第八十八話
「お兄ちゃん、何を悩んでいるの?」
突撃牛の牛丼で夕食を食べた後、俺はスマホとにらめっこをしていた。ギルドのホームページを閲覧して先に進むべきかどうかを判断するためだ。
いつもなら自室で悩むのだが、退っ引きならない理由があってリビングでスマホを見ていた。それを見た舞が声をかけてきたのだ。
「優、父さん達に話せるなら話したらどうだ?ダンジョンに詳しくないからアドバイス出来るかは分からんが、話すだけでも整理がつくだろう」
「そうね。優ちゃんが何に悩んでいるのか知っておきたいわ」
俺と同様の理由でリビングを離れられない父さんと母さんも会話に加わってきた。秘密にするような内容ではないし話してみよう。
「今日十六階層まで進んだんだけど、この先に進むべきか考えてるんだ。モンスターが複数出るとソロでは対応しきれないかもしれないし、あの双剣じゃ十七階層のゴーレムには通用しないんだ」
あの剣を折ったのがゴーレムなのだから、双剣になった所で通用するとは思えない。二本になっただけで固さはそのままなのだ。
「もう十六階層まで行ったのか。そこってパーティーでも行けない者が多い筈じゃ・・・」
「とんでもない事をサラッと言ってくれるわね。お母さんとしてはそこまでで十分だと思うわよ」
母さんの意見に父さんと舞も頷く。母さんの意見には一理ある。元々優での探索は資金稼ぎと軍に入る際の実績作りが目的だ。
資金はサラマンダーを狩って魔石を売却すれば良いし、実績も関中佐との繋がりを得た事であまり重要ではなくなった。
「その通りなんだけど、その通りなんだけど・・・」
必要という訳では無いが、俺は十九階層まで行っておきたいと思っている。それで悩んでいるのだ。
「何を迷っているんだ?」
「十九階層に行ってみたいんだ。そこまでは無理なく行ける事は行けると思うんだよ」
「十九階層に何があるの・・・あっ、なる程、これは悩むわ。お兄ちゃんに危ない目に遭って欲しくないけど・・・」
自分のスマホで検索をかけた舞が十九階層のデータを見て納得したようだ。俺同様悩ましげな表情を浮かべている。
「舞、自分だけ見ていないで父さんにも教えてくれ・・・コレが原因か」
「このモンスターが出るのね。・・・そういう事なの!」
ギルドのホームページに掲載されたデータベースを見ると、十八階層にはスタンスラッグというモンスターが出てくる。
こいつは中型犬位の大きさのナメクジで、粘液に麻痺系の毒がある。その粘液が武器を滑らせる効果もあり、物理攻撃が通用しにくい強敵だ。
しかし大きくともナメクジなので、その素早さは文字通りナメクジ並みしかない。逃げても追ってこれないのでスタンピードを誘発せず、探索者に相手にされていない。
「十九階層の夫婦鶏。こいつは二羽で現れて素早い動きと高度な連携をしてくる。だけど武器が爪と嘴でリーチが短いから勝てない相手じゃない」
大きさは大型犬くらいで、見た目が鶏だからと甘く見ると痛い目に遭う事になる。得物が威力重視の大物だと、掠らせられずにボコられる事もあるらしい。
「何と言っても魅力なのが、レアドロップの鶏肉。どんな味なのか食べてみたいと思わない?」
「父さんは優に無理をしてほしくない。だが、その鶏肉に興味が無いかと問われると・・・」
「そうよねぇ。豚肉と牛肉があれだから、どうしても期待したくなるわね」
「こんな・・・こんな悩む選択、決められないわ!」
こうして俺達四人は美味しさに我を忘れておかわりをした挙げ句、食べ過ぎて動けなくなった体が動くようになるまで悩むのだった。
退っ引きならない理由=食べ過ぎ




