第七百十七話 とある研究所にて
「ふむ、たった一人にここまで時間をかけられるとは・・・流石は本家の護衛候補だった者と言うべきかな?」
「貴様、俺を知っているのか!」
「勿論だとも、ここのデータは全て目を通している。お前が緑嬢の護衛だった事も、果実の皮を綺麗に剥けるスキルを授かり護衛を降ろされた事もな」
最後に残った三人目の実験体は、自身が転落する切っ掛けを告げられて感情を昂ぶらせた。その隙を突くように使者の部下が剣で切りつけるもパイプ椅子で受けられ流されてしまう。
「ちっ、武器も無しによく凌ぐ!」
「その場にある物を使い主を守る。それが護衛の務めだ!」
愚痴を溢す部下に実験体は己の矜持を主張した。攻めていながら攻めきれない部下達は焦りの色を見せる。
「平静を保て、守りの技は援軍が来なければ負けるしか無い。この閉ざされた秘密施設に他者が来る事は無いのだ」
崩れかけた部下の精神を使者は即座に立て直してしまった。そして逆に実験体の精神を揺さぶりにかかる。
「彼女は滝本中尉を取り込めなかった咎で失脚したよ。神使様を逃したのだから当然だな」
「神使様?滝本が?一体どういう事だ!」
「君には情報が入っていないようだね。滝本中尉がスキルで変じた姿が神使様だったのさ。その彼を逃した失態は大きかったという訳だ」
かつて仕えた主の失脚、そしてその原因が嫌っていた相手だと知り実験体の精神は大きく揺さぶられた。使者はそれを見逃さず追撃に移る。
「実験体三号。いや、鈴代守。君は滝本中尉に一方的な敵意を持っていたそうだね、しかし相手にされていなかった」
「貴様ぁ!言うなぁぁぁ!」
鈴代は手にしたパイプ椅子で使者に襲い掛かるが、派手な音と共に崩れ落ちる。彼の右胸には小さな穴が開き、真っ赤な血液が滲み出ていた。
「滝本中尉は銃を持った刺客を倒してロシア皇帝親子を救ったそうだ。対応出来なかった君は滝本中尉に劣ると証明されたな」
優が対峙した刺客が持っていたのは拳銃ではなく短針銃だったが、鈴代の精神を打ちのめすのが目的な使者には些細な違いだった。
「がはっ・・・ふ、ふざけ・・・るな。任務・・・を・・・奪い・・・ある・・じを・・・うば・・・い」
「もう抵抗など出来まい・・・やれ」
部下達は警戒しつつも鈴代に近付きトドメの一撃を加えんと武器を構えた。絶体絶命と思われたその時、鈴代の咆哮が轟いた。
「認めない!こんな・・・こんな理不尽な世界など、俺は認めない!滅んでしまえ!」
筋肉が盛り上がり、体内に留まっていた銃弾が押し出された。傷口はみるみるうちに塞がり、その痕跡を見つける事も難しい。
「しまった、暴走だっ!」
「急げ、トドメの一撃をぶっ!」
実験体が変化し終える前にトドメをと焦った部下達は、振り回された腕に薙ぎ払われて壁に叩きつけられた。彼らの手足は曲がってはいけない方向に曲がっており、継戦能力が無い事は一目で分かってしまう。
「くっ、こんな失敗を犯すとは・・・」
「逃がずがぁ!滅べぇ、滅べぇぇぇ!」
肉体が変容し、怪物となった鈴代は逃げる使者を追う。膨れ上がった肉体は扉の大きさを超えていたが、怪物は壁を崩して追っていくのだった。




