第七百十六話 とある研究所所長室にて
「貴様、正気か?」
「ええ、正気も正気。大真面目ですよ」
ここはとある秘密研究所の所長室。ここの最高責任者である所長とその補佐である副所長は資金や資材を提供していたスポンサーからの使者と対面していた。
「私は前回、研究の終了を指示した筈です。然るに貴方方は実験体の試験を行おうとした。結果、実験体は暴走し大勢の目に触れる事となった」
「だからと言って、我々を消すだと?この研究所に何人居ると思っている?それだけの人間が消えれば大騒ぎになるぞ!」
研究所を支援していた組織は、研究所を切り捨てると決断したようだ。それを告げた使者に所長が噛みつくも、使者は冷静に切り返した。
「貴方方の失敗でどれだけの被験者が命を落としたか覚えていますか?それを表沙汰にならぬよう処理したのは我々ですが?」
使者の正論に所長と副所長は反論する根拠を失った。彼らが犠牲にした人数は、ここの研究者の数より遥かに多かったのだ。
「我々正社員と違って、貴方方は別会社に籍がある。そのダミー会社は既に倒産の手続きが進んでいるのですよ。倒産した会社の研究者など、探す物好きは居ないでしょうね」
「だ、だが、完成に近い研究成果を無駄にする気か?どれだけの予算が注ぎ込まれたと思っている!」
何とか尻尾切りを回避しようと足掻く副所長。しかし、研究職の交渉術など使者には通用しなかった。
「例え完成したとして、どれだけの価値があると言うのですか?陸軍が公表したあの大亀・・・身体強化型はあの亀に傷を付けられますか?スキル強化型はあのブレスに拮抗出来ますか?」
所長と副所長は何も言い返せない。映像で見ただけであるが、彼らの実験体がそれを可能だとは到底思えなかったからだ。
研究者はデータに基づいて研究を行う。そこに希望的観測や楽観的な予測が入る余地はない。そんな物を前提にするのは研究者ではなく山師である。
「三十四階層は越えられない。よってこれから求められるのは既存の階層からの魔石やドロップ品の回収です。求められる力が変わったのですよ。そして、こんな物もあります」
大きな音がしたと同時に、副所長の腹が赤く染まる。一瞬遅れて届いた痛みに副所長は倒れ伏した。
「海軍や欧州で使われている銃という物です。人が相手ならば手軽に倒せるので中々に便利な代物ですよ。陸軍が国内での使用を頑なに拒むのも納得の威力です」
「副所長!貴様、絶対に許さ・・・」
使者を睨み呪詛を吐く所長だったが、最後まで呪いの言葉を紡ぐ事は出来なかった。再び銃が火を吹き、所長の額に風穴を開けたのだった。
「こっちは貴方方の為に土曜出勤しているのです。とっとと黄泉平坂を下ってくださいよ」
彼は表向き普通の正社員となっている為、本来休みである土曜日にこの仕事を振られたのだった。
「こちらは終了。そちらの首尾は?」
「残敵は一名。最後の実験体と思われますが、予想外の手練で手間取っています」
「そいつは本家筋の護衛候補だった奴だ。守りは固いだろう。俺もそちらに向かう」
通信を切った使者はこの研究所最後の生き残りを始末する為に部下の所へと歩き出していった。




