第八百二十四話
突如として現れたクジラは大きな音を立てて駆逐艦の甲板に落下した。四つの人影が弾かれ、海へと投げ出されている。
「玉藻お姉ちゃん、何あれ!」
「恐らく辻谷候補生のスキルじゃろう。ミニチュアのモフモフを召喚するスキルじゃと思うておったが・・・司令よ、後から来た駆逐艦に連絡は取れるかえ?辻谷候補生を助けねばならぬ」
クラスメートや寮生のリクエストに応えて色々なモフモフを召喚していた事は知っていた。しかし海棲生物まで召喚出来るとは思わなかった。
しかも実物大だ、彼はそれを隠していたのかぶっつけ本番で試したのか。もし今後もあのクラスの生き物を召喚出来るなら、彼の今後は大きく変わっていくだろう。
「玉藻様、あれを!」
「ぬうっ、駆逐艦が!」
クジラの直撃を受けた駆逐艦は、左舷を下にして転覆してしまった。賊達が艦から逃げ出しているのが見える。
シロナガスクジラの重さは成体で百五十トンから二百トン。大きい艦だと一万トンまである駆逐艦の排水量から見れば大きな数字とは言えない。
しかし、その重さが片舷にいきなりかかった場合は重大な事態に陥る。そんな重量の代物が片舷にいきなり落とされるなんて考慮されていないからだ。
甲板に落ちたシロナガスクジラは辻谷候補生と三名の敵兵を吹き飛ばし、甲板に据え付けられた機銃に引っかかった。
即座に押し潰したので引っかかったのは一瞬の事だったが、その重量と落下の衝撃を駆逐艦に伝えるには十分過ぎた。
左舷を押し下げられた駆逐艦はなかぜは復原力の限界を超えた為横転した。賊達は何かをする時間もなく横倒しになる艦に翻弄されただろう。
当然、右舷の民間船に主砲や機銃を撃ち込む事など出来る筈もない。民間船に艦底を晒す格好になっているのだ。そこに武装などある筈もない。
「玉藻お姉さん、人質にされてた人を見つけました。だけど動いていません」
「舞、アーシャと連携して彼を浮上させる事は出来るかのぅ」
「・・・ごめんなさい、遠くて力が届かないみたい」
スキルを発動させる場所が遠くて発動出来ないようだ。遠隔地でスキルを発動する訓練を積ませていればと思ってしまうが後悔先にたたず。今は出来る事をやるのみだ。
「神使様、海軍の駆逐艦が現地に到着しました。候補生の捜索と賊達の捕縛を行うそうです」
師団長さんが駆逐艦から受けた連絡を伝えてくれた。この辺りの海域は水深二十メートルから三十メートルで深くない。辻谷候補生が発見される可能性は高い。そう思わずにはいられない。
「私が現場に行ければ・・・」
「ならぬ。ニックとアーシャが狙われた以上、二人を危険に晒すような真似は出来ぬ」
アーシャと辻谷候補生の捜索を行ってアーシャに危険が迫ったら、辻谷候補生の行動を無に帰す事になってしまう。
一介の士官候補生とロシア帝国皇女殿下。命の価値に差をつけるなんてやりたくないが、差が出てしまうのが現実だ。
「辻谷よ、任官前に二階級特進などするでないぞ」
俺達は三隻の駆逐艦から降ろされたカッターが横転した艦の周辺に散るのを陸上からただ見守るのだった。
玉藻「そう言えば、敵駆逐艦の艦名に意味はあったのかえ?」
作者「無責任艦長タイラーの原作小説で、タイラーの子孫(という名目になっている完全クローン)が乗り込む艦なんだ。もっとも、はなかぜでは鼻風邪みたいだとそよかぜに改名してから乗艦するけどね」




