第八百十六話
拝殿から幣殿に入った俺達は、作法に則り祈りを捧げる。瞑目し女神様方に来訪の報告をしていると、脳裏に焦った感じの女性の声が響いた。
「今のは・・・女神様のお声じゃろうか?」
「くっ、頭がっ!」
戸惑っていると、周囲から苦悶の声が聞こえてきた。後ろに控えていた神職の方々や護衛の軍人さん達が頭を抑えて蹲っている。
「た、玉藻ちゃん・・・今のお声」
「備えよって、頭に響いて・・・」
うちの家族とニック、アーシャも頭を抑えて苦悶の表情を浮かべている。どうやらこの場の全員に今のお声が届いたようだ。
あれは多分三女神様の誰かの神託だろう。本来只人には聞こえない筈なのだが、俺が中継機の役割をしてしまったと思われる。
皆が苦しんでいるのは神力の込もった声を受けてしまったからだろう。父さん達が神職や軍人の人達より症状が軽いのは、神力への慣れがあるからだと思う。
「じゃが、備えよとは一体何に備えよと・・・」
「報告!海軍所属と思われる駆逐艦一隻、東方より厳島港に接近中です!」
駆け込んできた伝令の兵士が海軍の駆逐艦が来た事を告げた。ここの全員が神託の影響で通信に出なかったから伝令に来たのだろう。
「くっ、海軍の駆逐艦・・・だとっ?何を・・・しに・・・来たと・・・」
まだ苦しげな師団長さんが呟く。その言葉から陸軍は駆逐艦の派遣を知らされていなかった事が窺える。海上で俺達を護衛するパフォーマンスをして点数を稼ごうという事だろうか。
「報告します、駆逐艦は宮島口からの定期船に停船するよう命令、同時に主砲を発砲致しました!」
「主砲を撃っただとっ!定期船の被害は!」
「砲弾は定期船に直撃しなかった模様。しかし至近弾により被害が出ている可能性はあります」
海軍の艦艇が民間船に対して発砲するという異常事態。先程の神託はこれを警告していたのだろうか。そうとしか考えられないが、これにどう備えよと言うのか。
『こちらは国鉄宮島フェリー所属の定期船、みせん丸だ。そちらの所属と本船の運航を止めた理由をお答え願いたい』
『我々は世界平和維持軍所属、平和維持艦隊旗艦はなかぜである。貴船には悪辣なる陸軍と政府の陰謀を阻止する為に協力願いたい』
風に乗り駆逐艦と定期船のやり取りが流れてきたが、世界平和維持軍やら世界平和維持艦隊なんて言葉は聞いた事がない。
それに、陸軍や政府の陰謀って何を指しているのやら。何が何やらさっぱり分からない。関中佐なら何か知っているだろうか。
「神使様、皇帝陛下、皇女殿下。ともあれ安全な場所への避難をお願いします。ロープウェイ乗り場に退避致しましょう」
あの駆逐艦が賊ならば海岸線に居れば主砲の攻撃を受けてしまう。なので内陸に退避するのは理に適っている。
ロープウェイで獅子岩展望台に登ってしまえば海から打ち上げる形になるので、主砲弾も届かなくなるだろう。
「そうじゃな。岩田殿、済まぬがこれで失礼するぞえ」
「神使様のお話をお聞きたかったですが、神使様の身の安全が最優先で御座います。どうかご無事で」
車両は出口に回してあるという事で、西廻廊を駆け抜けて出口に向かう。無礼だけど、備えよと言ったのは女神様だし許してくれるよね。




