第七百二十五話
「鈴代、これまでの経緯を教えてくれるか?」
「ああ、構わない」
彼は授かったスキルが戦闘向けではなかった為護衛から外されたそうだ。果実の皮を綺麗に剥けるというスキルでは戦闘に応用するのは流石に無理だ。
その後身体能力強化実験に参加しないかと言われ、本人の意思を確認する事なく両親は同意したらしい。そして身柄をこの研究所に移され、投薬と検査を繰り返す日々だったとか。
「小松が連れて行かれた後帰って来なかった。研究員から盗み聞いた話の端々から結果は予想出来た」
「俺は彼を救えなかった・・・すまん」
「誰にもどうにも出来なかったのだろう、気にするな。俺も同じ運命を辿ると思っていたのだが、まさか生き残るとはな」
鈴代自身も理性を取り戻し崩壊を免れるとは思っていなかったようだ。彼が何故暴走後の崩壊を免れたのか。それは今後の検証を待つしかない。
後日鈴木の連絡員が来た後、慌ただしく林原さんをダンジョンに連れて行く準備がされたそうだ。身体強化を施された小松君と鈴代君は研究所に住んでいたが、スキル強化型の林原さんは自宅に住んでいたそうだ。
「研究員どもが林原さんも失敗したと慌てていた。そして今日、また鈴木の連絡員が武器防具を装備した戦闘員を連れてやって来た。奴らは手当たり次第に研究員の口を封じていき、俺以外は全滅した」
「となると、証人は鈴代一人しか残っていないのか。もし鈴代を助けられなかったら、この件は闇の中に葬られていたかもな」
これは鈴代を正気に戻した大宮基地の兵士達の大ファインプレーである。それがリア充憎しで行われた行為の結果だと言う点の是非はこの際問うまい。
「遅いかもしれないが、生存者が居るか確認する必要があるな」
「おい、聞いたな。これより半数に分かれ研究所の捜索を行う。滝本中尉殿、本官は捜索する兵を率います」
軍曹は半数の兵を連れて建物に向かって走って行った。全兵で行かなかったのは、正気に戻り軍に従う意思を見せているとはいえ制圧対象だった鈴代と俺を二人きりにしない為だろう。
「俺が知ってるのはこんな所だが・・・」
「ああ、助かったよ。生き残った研究員が居れば尚良いけどな」
俯いて視線を逸らす鈴代。生き残りは居ないと確信しているのだろう。あの研究所はそれ程酷い状態になっていると言う事か。
「誰か軍医と水の手配を。気分を悪くする兵が出るぞ」
前にも触れたが、この世界の陸軍は対人戦闘を行っていない。更に地震や台風といった自然災害もダンジョン発生以降大きな物は来ていない為、遺体に触れるという経験が無いのだ。
そんな兵士達が犠牲者がそこらに転がる惨状を目にしたらどうなるか。ここに残った兵士達にはそれが想像出来ないらしい。
それでも俺の指示に従い本部から軍医を呼びカリオ上尾からペットボトルの水を買ってきてくれた。ショッピングモールが隣だった事が幸いしたな。
数分後、俺が予想した通り青い顔をした兵士達が戻ってきて用意されていた水で口内を濯ぎ軍医の世話になっていた。生存者の確認は警官に頼んだ方が良いかな?




