第八十話 陸軍情報部にて
優君が呑気に不忍池のほとりをお散歩している頃、関中佐は上野のギルドを出て陸軍情報部へと上機嫌で帰還していた。
「あっ、中佐!一体どこで油売ってたんですか!収まってきたとはいえ、まだ例の問い合わせは続いているんですよ!」
「油売ってたとは失敬な。俺はちゃんと仕事をしてきたんだが?」
関中佐はそう反論するものの、情報部に詰める部員が関中佐を睨む目つきは冷たい物だった。下火になってきたとはいえ、玉藻に関する問い合わせはまだ続いているのだ。
そんな中姿を眩まし、対応を全て部員に押し付けた上司に対する態度が冷たくなるのは当然といえる。
「いや、本当だって。軍のスカウトから漏れた有望な探索者の顔つなぎをしてきたんだからな。褒められこそすれ責められる筋合いは無いぞ」
「そんなに有能な探索者がスカウトから漏れていたんですか。さぞかし凄いスキルを持った探索者だったんですね」
忙しい最中に抜け出してまで会いに行った探索者なら、それだけのスキルなのだろう?とプレッシャーをかける部員。役立ちそうなスキルの保有者は漏れなくスカウトしている筈なので、それが皮肉だと部員全員が承知している。
「ああ、とんでもないスキルの持ち主だった。彼がスカウトされなかったなんて、担当した人間を懲罰にかけたいくらいだ」
「そんなスキルの保有者が漏れていたんですか?」
関中佐の自信満々な発言に、部員はどんな能力の持ち主だったのかと興味が湧いた。皆が関中佐に注目し、説明を待つ。
「お前らも顔は知っている筈だ。少し前にTHKでダンジョン犯罪の特集番組があったろ、その時の動画で被害に遭っていた少年だ」
「ああ、あの可愛い男の娘・・・名は確か、滝本優だったか?」
優の名前を覚えていた部員が手近な端末を操作して優の記録を呼び出す。そして画面に表示されたデータ、その保有スキルを確認して叫ぶ。
「は・・・はぁっ?関中佐、正気ですか?何なんですかこの女性体と着せ替え人形ってスキル!」
関中佐が絶賛するスキルがどんな物かと調べてみれば、そこに表示されたのは到底戦闘に使えるとは思えないスキルだった。
「え、何だそりゃ?本当にそんなスキルなのか?」
「うわ、本当だ!関中佐、これのどこが有望なんですか!」
部員達は口々に関中佐を責め立てる。多忙な時に逃げられた鬱憤もありその口調は厳しい物になっていた。
「そう思うよな。俺もデータだけ見たらそう思うよ。だがな、実際に見てみたらとんでも無いスキルだったぞ」
笑みを浮かべながら反論する関中佐。尚も言い返そうとする部員達を手で制して黙らせると説明を開始した。
「着せ替え人形というスキルだが、呼び出した等身大人形に着せた衣服や装備を瞬時に自分の物と入れ替えるというスキルだった」
「それは便利ですな。朝寝られる時間が十分は稼げそうなスキルです」
「まあまあ、最後まで聞け。なあ、大盾を装備して攻撃をシャットアウトしていた奴が瞬時に双剣に持ち替えて攻撃してきたらお前らは対処出来るか?」
怒りを抑え関中佐の説明を聞いていた部員達は、いきなりの質問に戸惑いながらもその光景を想像する。
「それは難しいですな。大盾で武器を弾かれた瞬間に双剣で素早く斬りつけられたら、それを凌ぐのは難しいでしょう」
一人が答えると、その場の全員が同意を示すように頷いた。それを見た関中佐はニヤリと笑う。
「それを可能にするスキルなんだよ。そして複数の武器を持ち込んでも荷物にならないという利点もある。労力無しに大盾や戦斧、大槌を持ち込めるとしたら?」
「そ、それはとんでも無いスキルですな・・・」
こうして問い合わせ地獄から逃げ出した関中佐はその責から逃れる事に成功した。しかし、情報部一同はその説明の間放置されていた電話の主達から嫌になる程の文句を言われるのであった。




