第八百十話 とある高速鉄道車内にて
「すいません、特上牛タン弁当一つとお〜すお茶を下さい。あっ、領収書の宛名は上様で」
「ありがとうございます、特上牛タン弁当とお〜すお茶の五百ミリペットボトルですね。お会計が千九百八十円になります。二千円お預かりで二十円のお返しとなります」
ここは多くの人達が行き交う東京駅。売店が並ぶエリアで一人の少年が駅弁とお茶を購入していた。代金を支払いお弁当とお茶が入った袋を受け取った少年は旅行鞄を手に高速鉄道のホームに続くエスカレーターに乗る。
「折角の年末年始に広島くんだりまで行かされるんだ、少々高い弁当を買ってもバチは当たらんだろ」
ホームに上がり高速鉄道の入線を待つ少年が呟いた独り言は、前後に並ぶ他の乗客の耳には入らなかった。
「おや、一人旅かい?どこまで行きなさる」
「尾道の親戚に会いに行きます。これでもスキルを授かっていますからご心配なく」
少年の前に並んでいた老夫婦の婦人が少年に声をかけてきた。少年は笑顔で対応し、一人で行動出来る年齢だとさりげなく主張する。
やがて高速鉄道が入線し、折り返し運転の為の整備に入る。三分という短時間で清掃作業を終わらせたスタッフ達が降車すると、並んでいた乗客達が順番に乗車していった。
高速鉄道は恙無く定刻通りに発車する。少年は流れ行く風景を眺めながら自分に下された命令を思い出していた。
「はあっ?呉に出頭?」
「そうだ、一月一日に呉の司令部に出頭し司令部の面々に報告をするように」
こことは異なる世界ではクリスマスと呼ばれる日の夜、少年・・・帝国陸軍士官学校の辻谷候補生は本来の所属である海軍の情報士官と接触していた。
中身がほぼ無い報告を済ませた後、情報士官から告げられたのは呉の海軍基地に出向くようにとの命令だった。
「俺は柱島の所属ではない。知りたい事があるなら、上に出した報告書を取り寄せれば済む話じゃないか!」
「俺はお前に任務を告げるよう命じられただけだ。柱島の思惑なんぞ知らんし、知っていても告げる権限など無いからな」
情報士官が返してきた正論に辻谷候補生は言い返す事が出来なかった。伝書鳩である彼に何を言おうとも、この命令が覆る事などありはしないのだ。
「兎に角、俺の仕事はここまでだ。お前がどうしようと俺の知る所ではない」
情報士官はそれだけ言うと去っていった。残された辻谷候補生は、訳が分からないながらも命令に従うしかなかった。
「もう滝本中尉との接点が無い以上、上が何を考えていても無駄なんだがな」
元々彼に与えられた滝本中尉と接触し情報を得るという任務は、彼が士官学校に登校しなくなった為頓挫したのだ。
「もう意味がないから艦隊勤務に戻す、という話なら良いけど・・・」
標的と同じ職場に配属になれば価値はあるだろうが、情報部は士官学校を出たてのペーペーが入れる部署ではない。
「まあ、俺は聞かれた事に答えるだけだ。何を聞く気か知らんけどどうにでもなるだろ」
楽観視する辻谷候補生。しかしこの世界はそんな彼を放置する程甘くないのであった。




