第八十三話
女性体で舞のクラスメートに自慢されるという一日を終えた俺は、大盾と双剣の鍛錬の為にダンジョンに潜る・・・事をせずに夏休みの自由課題をやっている。
「・・・で、お兄ちゃん。何で仏像を彫ってるの?」
「夏休みの自由課題兼、精神安定の為だ」
ここで勢いに任せてダンジョンに突入し、モンスターにやり場のない思いをぶつける・・・なんて事はしやしない。
モンスターとの戦いは命のやりとり。ヘラクレス症候群に大盾があるのだから、と慢心して戦えば万が一の事態になる事もあり得る。
家族に悲しい思いをさせない為、女神様との約定をきちんと果たす為、俺は驕る事なく冷静な状態でダンジョンに挑まなければならない。
精神を研ぎ澄まし、感情を抑える為に一刀ずつ丹念に木像を彫っていく。出来た仏像を夏休みの自由課題として提出すれば一石二鳥だ。
「これって、千手観音菩薩様?手の数が凄いわね」
「ああ、千手観音菩薩様だよ。ちなみに大きな腕が四十本、小さな腕が千一本で合計千四十一本ある」
出来ればこの世界の女神様を彫りたかったのだが、お声は聞いていてもお姿を拝見したことがない。地球の女神様の姿はわかるが、この世界の女神様を差し置いて彫るのは憚られた。
数ある中から千手観音菩薩様を選んだのに意味はない。思いつきである。小手を彫るにあたって何故この菩薩様を選んだのかと自分に問い詰めたくなったが。
「お兄ちゃんが器用だって分かっていたけど、これは器用ってレベルじゃないような・・・お寺に御本尊として置いてあっても違和感無さそう」
「彫るからには細部まで拘る。人間、向上心が大事だぞ」
創るからには少しでも良い物を。日本のクリエイターの本能です。
そんなやり取りをした翌日。大盾と双剣を実戦投入するべくいつものダンジョンにやって来た。カウンターは今日も閑散としていて人影はまばらだ。
一階層に入り着せ替え人形を発動する。大盾を持って二階層への渦への最短経路を歩く。程なくして突撃豚が突進してきた。
俺は大盾を構え、腰を落として突撃豚の突撃に備える。強い衝撃が大盾を通じて両腕に伝わった。すかさず着せ替え人形を発動し、双剣で斬りつけようとした。
「・・・あっ、こりゃアカン」
俺が剣で斬るまでもなく突撃豚は魔石へと変化してしまっていた。折角構えた双剣だったが、出番を与えられる事なく大盾にチェンジと相成った。
突撃豚は迷宮や洞窟といった地形ならば突撃を躱して壁に激突させるだけで倒せる。奴等は俺の大盾に衝突した段階で突撃豚は倒れてしまうのだ。
「これじゃあ訓練にならない。先に進むしかないな」
魔石を拾い、二階層への道を進む。時折襲い来る突撃豚を魔石やお肉に変えながら二階層へと進んだ。
二階層の蹴撃兎は盾の防御だけで倒れはしなかった。しかし双剣の一撃だけで沈む為、大した訓練にならず更に下の階層を目指す。
三階層の黒鉄虫は小さい上に地面に落ちるので剣で倒すには不向きで、四階層の孤独狼も双剣の一撃で沈んでしまう。五階層の奇襲ヘビも同様だ。
「お前なら一撃という事は無いよな?」
大盾を構える俺の前には、両腕を上げて威嚇する青毛熊の姿があった。振り下ろされた右腕の一撃を大盾で弾く。次いで降ろされた左腕も難なく弾き、換装した双剣の斬撃をがら空きの胴体に叩き込む。
「つい連撃をお見舞いしたが、一撃に留めるべきだったかな?」
青毛熊は一撃には耐えてくれたものの、その後に行われた左右からの剣撃にて呆気なく魔石へと変化した。思ったよりも攻撃力が高い。
・・・まあ、本来左右の手に一本ずつ持って振るう武器じゃない剣を双剣として使っているからな。




