第七百十八話
この場の責任者らしき護衛の人が目立つのも構わず俺に近付く。因みに、若いカップルの振りをしているが二人とも筋肉ムキムキの男性である。
白いワンピースを着たゴリゴリマッチョなお兄さんが慌てた表情で迫ってくるのだ。逃げ出したくなった俺は悪くない。
「神使様、緊急事態です。隣接する製薬会社の敷地内に怪物が出現したそうです。本部長の判断により神使様方は勿論、この施設の来客とスタッフ全員に避難させるよう指示が出ました」
「怪物、ですか。具体的な情報はありますか?」
「外を固めていた警官が撮影したのがこれです。近隣の所轄への応援要請は既に出ています」
護衛が差し出したスマホの画面を見る。製薬会社の敷地は林になっていたので怪物の姿は木々に遮られているが、目視出来る部位は板橋ダンジョンで遭遇した者に酷似していた。
「かつて板橋で出た怪物と同種の可能性があります。警官の装備で倒せるかどうか・・・」
『ご来場の皆様に申し上げます。当館は事情により営業を中止させていたたきます。ご迷惑をお掛けしますが、何卒ご了承下さい』
俺が反論するのに被せるように館内放送が入る。店員に何事かと詰め寄る客も散見されたが、店員の方にも事情は説明されていないようで問い合わせますの一点張りだ。
「警察です。速やかに避難をお願いします!」
「皆さん、我々の指示に従い避難をお願いします。西側の出口から避難して下さい!」
製薬会社の敷地は東側に接していた。なので反対側の西側から逃がしているのだろう。
「警察?何でこんなに警官が居るのよ!」
「どういう事だ、説明しろ説明!」
護衛として潜んでいた警官だけでなく、外で待機していた警官も入ってきて避難誘導に従事しているようだ。それを見た店員と客が食って掛かっている。
「我々がここに居たのは別任務の為だ。説明している時間はない、一刻も早くここから避難するんだ!」
警官の剣幕に事の重大さを悟ったのか、文句を言っていた人達も避難する列に加わっていった。
「優お兄さん、これは一体?」
「お兄ちゃん、何事なの?」
「隣接する製薬会社に怪物が現れたそうだ。こちらに向かっているそうで、避難指示が出ている」
本来ならこんな言い合いをしていないで真っ先に脱出するべきなのだが、舞とアーシャに切迫した様子は見られない。
「お兄ちゃん、迷い家は使わないの?」
「ここの人達を迷い家に入れれば素早く安全を確保できるだろう。だが、それは彼らの仕事を奪う事になる」
国民の安全を守るのは警察官の仕事だ。間に合わず被害が出るようなら介入する事も吝かではないのだが、幸運な事にこの場には多くの警官が居て充分にそれが可能なのだ。
「最後まで残って逃げ遅れる人が居れば助けるけどな。本当ならば舞とアーシャには先に逃げて欲しいのだが・・・」
「下手に逃げるより、玉藻様の迷い家に入る方が余程安全ですから」
「そうそう。それに、舞やアーシャちゃんのスキルが役に立つかもしれないし」
迷い家が最も安全というのを否定出来ないから、先に逃げろと強く言えない。先手を打って迷い家に入れてしまおうか。




