第八百二十七話
「これはどうするか」
「妾が空歩で一人づつ運ぶしかないのぅ」
潜水艦が厳島港に到着し、俺達も厳島港に着いたのだが問題が発生していた。そのままでは潜水艦に乗り込む事が出来ないのだ。
多くの潜水艦は水中で水の抵抗を減らす為に水滴型の艦体を採用している。たまに日本の伊号潜水艦のように水上での速度を重視した物もあるが、少数派だ。
艦体が丸い為、岸壁や桟橋に接舷した時出入口がある艦橋までの距離が遠くなるのだ。その為、乗り降りには橋のような設備が必要となる。
しかし、普通の港である厳島港にそんな設備は備わっていない。と言うか、日本全国見渡してもこの潜水艦の母港である隠し港以外に存在しないのだ。
「玉藻お姉ちゃん、舞も運べるよ」
「ならぬ、ここで舞がスキルを使えば衆目に晒す事になるでな」
第五師団の兵士達が周囲を固めてはいるが、その外側にはマスコミや野次馬が大量に集まっている。ここで舞がスキルを使えば、この場に居る人達の目に触れるだけでなく全国に中継されてしまうだろう。
飛んで人を運んだ光景だけで慣性制御だと言い当てるのは難しいと思うが、考察されて正解に近づかれる可能性は高い。
桟橋と潜水艦を往復する事五回、全員を潜水艦に届け終わった俺は艦橋に立ちこちらに向かって敬礼している第五師団の面々に答礼する。
「随分と世話になってしもうた。そなたらの働きは決して忘れぬ」
「神使様、皇帝陛下、皇女殿下をお守り出来た事は我らの誉れであります。帝都までの航海、どうかご無事で」
潜水艦は桟橋を離れ、進路を東にとり一路帝都に向かう・・・のだがその前に俺だけ空歩を使い海軍の駆逐艦に接近する。
「しっ、神使様!」
「民間船の被害状況を知りたいのじゃが」
「はなかぜの転覆による高波で負傷者が出ております。しかし生命に関わるような重篤な者はおりません」
すぐ脇で自船より大きな艦が転覆したのだ。民間船にも被害が出ていた筈なのだが、第五師団を通じて受けた報告にそれが無かった為気になっていた。
ざっと見渡した所犯人たちの引き上げの手は足りているようだし、はなかぜを転覆させたクジラの姿も見えない。これなら撤退しても問題ないだろう。
「では後を頼むぞえ」
彼等は今後陸軍や宮内省、外務省から厳しい追及を受けるだろう。一部のはね返りの愚行の巻き添えを食うのだから可哀想ではある。
しかし、奴らを制御出来なかった上層部の落ち度でもある。何とか乗り切ってもらうしかない。
「神使様、陛下。これより潜航し帝都へ進路をとります」
「うむ、よきに計らえ」
ここでの最上位者は俺かもしれないが、彼らが仕えるのは今でもニックなのだ。なのでニックに指揮を執ってもらう。
「ハッチの閉鎖確認!」
「ベント開け、注水開始!」
艦内のタンクに海水が注がれ、浮力が減った艦体が沈んでいく。さあ、前世と今世合わせても初の水中旅行の始まりだ。




