すると言うのに。
飛行物体は着々と近付いて来て、何とまさかの、今いる公園に着陸したのである。
飛行物体に一つだけ付いている扉から、浮遊をした何十台もの機械が出て来た。
その機械は、全て人の形をしており、機械とは思えないほどスイスイと動いている。
そして道が出来るように並び、最後に飛行物体からもう一台、機械が出て来た。
その機械は、先ほど出て来た機械が作った道を通っている。
まるでリーダーである。
道を通り過ぎると、そのリーダー風の機械は立ち止まり、道を作っていた機械がその両端や後ろに並んだ。
先程から非現実的な事が一気に起こり過ぎている為、棒立ちになるしかない。
「皆さん、こんにちは」
「こんにちは!」
リーダー風の機械に続くように他の機械が挨拶をする。
とても機械から出ている声とは思えない、完璧な人間の声だ。
「遅れて申し訳ありません。私達は、ここからはるか遠い惑星『パーフェクト・コーラス』からやって来ました。最上級合唱団です。驚かれると思いますが、先に説明を致します。私達は、この惑星を救いに来ました。パーフェクト・コーラスで誕生した者は皆、ある能力を持っています。それは、歌で様々な危機から救う事が出来る能力です。この能力によって、私達の惑星に襲いかかった数多くの危機は全て消滅しました。そして我々は、その能力が特に強い者の集団です。能力とは言え、全員が全員同じレベルの力を持っているわけではありません。ほんの些細な危機を脱する事が出来るレベルの者もいれば、惑星を一つ守る事が出来るレベルの者もいます。我々は、惑星を一つ守る事が出来るレベルの力を持った者達の集団、つまり、歌で様々な危機から救うプロフェッショナルなのであります。因みにここに着陸したのは、隕石に最も力を送れるポイントだからです。我々はこれまでに、様々な星に襲いかかった、様々な危機を、対処して来ました。今、この惑星に接近している、巨大な隕石の対処を、我々に、任せてはいただけませんでしょうか」
状況はいまいち理解する事は出来ていないが、どうやらこの機械……いや、この人達は、歌で世界を救う為に、この惑星にやって来たらしい。
しかしパーフェクト・コーラスなんて名前の惑星は、一度も見たり聞いたりした覚えがない。
信頼はまだまだ薄いが、この惑星を救う為には、藁にも縋る思いでお願いするしかない。
公園にいた人達が合唱団の人達にお願いをして、合唱団の人達はセッティングを始めた。
並び方は合唱の時の並び方と全く変わらない。
セッティングが終了すると、リーダー風の機械が指揮者のポジションに立った。
やはりリーダー風の機械が、この中で一番の権力も持っているのであろう。
そして合唱が始まった。
現地の曲を歌うと思っていたのだが、ここの惑星でも世界的に有名な曲を歌い始めた為、私を含めた公園にいる人達が少し驚いた。
歌声はこれまでに一度も聞いた事がない位の美声で、ずっと聞いていたくなるほどである。
合唱が終わり、これで隕石の落下は回避したのかと思ったのだが、突然合唱団の人達の様子がおかしくなり始めた。
焦りや困惑に満ちた空気が、こちらにも十二分に伝わって来る。
まさか、対処出来なかったのか。
インターネットの情報では、隕石に関する新たな情報は、何も入って来ていない。
「皆さん、大変失礼致しました。実は、パーフェクト・コーラスの方にも、巨大な隕石が、接近していて、焦っていたのですが、何とか対処出来たと言う、報告が入り、安心することが出来ました。合唱を、続けます」
所々声がつまっていて、不安になったが、今は信じるしかない。
翌日、合唱はまだ続いている。
公園には、物凄い人だかりが出来ていた。
異星人と言うだけでなく、歌で世界を救える力を持っている人達がいるのだ、相当な注目度である。
私もこの情報を、SNSで発信している。
突然合唱が止まった。
「申し訳ございません。パニックを避けようと、昨日、嘘をつきました。実は、今いる人数では、力が足りません。ですので、昨日応援を呼んでおりました。あと少しで、到着出来るはずです」
やはり対処出来なかったんだ。
しかし応援を呼んでいたのだな、良かった。
少しして、昨日と全く同じ光景が見えて来た。
その飛行物体は無事着陸、そしてまた大勢の人達が降りて来た。
「この人数で、再び合唱をします」
前よりも力強い合唱が始まった。
頼む、明日この惑星に隕石が衝突してしまうんだ。
隕石に変化があったらしい。
合唱団が合唱をする度に、隕石が少し透明になると言う、謎の現象が起き始めているらしい。
これで理解した。
この合唱団には、本物の力があると。
翌日。
隕石に起きた謎の現象を見て、本物の力があると理解はしたが、応援を呼んでも巨大な隕石には敵わない模様。
人だかりにも、インターネットにも、重い空気が漂っている。
合唱団に、非難の声が殺到している。
何時人だかりの中から、物が飛んで来るかも分からない。
そしてとうとう、合唱団のメンバーが揉め始めてしまった。
「もう無理です。打つ手はありません」
「もう一度。もう一度やってみよう」
「もう隕石落下まで時間がありません。出動出来る合唱団はもう全員到着しています。これ以上力を強める方法は、ありません」
「じゃあ諦めるのか。このままこの惑星を放り投げて、木っ端微塵にしろとでも言うのか」
「しかしこれ以上、我々に何が出来ます」
正直に言って、私はこの合唱団には最初からずっと不安を抱いていた。
自分の気持ちに嘘をついて、信頼しているつもりになっていた。
まもなく衝突する隕石は、歴史上類を見ない、最も巨大な隕石なのである。
これまでに数々の功績を残して来たと言うが、やはり無謀だった。
どうせ隕石で粉々になるのであれば、最後は、あの合唱団のように、大きな声で歌って終わりたい。
この星への感謝と、終わってしまう事への悲愴をこめて。
「あの! ちょっと良いですか」
「あれ? あ! 貴方インフルエンサーの!」
「え? マジ?」
このタイミングで人だかりの人達に気付かれた。
「もう隕石落下まで時間がありません。どうか、ここは諦めて下さい。これ以上足掻いた所で、どうにもなりません。このままでは、非常に、非常に優秀な合唱団の皆様を、巻き込んでしまいます」
「その点は、どうかご心配なさらずに。この乗り物は、一度エンジンを止めたら、起動させるのにかなりの時間を要します。つまり、もう私達は、帰れません」
「そんな……もう本当に時間がない……」
私は全世界に歌声を届けようと、SNSでライブ配信を開始し、その場で歌い始めた。
すると、人だかりの人達も、合唱団の人達も、皆歌い始めた。
もう、これで本当に最後だ。
「奇跡です! 奇跡です! たった今、空に見えていた巨大な隕石が、消滅しました! 奇跡です! 奇跡です!」
「おい! 消えたぞ隕石が!」
「え? マジ?」
「嘘でしょ……こ……こんな事が現実で……」
「私達助かった?」
空に見えていた巨大な隕石は、見事に消えていた。
ライブ配信のチャットはとんでもないお祭り騒ぎになっていた。
「どうして。あれだけやっても消えなかったのに」
気が付いたら、涙を流していた。
この惑星は、救われた。
「この度は、ひやひやさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「いやいやいやいや……もう本当……どうやってお礼をしたら良いのやら……」
「お気になさらないで下さい。我々は、ただ合唱をしただけなのですから」
カッコ良過ぎる。
これはきちんとSNSで騒いでもらわないと。
皆が忘れてしまわないように。
「エンジンが起動しましたので、我々は帰ります」
「あの! 本当に……本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
「いえいえ、出来れば、もうお会いする事がなければ良いのですが。自然には、逆らえませんからね。それでは」
私を含めた皆は、拍手をしながら見送った。
このような経験は、もう二度としないであろう、いや、二度としたくない。
しかしあの合唱団の美声は、もう一度聞きたい。
いつか科学や技術が進歩して、はるか遠い惑星に行ける時代になれば、きっと聞けるであろう。
ありがとう、合唱団。
「凄い事が分かりました」
「何だよ急に」
「この前行った、あの巨大な隕石が落ちそうになった惑星。あの惑星にいる人達の声、なんと我々に凄い貢献していたんです」
「え」
「あの惑星にいる人達の声は、我々が持っているような、歌で危機を脱する力はありません。しかし」
「うん」
「我々の持つ力を増幅させる力を持っていたんです」
「マジか」
「これが、あの惑星で発せられていた力を記録したものです。我々以外に、力を発していた者はいません。しかし」
「最後の所だけ、桁違いに力が強いではないか」
「あの惑星にいる人達が、合唱をしてくれていた部分です」
「つまり、あの惑星にいる人達が、我々の力を増幅させてくれたおかげで、巨大な隕石は消滅した」
「そう言う事になります」
「なんて素晴らしい惑星なんだ。早速あの惑星にいる人達、何人でも良いから連れて来い」
「え」
「連れて来い」
「わ、わかりました。大変失礼致しました」
「あ、念の為言っておく、くれぐれも、バレないようにな」
「は、はい。た、大変失礼致しました」
これは我々パーフェクト・コーラスにいる者にとって、重大な一歩になる。
場合によっては、惑星の乗っ取りも考えなければ。
あの惑星にいる人達を利用して、パーフェクト・コーラスを、手に入れるぞ。