第七十七話
数日経っても玉藻騒動は続いている。いい加減下火になって欲しい物だが、獣人の数は国力に直結するのだからある程度は仕方ない。
宮野さんはそんな騒ぎがあっても関係ないと俺の依頼に注力してくれたらしく、予定通りに完成したので取りに来て欲しいとの連絡が入った。
上野のギルドに赴くと、受付付近には何人もの人が屯している。探索者は玉藻探索だと思うが、探索者と思えないスーツ姿の人も散見される。
「すいません、落とし亀の加工を依頼していたのですが・・・」
「あっ、滝本様ですね。ご案内致しますのであちらにどうぞ」
連絡が入っていたのか、受付嬢さんはこちらから名前を言う前に対応してくれた。カウンターの脇を通り関係者以外立ち入り禁止の区域に入る。
「随分と人が居ましたが、例の獣人絡みですか?」
「ええ、芸能事務所やテレビ局まで集まってしまって。目立った迷惑にはなっていないのですが・・・」
歩きながら聞くと、苦笑いして答えてくれる受付嬢さん。
大きな迷惑はなくとも、小さな迷惑は頻発しているのだろう。
「テレビ局はまだ分かるとして、何故に芸能事務所が?」
「スカウト、なのでしょうね。私もネットで画像を見ましたが、あれだけ可愛いならアイドルでも十分に売り出せますから」
貴重な戦力である獣人をアイドルにって、無理だと思わないのだろうか。ダンジョン探索を進める強力な戦力となる獣人を、テレビ局の数字稼ぎに使うなんて軍や政府が黙ってるとは思えない。
「あのルックスとスタイルに狐獣人という個性、同性の私でも目を引かれました。あの娘を獲得できたら、その事務所は覇権を握れますね」
「いやいや、貴重な獣人をアイドルになんて無理でしょう」
玉藻の能力が低かったり獣人が多かったら芸能界入の可能性もゼロではなかったかもしれないが、軍が玉藻の能力を知ったら手放すなんて絶対にあり得ない。
もっとも、俺にその気がゼロな時点で玉藻のアイドル化は絵に描いた餅で終わる事が確定している。この世界のアイドル事情は詳しくないが、前世でのブラックぶりを知っている俺としては是非とも避けたい業界だ。
なんて雑談をしていると宮野さんが待っているらしい部屋に到着した。中に入ると三人の男性が座っていた。一人は白鳥さんで、もう一人は宮野さんだった。
「はじめまして、私は関という陸軍中佐だ。有望な若者がいると聞き、是非とも会いたいと思って同席させてもらった」
「滝本君、こいつはそれを口実に仕事から逃げてきただけだから気にしないでくれ」
関中佐が自己紹介して直後、白鳥さんが辛辣な言葉でぶった切った。まさか俺と玉藻の関係を疑って来たとも思えないが、警戒するにこしたことはない。気を付けておこう。
「新人探索者の滝本です。宜しくお願いします」
当たり障りのない自己紹介をして軽く頭を下げる。三人の対面に座る事を勧められたので腰を下ろした。
「まずは鞘からだ。少々趣味に走らせてもらったが問題ないか確認してくれ」
宮野さんから鞘に入った片手半剣を渡されたのでじっくりと見る。鞘には細かい装飾が施されていて、ぱっと見では地味なのだが近くで見ると見事な職人芸が施されているのがよく分かる。
「こんなに見事な仕事、文句の付けようがありませんよ。これ、本当にあのお値段で良いのですか?」
「テンション上がった勢いでやった結果だからね。むしろ注文と違う細工をしているから文句を言われても当然だ」
「文句どころか追加料金を払いたい位ですよ。本当にありがとうございます」
鞘の仕上がりは予想を遥かに超えて良い物だった。これは落とし亀の大盾も期待してしまう。




