第八百十一話 とあるホテルの一室にて
無事に広島駅に到着した辻谷は指定されていたビジネスホテルに部屋を取った。正月に仕事で部屋を取る者は少なく、観光や帰省で泊まる者は普通の観光ホテルに泊まるので当日でも問題なく部屋を取る事が出来たのだ。
「どうせ経費で落とすのだから、もっと良いホテルに泊まりたかったな」
口ではそう言いつつも、任務の事を考えればそれは出来ないと自覚もしている辻谷だった。明日は呉の人間が来る手筈になっている。宿泊客の多いホテルで人目につく訳にはいかない。
夕食は出ないホテルな為、彼は食事をとる為に広島の街に繰り出した。スマホでお好み焼きが美味しいお店を検索し、そこで食事を済ませる。
コンビニで飲み物と菓子を少々買いホテルに戻ると、スマホで有名な匿名掲示板を開く。数多くのスレッドの中からカモノハシの生態について語るスレという掲示板を開いた。
「うわっ、見事に過疎ってるな」
書き込みが無い掲示板に辻谷は四桁の数字だけを書き込んだ。そして掲示板を閉じてしまう。翌朝、もう一度掲示板を開くと辻谷の書き込みは管理人により削除されていた。
それを確認し近くのコンビニに行くと、弁当とお茶を購入する。部屋に持ち帰り弁当を平らげた辻谷は綾鷲というお茶を飲みながらネットの情報をチェックする。
「男の娘ねぇ・・・あの人を見るとそっちの趣味に転ぶ気持も理解できる気がするな」
彼の目についたのは、岡山の田舎町で可愛い男の娘を目撃したという書き込みだった。それを読んだ辻谷の脳裏には、既に中尉に任官されてるクラスメートの顔が浮かんでいた。
年跨ぎで暴走する珍走団や浮かれて騒ぐ人達のニュースを閲覧していた辻谷の耳にドアを叩く音が聞こえた。
連続して叩くのではなく、一定のリズムを刻む叩き方は事前に打ち合わせていた物と合致していた。音をさせないようドアまで移動しスコープを覗く。
廊下には安手のコートを着て眼鏡をかけた二人の男性が立っていた。ドアのロックとチェーンを外し、ドアを開けた辻谷は二人を迎え入れる。
「正月早々呼び出して済まんな。どうしても直に聞きたい事があったのだ」
ベッドに腰を降ろした訪問者が前置き無しに話し出す。安さが売りのビジネスホテルには応接セットなんて気が利いた施設は存在しないのだ。
「滝本中尉・・・いや、神使様についてですね?」
「そうだ。報告書では読み取れない事を知っておきたいと思ってな」
辻谷は訪問者から滝本優について多くの質問を投げかけられた。滝本優の性格や気質、考え方など正規の報告書に記載しないような内容ばかりだった。
「神使様の人物像が見えてきたな。辻谷君、今後神使様に接触する際に力を借りるかもしれん。その時はよろしく頼む」
「はっ、微力ですが精一杯尽力させていただきます」
そう答えた辻谷だったが、内心ではその機会は来ないだろうと思っていた。優が授業に出ない以上、彼と接触する事が出来ないからだ。
仕事を終えた辻谷は、三が日をこのホテルで過ごす事に決めた。せめてもの褒美にと連泊しても経費で落とすと訪問者が約束してくれたからだ。
「広島城は陸軍の本拠地だし、呉も海軍との接点を疑われたら困る。厳島神社を見に行くくらいしかないかな?」
後に彼はとっとと帝都に帰らなかったこの選択を激しく後悔する事となる・・・




