第八百三十三話
「玉藻お姉さん、SNSが大変な事になっています」
「どうしたのじゃアーシャ、落ち着かぬか」
ヨモギの新芽をすり潰していた俺は、駆け寄ってきたアーシャが差し出したスマホの画面を覗き込む。
「これは・・・辻谷候補生とは似ても似つかぬのぅ」
「それで定期船を救ったのは誰なのかとお祭り騒ぎのなっています」
中学時代の同級生が晒したとなっている卒業写真。そこに写る辻谷君は俺が知る辻谷君の面影すらない。明らかに別人だろう。
「本人が昏睡状態な以上、事の次第は親族から聞くしか無いのじゃが・・・また関中佐の仕事が増えそうじやな」
米粉で作った生地にすり潰していたヨモギのペーストを練り込む。満遍なく練り込む事が出来たら手水をつけ適量を千切り取りあんこを包んで成形する。きな粉をまぶして完成だ。
「綺麗な緑色・・・それはお菓子ですか?」
「これはヨモギ餅という和菓子じゃよ。昔はこうやって手作りしていたそうじゃが、今では出来合いの物を買うのが主流じゃな」
初めて作ってみたが思ったより美味しく出来たと自画自賛。中佐に差し入れしてあげたいが、日持ちしないので食べてしまおう。
冷凍保存すると一月以上保つらしいけど、作りたての方が美味しいだろうから差し入れする時はまた作れば良い。ヨモギの新芽は春の山に行けばいつでも摘めるのだ。
ヨモギ餅が八割方無くなった頃、俺のスマホに関中佐からのメールが届いた。内容は海軍から来た連絡事項だった。
「成る程のぅ、海軍も厄介な事をしたものじゃて」
辻谷君は海軍から送られた間諜で、石川大尉という情報機関の人間らしい。しかしまだ裏取りが済んでいないと注釈がつけてあった。
まあ、裏取りをしようにも本人はまだ意識不明。辻谷家の者から聴取するしかないのだが、世間の耳目が集まっているこの時期に軍の者が接触したらどんな憶測を生むのやら。
駆逐艦はなかぜの件と辻谷君間諜事案で先輩方や関中佐の心身は疲れ果てているだろう。そんな彼らに俺が出来る事はそう多くない。
「変わり映えせぬが、差し入れ用の干し柿と干し芋でも作るとしようかのう」
「それなら私も手伝えます」
という訳でアーシャと仲良く干し柿を作っていたら、丸々と太ったブリを抱えて帰ってきたニックも参戦してきた。
それを見た潜水艦の乗組員もニックにやり方を聞きながら参加し、大量の干し柿と干し芋が軒下に吊るされる運びとなった。
「玉藻お姉ちゃん、これ、差し入れするにしても多すぎない?」
「乗組員の人達が作った物は彼らに残すつもりじゃ。帰りの航海で良いおやつになるじゃろう」
二日半の潜水旅行ももうすぐ終わりを告げる。俺達は帝都に戻るが彼らはまた四国まで水中を航海しなければならない。
「そ、そうだった。神使様が艦を降りてしまわれるのか」
「この快適な生活が終わってしまう・・・」
そこかしこで乗組員の人達が絶望に打ちひしがれているが、ずっとしている訳にもいかないのだ。お土産は置いていくので帰りの航海も頑張ってくれ。




